セント・オブ・ウーマン/夢の香り(1992年アメリカ)

Scent Of A Woman

70年代は、数多くの名演技を残していたアル・パチーノ、
彼は幾度となく渾身の芝居と評価されても、一度もアカデミー賞を獲得することはできませんでした。

本作製作当時、既に彼はハリウッドを代表する大御所俳優の一人でしたが、
少なくとも本作には、そこから生まれる副次的な嫌味みたいなものは感じさせない素晴らしい名演で、
念願と言えば、それもおそらく否定はできないのでしょうが、オスカーを初めて獲得しました。

監督は88年のに『ミッドナイト・ラン』を撮って、高く評価されたマーチン・ブレスト。
その演出力は確かなもので、本作でも落ち着きのある良い画面を作っているとは思います。

まぁ・・・本作が傑作かと聞かれると、僕は同意しかねる部分もあるのですが、
映画の出来自体は凄く良くて、上映時間の長さを感じさせない濃密な時間になっているとは思います。
さすがにアル・パチーノの盲目の芝居は凄まじく、当時、彼にしては老け役だったはずなんだけど、
そのギャップを全く観客には感じさせない振舞いで、目が命であるアル・パチーノという役者の特性を活かした、
実に素晴らしいキャスティングである、またアル・パチーノ自身もそんな周囲の期待にものの見事に応えている。

彼が演じるフランクは盲目の退役軍人なのですが、
トンデモない頑固ジジイで(笑)、周囲の人々から言わせれば、トンデモない厄介者。
振舞いは傍若無人で人の気持ちを考えない皮肉屋ですが、それでも女性の好みを香りで論じたり、
チョットした若い心を忘れない“男性”を感じさせる描写がとても人間らしくて良いですね。

マーチン・ブレストもそんなアル・パチーノの名演技に支えられた面はありますが、
映画の終盤にある、アル・パチーノがタンゴに興じるシーンと、高級車を乗り回すシーンは何度観ても素晴らしい。

かつて数多くの映画の中でタンゴに興じるシーンが描かれましたが、
おそらくこれは映画史の中では、最も有名なタンゴシーンではないでしょうか。

このタンゴのシーンしか出演していないのに、
アル・パチーノのタンゴの相手役となったガブリエル・アンウォーは劇場公開当時、
これ一発で有名になったのですが、残念ながら彼女も後が続きませんでしたねぇ。
本作出演してから数年経った頃、彼女は日本でCMにも出ていましたので、注目度は凄く高かったはず。

タンゴを踊るシーンだけでなく、この映画での彼女は笑顔が良いですね。
おそらく本作を観て、彼女に目が止まらない映画関係者はいないと思いますね。
それぐらい、衣装から照明から、彼女を輝かせるにあたっての仕掛けが完璧ですね。
ホントに本作でのガブリエル・アンウォーはかなり恵まれていたと思います。こういうことは滅多にありません。

そうなだけに、90年代のうちにトップ女優になれなかったのは、とても残念ですね。

映画は、とある田舎町の名門校に通うチャーリーを中心に描きます。
感謝祭に実家へ帰省しないチャーリーは、感謝祭の間にアルバイトをすることにします。
そのアルバイトとは、偏屈な退役軍人フランクの面倒を看ること。フランクは視力を失っており、
ニューヨークへ旅行することになるフランクなのですが、兄を訪ね、粗暴な振舞いにでるフランク。
やがてチャーリーはフランクのニューヨーク旅行に、予想だにしない目的があったことを知るという物語。

ストーリー的な部分では、そこまで目新しいものは無いし、
どこか出来過ぎな感があるのは否めない話しではあるのですが、
過剰に映画を大きく見せようと、奇をてらう部分が無く、とても堅実な作りに好感は持てますね。

結果的にはアル・パチーノが目立ってしまったのですが、
それでもチャーリーを演じたクリス・オドネルをなんとかして際立たせようと、
アル・パチーノなりにサポートしているようにも見えたのですが、やはりクリス・オドネルにとっては、
本作への出演という経験自体が、おそらく彼にとってとても大きな経験になったのではないかと思うのですよね。
(そうなだけに、クリス・オドネルにはもっと頑張ってもらいたかったのですが・・・)

これが仮に、過剰に演出されて描かれた映画になっていたとしたら、
僕は本作の魅力の大部分を失っていたと思うんですよね。これぐらいが、とても良い具合なんです。

そういう意味では、やはりマーチン・ブレストの演出家としてのバランス感覚の良さもありますね。
多少、上映時間が長くなってしまった傾向はありましたが、それでもペース配分にしても、
映画全体にもよく気を配った作りになっており、更に細かなシーン演出でつまらないミスをしていない。
偉そうなことを言って、たいへん申し訳ありませんが...派手さはないが、これはプロの仕事と言えるでしょう。

但し、強いて言えば、映画のクライマックスの裁判のシーンは、
もう少し上手い撮り方はあったかもしれません。あまりに旧体制過ぎる描写で、
名門校にはありがちな展開とは言え、悪くはないのですが、もう少し違った描き方はあったのではないかと思う。

ちなみにチャーリーと同様に裁判にかけられる同級生を演じるのは、
若き日のフィリップ・シーモア・ホフマンで、残念ながら彼は他界してしまいましたが、
やはり本作でも一際目立つ存在感を発しており、この頃から個性派俳優としてのポジションを確立していますね。

そんな彼も、前述した旧体制な裁判という儀式の前に屈するという設定なのですが、
個人的にはこのシーンは、フランクというか...アル・パチーノの名演説も好きなんだけど、
フランクの力だけでなく、チャーリーの力も使って、この状況を打破したという側面を作って欲しかったですね。
大枠として間違った選択ではないとは思いますが、まるで“鶴の一声”で解決したみたいな展開に
見えなくはないという結果になってしまったのはチョット残念で、これは明るい未来を感じる展開にして欲しかった。

やはりチャーリーの成長を描いている映画なだけに、
自分で行動して解決することが身に付いたことも、具体性を持って描くべきだったと思うんですよね。

とは言え、やはりこれは秀作と言っていい出来。
近年ではここまで安定感ある映画というのは数少なく、映画に風格が漂っている感じがしますね。
この辺はマーチン・ブレストの演出家としての手腕が確かなことの象徴と言っていいでしょう。

最近はこういう映画が少なくなっただけに、
マーチン・ブレストはもうひと頑張りして欲しいですね。03年の『ジーリ』での失敗が響いているのでしょうが、
元々、寡作な映像作家だった上に、この『ジーリ』以降、監督作品が発表されていません。

年齢的には、まだまだ活動できるように気がするのですが・・・。

(上映時間157分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 マーチン・ブレスト
製作 マーチン・ブレスト
脚本 ボー・ゴールドマン
撮影 ドナルド・E・ソーリン
音楽 トーマス・ニューマン
出演 アル・パチーノ
    クリス・オドネル
    ジェームズ・レブホーン
    ガブリエル・アンウォー
    フィリップ・シーモア・ホフマン
    リチャード・ヴェンチャー
    サリー・マーフィ
    ブラッドリー・ウィットフォード

1992年度アカデミー作品賞 ノミネート
1992年度アカデミー主演男優賞(アル・パチーノ) 受賞
1992年度アカデミー監督賞(マーチン・ブレスト) ノミネート
1992年度アカデミー脚色賞(ボー・ゴールドマン) ノミネート
1992年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
1992年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(アル・パチーノ) 受賞
1992年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(ボー・ゴールドマン) 受賞