さよなら渓谷(2013年日本)

東京都心から外れた田舎町に暮らす夫婦を主人公に、
隣家の女性が幼女を殺害した犯人として逮捕され、マスコミを賑わす事態となり、
妻の証言で、実は夫が隣家の女性と不倫関係にあったと警察が察知し、共犯者の嫌疑がかけられ、
一大スキャンダルに発展する様子を、事件を取材する一人の週刊誌記者の視点を重ねて描くミステリー・ドラマ。

この映画が描くのは、要するに贖罪である。
ただ、贖罪を主題とする映画という割りには、どこか物足りない部分があるのは事実。

モスクワ国際映画祭で審査員特別賞を受賞したり、
人気女優の真木 よう子が体当たりの熱演を披露したおかげもあって、数々の映画賞で賞賛され、
劇場公開当時もそこそこ話題になっていたと記憶しているのですが、映画の出来は及第点レヴェルかな。

映画はフラッシュ・バックしながらも、現在進行形な形でも進んでいくのですが、
どこか物足りなさが残ってしまったのは、敢えてボヤかすことを利用した演出を横行させ過ぎて、
あまりに多用してしまったせいか、結果的に映画全体がボケてしまった印象が拭えなかったことが原因だろう。

どこか奇妙な設定の映画で、最後の最後まで前向きな結論の出ない内容ではあるのですが、
個人的には映画を最後まで観終わって感じるのですが、この世界観自体は映画として魅力的ではあると思う。

だからこそ、もっと上手い表現はあったと思うし、もっと多様な解釈ができる映画にできたと思う。
そこがとても惜しくって、一貫したアプローチのおかげで映画は軸がしっかりしているし、
特にヒロインを演じた真木 よう子は映画の中盤で描かれたように、彼女の内縁の夫との関係など、
とっても微妙なニュアンスを強いられる部分を、実に巧みに表現できているし、キャスティングに恵まれた作品である。

こんな事件が実際にあったら、それは大変なスキャンダルになるだろうし、
おそらく世論としては受け入れられないことであろうと思うのですが、「お互いに不幸になろうと決めて、結婚した」と
ある意味で衝撃的なフレーズが象徴するように、あまりこれまで映画で描かれてこなかった世界観かと思う。

これは一見すると、“ストックホルム症候群”...つまり、犯罪被害者が加害者と共にする時間が長くなるにつれ、
次第に感情的に加害者に傾き、節々で味方をするような行動をとる姿を描いているようにも見えなくはないけど、
僕は決してそうではなくって、これはおそらく究極の復讐を描いた映画でもあるのだろうと解釈している。

それは同棲生活を送ること自体が復讐でもあるし、
不利な状況になれば後押しすること自体が復讐になってしまう。言わば、被害者が主導権を握るわけである。

でも、それは全ては加害者に贖罪の意識があることで成立するわけで、
残念ながら本作はこの部分がとても弱い。言い方を変えれば、ここがしっかりしていれば、大傑作になったかもしれない。
原作との兼ね合いもあったとは思うけど、少なくとも映画を観る限り、加害者の心境の変化が明瞭になっていない。
これは本作にとって、とても重要なファクターであったはずで、ここを描き切れなかったというのは致命的ですらある。

いくら強姦事件の犯人として摘発されたとは言え、そのような性犯罪を躊躇なくおかしてしまった、
極めて再犯性が高いと言われる事件の被疑者になった男が、被害者に全てを捧げることも厭わないという
思いにたって、執着するかのように被害者に贖罪の気持ちを示そうとしたのか、それがしっかり描けていない。

一見すると、チョットしたことのように思えるかもしれないけど、
これこそが本作の一見すると奇異な設定に納得性を持たせるために、最も必要なことだったと思うのです。

何故、まるで人が変わったかのように贖罪の気持ちを示し、
どんな謝罪の言葉を並べても、どんなに経済的支援をしようとも、それら全ては無意味なものでしかなくって、
他人の人生、そして被害者の家族の人生をも、メチャクチャにしてしまったという重たい事実に立ち向かうかのように、
被害者が行おうとする復讐も、受け入れようとする姿を見せられても、なかなか理解し難い内容になってしまっている。
(勿論、自分の人生にしても、自分の家族の人生をもメチャクチャにしてしまっているのです・・・)

こういった部分をもっとしっかり描けていれば、僕は大森 南朋演じた、
冴えない元スポーツマンの週刊誌記者の視点で描かれたエピソードが生きてきたはずと思うんですよねぇ。

彼は彼で妻との2人の生活が上手くいっていない現実もあってか、
事件の取材を重ねる上で、加害者の生きざまを自分自身に重ね合わせて見せていたことは間違いないだろう。
そんな複雑な感情の揺れ動きがクロスオーヴァーするからこそ、本作の世界観は映えてくるはずであって、
彼を登場させた理由は、ただ単に傍観者を増やすためだけではなかったはずなのである。

本作劇場公開当時、映画の宣伝(キャッチコピー)がネタバレしていると、
大きな話題になっていたのですが、何故、映画会社がそのような選択をしたのか、その理由が観て分かった。
それは本作の世界観を味わう上で、映画のミステリーを楽しむ上で、そこまで大きな問題ではないのです。

まぁ、映画の楽しみ方は多種多様なので、元々、事前情報を入れたくはない人は別だろうけど・・・。

但し、このキャッチコピーでネタバレということよりも、
加害者の心変わりを、中途半端にしか描けていなかったというのが、最も残念だった。
それ以外の部分は風変わりな設定の優位性もあってか、僕の中ではそのせいで及第点レヴェルになった印象。
ということは、前述したように、ここがしっかりと描けていれば、もっと大傑作になっていたはずなのです。

こういう世界観は日本映画ならではのものだと思う。
だからこそ世界でも評価されたのではないかと思うのですが、チョット勿体ない部分が大きいですね。

まぁ・・・賛否はあるだろうけど、この映画のラストシーンは凄く上手いとは思った。
ただこれも、加害者の心変わりをもっとしっかり描けていたら、もっと訴求するラストになっていたでしょう。

(上映時間117分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

日本公開時[R−15+]

監督 大森 立嗣
製作 細野 義朗
    重村 博文
    小西 啓介
原作 吉田 修一
脚本 大森 立嗣
    高田 亮
撮影 大塚 亮
美術 黒川 通利
編集 早野 亮
音楽 平本 正宏
出演 真木 よう子
    大西 信満
    鈴木 杏
    大森 南朋
    井浦 新
    新井 浩文
    木下 ほうか
    三浦 誠己
    薬袋 いづみ
    池内 万作