プライベート・ライアン(1998年アメリカ)

Saving Private Ryan

いやはや、これは何度観ても凄い映画ですね。
おそらくスピルバーグの集大成とも言える、映画史に残る大傑作と言っても過言ではないと思います。

第二次世界大戦に於ける、ノルマンディー上陸作戦を描いた作品で、
米軍側からその壮絶な戦闘を描いているため、表面的には星条旗を美化するかのようにも見えますが、
言うまでもなくスピルバーグの主たる目的には、そんなことは全く無かったでしょうね。

映画は冒頭5分間とラストのエンド・クレジットを含む、12〜3分間は現代の描写ですが、
それ以外は全て回顧録であり、しかもその大半が生々しくも凄惨な戦闘シーンというタフさだ。

劇場公開当時から大きく話題になっておりましたが、
この映画の冒頭5分経過あたりから一気に始まる、約20分に及ぶ戦闘シーンは圧巻の出来だ。
僕は大真面目に、初見時はこの凄まじいまでの迫力に手が震えてしまいました。

僕が知る限り、本作の登場で世の中の戦争映画のスタンダードが変わってしまったと言っても過言ではなく、
何度でも言いますが、この映画は音が凄い。あまりに生々しい音、そして体感させる音にビックリしました。

冒頭の戦闘シーンから衝撃的で、
特に印象に残ったのは、ヘルメットに弾丸が当たって、「ラッキーだったなぁ」と弾痕を確認している間に、
再び頭を銃弾がブチ抜く音で、より現実に近いのかどうなのかまでは分かりませんが、凄い生々しさだ。

この一連の戦闘シーンでは、血は吹き出すわ、内臓は流出するわ、
首チョンパはフツーに描かれるわ、人体は真っ二つになるわ、頭はブチ抜かれるわと、
別にスピルバーグに変な好奇心は無いだろうが、正しく現場は地獄絵図そのもので、
スピルバーグはまるで「これが現実だよ」と嘆くかのように、敢えて凄惨な状況を冷徹に描き切ります。

敢えて、こういう映画の中で一連の残酷描写を真正面から描き、
無感情的に描けたというのは大きな功績で、これらは例えばサム・ペキンパーが『戦争のはらわた』などで、
凄惨な残酷描写を執拗に繰り返したのとは、また意味合いが大きく異なるものの、これはこれで価値がある。

それを強く象徴するのは、気の弱いドイツ語とフランス語のできる青年アパムで、
彼は当初、「戦地で生まれる兵士同士の友情なんかに興味があるんだ!」と言っていましたが、
スピルバーグはまるで「そんなキレイ事では済まされない」とばかりに、悪夢のような現実を見せます。

この映画の凄いところは、現地の兵士たちが見聞きする情報の全てを観客に体感させている点で、
特にこの映画でのスピルバーグは重要なポイントとなるシーンで、敢えて沈黙の“間”を与えている。
それが最も顕著に効果を表したのは、クライマックスの廃墟の市街地でドイツ軍のタイガー戦車を筆頭に、
ドイツ軍兵士が次から次へと接近してくるシーンで、徐々に音が近くなってくることによって、
兵士たちの鼓動が速くなり、独特な緊張感がアッという間にピークに到達したことを、見事に表現している。
別にドイツ軍兵士たちに特別な感情をもって描いているなんて、無粋なことを言うつもりはありませんが、
これは従来、ホラー映画でよく採られていた手法であり、この映画はとにかく“間”の取り方が凄く上手いです。

ちなみにこの沈黙の“間”と言えば、冒頭のオマハ・ビーチ上陸直前の
ボートに乗って近づく直前に張りつめる緊張感でも活かされており、これも尋常じゃないですね。
船酔いもあるでしょうが、緊張のあまり突然、複数の兵士は嘔吐してしまったりと、半ばパニック状態。
でも、それは当然です。彼らは自らの死を覚悟して、上陸作戦に参加しているのですから・・・。

まぁ・・・やはりスピルバーグは敢えて戦地を凄惨に表現することによって、
まるでホラー映画であるかのように、強烈な緊張感を張り巡らすあたり、これまでの戦争映画では
踏み込まなかった、強烈な恐怖体験を観客にさせることによって、強く戦争を否定しているのでしょうね。

まぁ映画はおおむね3時間弱にも及ぶ大作で、その大部分が戦闘シーンという内容なのですが、
一切、単調にならず飽きさせずに一気に見せてしまうぐらい、とてつもない緊迫感があるのが素晴らしいですね。

本作以前の戦争映画の多くは、何かしらの強いメッセージを込めなければならないとか、
強いイデオロギーを感じさせる映画にしなければならないとか、観客の心に訴求する力を映画の作り手に
求めていたのですが、この映画はそんなつまらない次元を超越していますね。全く勝負する土台の違う作品です。
故に、この内容に賛同できるかどうかはともかく、戦闘シーンの表現技法や戦争の描き方など含めて、
あらゆる観点から、本作の戦争映画としての影響力を認めざるをえず、この映画の登場は革命だったと思います。

前述した、この映画の登場が戦争映画のスタンダードを変えてしまったというのは、
特に本作冒頭のオマハ・ビーチ上陸での約20分にわたる凄まじい戦闘シーンでの表現技法が
後の戦争映画でのスタンダードになってしまったわけで、本作の後に戦争映画を撮るディレクターは
否が応でも本作のような臨場感を引き出す表現に、追従せざるをえなくなってしまいましたね。

やはり、そういう影響力を持った映画という意味でも、本作の登場は革命的な出来事だっただろうし、
キャリア20年を越えても尚、パイオニアになるだけの影響力と手腕を持ち続けていることは、ホントに凄いことだ。

当然、スピルバーグだけではなく、彼を支えるスタッフとして、
特に音響関連の技術力に関しては、おそらく他の追従を許さないレヴェルなのでしょうねぇ。
やはり本作が劇場公開された頃に観た、映画人の多くが冒頭の戦闘シーンの音を聞き、ビックリしたと思います。

戦争の現実は、体験した人にしか分からないでしょうが、
その生々しさを、ある一定の説得力をもって描き切ったスピルバーグの仕事は評価されて然るべきものです。
戦地の臨場感を再現することに最大限のパフォーマンスを発揮した、ヤヌス・カミンスキーのカメラも逸品だ。

このカメラが凄いのは、兵士たちに対する一切の感情移入を許さないこと。
勿論、シナリオの都合上、多少のドラマは描かれているのですが、登場人物を掘り下げるようなマネはせず、
戦場で殺す者はただただ作戦を淡々と遂行するだけ、戦場で殺される者は実にアッサリと殺される。
そこにスピルバーグは観客の感情を誘導することをせず、ある意味で無感情的に“ただ映すだけ”です。

でも、こんな境地に到達できたのは、ヤヌス・カミンスキーのカメラのおかげでしょうね。

おそらく本作は映画史にその名を残すマスターピースとして、
そしてスピルバーグのフィルモグラフィーの中でも、とても重要な作品として、語り継がれることだろう。

(上映時間169分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 スティーブン・スピルバーグ
製作 スティーブン・スピルバーグ
    イアン・ブライス
    マーク・ゴードン
    ゲイリー・レビンソン
脚本 ロバート・ロダット
    フランク・ダラボン
撮影 ヤヌス・カミンスキー
特撮 ILM
編集 マイケル・カーン
音楽 ジョン・ウィリアムズ
出演 トム・ハンクス
    トム・サイズモア
    エドワード・バーンズ
    マット・デイモン
    バリー・ペッパー
    アダム・ゴールドバーグ
    ヴィン・ディーゼル
    ジョヴァンニ・リビシ
    ジェレミー・デイビス
    テッド・ダンソン
    デニス・ファリーナ
    ポール・ジアマッティ

1998年度アカデミー作品賞 ノミネート
1998年度アカデミー主演男優賞(トム・ハンクス) ノミネート
1998年度アカデミー監督賞(スティーブン・スピルバーグ) 受賞
1998年度アカデミーオリジナル脚本賞(ロバート・ロダット、フランク・ダラボン) ノミネート
1998年度アカデミー撮影賞(ヤヌス・カミンスキー) 受賞
1998年度アカデミー音楽賞<オリジナルドラマ部門>(ジョン・ウィリアムズ) ノミネート
1998年度アカデミー美術賞 ノミネート
1998年度アカデミーメイクアップ賞 ノミネート
1998年度アカデミー音響賞 受賞
1998年度アカデミー音響効果編集賞 受賞
1998年度アカデミー編集賞(マイケル・カーン) 受賞
1998年度イギリス・アカデミー賞音響賞 受賞
1998年度イギリス・アカデミー賞特殊視覚効果賞 受賞
1998年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
1998年度ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞 受賞
1998年度ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞(スティーブン・スピルバーグ) 受賞
1998年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(ヤヌス・カミンスキー) 受賞
1998年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
1998年度ゴールデン・グローブ賞監督賞(スティーブン・スピルバーグ) 受賞