セイブ・ザ・タイガー(1973年アメリカ)

Save The Tiger

名優ジャック・レモンが2度目のオスカーを受賞した日本劇場未公開作。

観てみて納得。なるほど、これは日本で公開しづらい内容なわけだ(笑)。
いや、別に反日的な内容というわけではなく、あまりに動きが無さ過ぎる地味な映画だということ。
僕は地味な映画が一概に悪いとは思わないし、本作なんかはかなりシナリオの段階では、
シンプルだったと予想される土台に、大幅な味付けを施して、上手く映画化できているとは思いますね。

でも、確かにこの内容で僕がアメリカの映画会社の経営層の一人だったとしたら...
ほぼ間違いなく、この内容ではゴー・サインを出せないだろう。何故なら、商業性がゼロだから。

確かにジャック・レモンは噂に違わぬ、確かな演技力と説得力で、
見事、初の主演男優賞を獲得しており、これは他を圧倒する熱演と言っていいぐらいだ。

監督のジョン・G・アビルドセンも認めておりますが、おそろしく地味な内容で心理劇の様相を呈していますが、
これはひょっとしたら世界的な不況にあえぐ、現代社会の方が通用し易い内容かもしれませんね。
映画は決して大規模とは言えない服飾メーカーの経営者が、表面的には裕福に見えながらも、
実は経営は“火の車”状態で、家庭生活も行き詰まり、会社に火を付けようと目論むなど、荒れ放題の現実。

そんな中で、思い出すことは少年時代に夢中だった野球のことや、
実際に出征してトラウマとなった戦争での体験ばかりで、精神的な錯乱を極める主人公。

一見すると、一体何が言いたいのか、よく分からない映画ではあるのですが、
これはあくまで半ばうつ状態となった中小企業経営者が、行き詰ってしまい、悪循環に陥っていることを
一つ一つ積み上げて弁証している映画だと思うのです。ですから、決して前向きな内容ではありません。

資金繰りは悪化し、冷え切った妻との家庭生活も改善されるわけでもなく、
クリーブランドの取引先との契約を取るためにと手配した娼婦は初歩的なミスから、
取引先の男は心臓発作を起こすし、同僚に諭されながらも、保険金目当ての放火に手を染める。
もうとにかく、主人公は絶望の底へと落ちていく方向に向かっていき、全てが彼をそうさせるんですよね。
ですから、徹底してこの映画は暗いです。加えて、あまり強いメッセージも無い映画なのです。

僕がこの映画で一つ感心したのは、ラストシーンですね。

お世辞にも上手いとは言えない主人公の投球フォームは映画の前半で明らかなのですが、
それでも主人公は言います、「最近の野球はダメだ。まるでプラスティックの上でやってるようだ」と。

かつての野球は凄かったと、彼の中で過剰に美化された状態になっているのですが、
決して彼が思い描いた、そして再現した野球が凄いという証拠はどこにもないんですよね。
これは現状で上手くいかない現実があるがゆえに、過去が過剰なまでに美化されている好例だと思う。

その証拠に、ラストシーンで彼は少年野球を見ながらボールを投げます。
まるでフォームはバラバラ、コントロールされないボールは少年たちの遥か頭上を通り越してしまいます。
「ちゃんと投げてよ!」と少年たちは怒りますが、主人公は「これが本来の野球だ!」と大人げなく言い放ちます。

これが何を表しているかと言うと、如何に主人公が過去を引きずり、現状を見れていないかなんですね。
映画は最終的にそんな主人公をまるで突き放すかのように、微妙な距離を置いて描きます。
何とかして事態を打破しようと動いているように見えるものの、実は全くそうなっていないジレンマ。
こういった悪循環を描くという意味では、僕はこの映画、そこそこ良く出来ていると思いますね。

監督のジョン・G・アビルドセンはポルノ映画でデビューしたカメラマン出身の映像作家ですが、
70年の『ジョー』で高く評価されて以来、社会病理に切り口を置いて創作活動を続け、
76年にシルベスター・スタローンと共に『ロッキー』を完成させ、ハリウッドでもトップクラスの仲間入りをします。
ハッキリ言って、84年の『ベスト・キッド』以降はまるでダメなディレクターなのですが、
少なくとも本作は僕の観る前の予想を上回る強い一貫性を持った作品であり、これは凄いことだと思います。

但し、この類いの映画の大きなテーマではあるのですが、
いかんせん暗い傾向に陥り過ぎ、映画が全体的に単調になりがちで、
起伏に乏しい内容で終わってしまったのはマイナスだろう。主義主張の一貫性はいいとは思うけど、
やはり作為的なメリハリはあって然るべきだし、もっと見せ場は作るべきだろう。

おそらくアメリカン・ニューシネマ隆盛期に公開された作品ですから、
例えば前述したような冷めたような視点など、当時の映画界の流れと同調するような部分があって、
評価されたのだろうとは思いますが、本国アメリカでも純然たるエンターテイメントとして
十分に楽しめる内容だったのかと聞かれると、それは僕にも疑問に思えてくる。
正直、ラストシーンの素晴らしさは認めるけど、もう少しエピソードを付け足すべきだったと思う。
さすがにこれでは消化不良の感が否めず、全てに於いて中途半端と言われても仕方ないと思いますね。

徹底して暗い調子を維持するという、強い一貫性は持てるわけなのですから、
主人公の決断を描くぐらいであれば、十分に出来たと思えるだけに、ひじょうに勿体ないですね。

ちなみに本作、長らく日本では幻の一本として映画ファンの間では
日本でのソフト発売(復刻?)を願う声が相次いでおりましたが、数年前にDVDが発売され、
今はDVDが発売され、探せば観れる作品となっており、ジョン・G・アビルドセンの音声解説まで付いてます。

こういうことに関しては...素晴らしい時代になったもんだ(笑)。

(上映時間100分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 ジョン・G・アビルドセン
製作 スティーブ・シェイガン
脚本 スティーブ・シェイガン
撮影 ジェームズ・クレイブ
美術 ジャック・T・コリス
音楽 マービン・ハムリッシュ
出演 ジャック・レモン
    ジャック・ギルフォード
    ローリー・ハイネマン
    ノーマン・バイト
    パトリシア・スミス
    ウィリアム・ハンセン

1973年度アカデミー主演男優賞(ジャック・レモン) 受賞
1973年度アカデミー助演男優賞(ジャック・ギルフォード) ノミネート
1973年度アカデミーオリジナル脚本賞(スティーブ・シェイガン) ノミネート