切腹(1962年日本)
これは驚くべき、凄い映画だ。
武士道を美学的に捉えることに対して、一石を投じるというか、
おそらく当時の映画界としては、それまでスタンダードとしてフォーマット化されつつあった、
時代劇の概念を完全に覆すかのような、ある意味でセンセーショナルな映画で実に斬新である。
正直言って、僕はここまでメッセージの強い時代劇を観たことが無かった。
いろんな意味で残酷な描写も躊躇せず、作り手からすると、かなりの勇気が必要な企画だったはずだ。
冒頭30分経過ぐらいのところである、タイトル通りの切腹シーンはまるでホラー映画だ。
1962年という時代性を考えると、こういう映像表現が許容されたこと自体、驚きを禁じ得ない。
言ってしまえば、本作は日本流のニューシネマと言っても過言ではなかったのかもしれませんね。
少なくとも、当時の日本映画界で描かれていたことと比較すると、これは文句なしに斬新なスタイルです。
白黒映像の特徴を上手く利用しているが、
三國 連太郎演じる井伊家の家老が、目の前での切腹を強要したにも関わらず、
あまりに凄惨な光景に、思わず息をのむ瞬間を捉え、どこか異様な緊張感に満ち溢れたのは凄い。
この一連のシーンには、狂気にも似た作り手の“暴走”を感じさせる。
当時としては考え得る映像表現の中で、如何に生々しく、緊張感たっぷりに描くかに注力しているのが伝わってくる。
ひょっとすると、これはヒッチコックの『サイコ』のシャワーシーンの影響も、強く受けているのかもしれませんがね・・・。
小林 正樹もこれまでは社会派な映画を好んで撮っていたようですが、
本作で突如として、初めて時代劇に挑戦しているだけに、実に大胆な描写ができたのだろう。
劇場公開当時、本作を観た三島 由紀夫はいたく内容に感銘を受けたらしく、
本作のことを激賞している。特に小林 正樹が描きたかったであろう、切腹という行為自体が
武士のアイデンティティーと称しているだけで、マスタベーションにしかすぎないことの指摘が明白であるにも関わらず、
三島はそんな作り手の意図とはまるで逆の、武士道の賛美、切腹の潔さを感じたとコメントしていたようだ。
皮肉にも、三島自身、1970年に市ヶ谷駐屯地にてクーデター呼びかけの大演説を行った後、
衝撃的な割腹自殺を遂げてしまいますが、本作の頃からそういった、ある種の憧れがあったのかもしれません。
でも、やっぱり僕は本作を観て思うけど、
別に本作から切腹を賛美するようなメッセージは受け取れないし、潔いとかそういうことではなく、
切腹という行為そのものを異様な緊張感に満ち溢れた、常軌を逸した行動と描いているようにしか感じない。
三島のような解釈をすることは自由だけど、映画を観る前から、切腹という行為、或いは武士道の精神をそのものを
無条件的に賛美する、強く偏った先入観があるからこそ、そういう解釈が成り立つような気がしてなりません。
でも、そんな思想をまた、現実に行動に移せてしまうという、
良く言えば、強い信念といったものに、僕は恐怖すら抱くなぁ。この行動力はとても恐ろしいことだと思う。
でも・・・本筋に戻ると、この映画は素直に凄いと思う。
かつて日本映画界は、こんなに凄い映画を作れる環境にあったということを今一度、思い出して欲しい。
本作はカンヌ国際映画祭でも審査員特別賞を獲得するなど、国際的にも評価が高い作品ですが、
それも頷ける映画の出来で、50年以上経った今観ても、全く古びていないところが本作の大きな強みだ。
それは映画の基本をしっかり押さえた演出で、しっかりと作り込めているからだと思いますね。
2時間を超える上映時間となっていますが、全く中ダルみすることなく、
主人公の回想シーンにしても、実に上手く流れを作っており、まるでお手本のような作りです。
やはり娘が病床に伏し、孫までもが原因不明の発熱に苦しんでからのエピソードが胸に迫りますねぇ。
(主人公を演じる仲代 達矢もメイクを施して、実年齢より相当な“老け役”を違和感なく好演)
ある種の復讐劇として一貫したスタイルで描き通したことは素晴らしいと思うし、
やはり作り手の挑戦意識の高さが光る映画になっていると思う。キャスティングも絶妙で素晴らしい。
主人公が介錯人に指名する3人の扱いについても、不在の理由がどこかユニークで印象的だ。
それを裏付けるように、主人公が家老に証拠を突きつけるシーンは、痛快この上ない突き抜け方だ。
それまで文芸的な作品や社会派映画で知られていた小林 正樹の野心的な側面が色濃く出ていると思う。
(57年の『黒い河』でも知られてはいたけど、元々、小林 正樹は挑戦的な作家性でもあったようだ)
やはり本作には、それまで従来通りの映像表現に終始しようとする、“守り”の発想は無い。
どんな些細なことで何かしらの工夫を重ねて、新しい映画の在り方を追究していることが明白な映画である。
やはりそうであるがゆえに、本作のその堂々たる風格と力強さは
他の追従を許さぬ作り手の強い信念のようなものを感じさせます。そういう挑戦意識が許容された時代で、
新しいムーブメントを起こそうとするエネルギー、パワーといったものがしっかりと吹き込まれていると思います。
正直言って、その存在が映画としては忘れられてしまった部分はあると思います。
でも、そんなところで埋もれてしまうにはあまりに勿体ない。これは日本映画史に残る大傑作だと思います。
今一度の再評価を促したい一本ですし、真のヒューマニズムを捉える意味でも、素晴らしい作品だと思いますね。
仲代 達矢演じる主人公の孫の扱いも、当時の映画界の常識から言うと、
かなりセンセーショナルな描き方なのかもしれません。原作はともかくとして、悲劇を望まぬ、
聖人君子的な映画の立場からすると、このような描き方をするのは異例なことのようにも感じます。
ある種、現実の不条理さを象徴させることに成功しているのですが、不条理であるがゆえに復讐劇が盛り上がる。
まるで、本作の作り手はそんな真理を逆手にとって描いたかのようで、新しいムーブメントの予兆を感じさせますねぇ。
いずれにしても、これは日本映画が誇るべき大傑作だ。
あまりベスト1に推す声も聞かれませんが、これはとても力強い映画で一見の価値ある。
(上映時間132分)
私の採点★★★★★★★★★★〜10点
監督 小林 正樹
製作 細谷 辰雄
原作 滝口 康彦
脚本 橋本 忍
撮影 宮島 義勇
美術 大角 純一
戸田 重昌
音楽 武満 徹
出演 仲代 達矢
岩下 志麻
三國 連太郎
石浜 朗
稲葉 義男
丹波 哲郎
井川 比佐志
三島 雅夫
中谷 一郎
青木 義朗
小林 昭二
佐藤 慶
松村 達雄