サルバドル/遥かなる日々(1986年アメリカ)

Salvador

サンフランシスコの自堕落なジャーナリスト、リチャード。
彼はイタリア出身の妻との間に一子もうけながらも、仕事で滞在した世界各国に愛人を作り、
帰国しては酒浸りで借金滞納、オマケにドラッグも使用し、交通違反常習者という散々たる状況。
そんなリチャードが妻に逃げられ、借金に追われた苦し紛れに、内戦続くエルサルバドルに戻り、
再び凄惨な戦禍に引き込まれ、愛人マリアと彼女との間にできた子供を救おうとする社会派サスペンス。

監督は80年代は絶好調だったオリバー・ストーンで、
彼は『プラトーン』、『7月4日に生まれて』、『天と地』の3作を“ベトナム戦争三部作”として手がけましたが、
本作もアプローチの仕方は異なるものの、ベトナム戦争に関連した作品と言っていいと思う。

本作撮影直後に撮った『プラトーン』でオスカーを獲得したオリバー・ストーンでしたが、
本音を言うと、僕は本作の方がずっと凄い映画だと思うし、本作の方がずっと感銘を受けました。

何より僕はこの映画の素晴らしさを確信したのは、映画に骨があることだ。
それも強靭かつ一貫性のある骨で、いかにもオリバー・ストーンらしいエネルギーに満ちている。
かなりヘヴィな撮影だったとのことですが、主演のジェームズ・ウッズも文字通り入魂の熱演だ。
おそらくこれほどまでのある種の狂気に満ちた映画は、「もう一度撮れ」と言っても無理だろう。
それぐらいに奇跡的な作品だったと言っても、僕は過言ではないと思いますね。

まぁ本作の主役であるリチャードという男はどしようもない男で、彼の境遇は一概に同情できない。
だけど、最低の人間に陥っていなかったところがあったとすれば、彼はあくまでジャーナリストだったということだ。

特に彼が映画の後半でアメリカ人の軍人に怒りに満ちた台詞が忘れられません。
「オレが金のためなんかに、今まで命をかけて取材してきたと思うのか!」
「意外かもしれないがオレは愛国者だ。オレは合衆国を信じてきたからこそ、取材しているんだ!」

とてつもなく重たい映画ではありますが、社会派映画が好きな人にはオススメです。
戦争の必要性を問う前に、自分たちの都合のいいように仕向けるために内政干渉し、
挙句、軍事支援をも行い、誘導的に他国の政情に影響を与え続けるアメリカの責任の重さを、
やや感情的に問いただす内容であり、このスタンスはいかにもオリバー・ストーンらしい。

ただ不思議と、この映画は社会的なメッセージが押し付けがましいというわけではなく、
映画の途中からマリアを助けようと、言わば人道的支援に乗り出す方向へと転じており、
映画は最終的には恋愛映画的なニュアンスを帯びた、不思議なテイストを残して幕を閉じます。

勿論、人道的な観点からのメッセージ性というのはありますけど、
オリバー・ストーンにしては珍しく、力強い政治的なメッセージ性を込めたラストではなく、
ようやっと1つになりかけたものが、再びバラバラになってしまう無情感を表現していますね。

数だけで云々はしたくないけど、僕なりに今まで数多くの映画を観てきたつもりですが、
本作ほどやるせなく、物悲しく、そして切ない気持ちにさせられる映画には出会ったことがありません。

マリアたちを何とかして救うためにと、リチャードは映画の前半でのダメダメぶりがウソのように、
色々と機転を利かせ、そして自らの肉体を痛めつけられることをも躊躇しない活躍ぶりで、
マリアたちを何とかしてアメリカへと避難させてやろうと尽力しますが、幾度となく彼らに危機が迫ります。
そんな姿を見せられては、さすがに観客側としても感情の高ぶりを抑えられなくなってきます。
本作に関して言えば、オリバー・ストーンがこの辺のテンションを上手く制御していますね。
何故に本作が今となっては忘れられた作品であるかのような扱いを受けるのか、僕にはまるで理解できません。

あまりこういう言い方はしたくありませんが、『プラトーン』なんかより、こっちのがずっと感心しますけどね。

飲んだくれで自堕落なリチャードが、次第にマリアたちを助けようと奔走したり、
ゲリラ部隊の論理的破綻、非人道的な手法を叱責する姿を見せるあたりには心を動かされる。
そういう意味でリチャードという戦場カメラマンの複雑な人間性を、ジェームズ・ウッズが上手く演じており、
彼の神業と言ってもいいぐらいの名演技が無ければ、この映画は腐っていたかもしれないとすら思っています。

また、ロバート・リチャードソンのカメラも圧巻ですね。
幾つか素晴らしいシーンがあったのですが、その中でもリチャードの友人の戦場カメラマンであるジョンが、
ゲリラに占拠された市街地で真正面から戦闘機が飛んでくるのを写真撮影しようとするシーンなんかは、
瞬間的ではありますが、ロバート・リチャードソンのカメラ自体が戦場カメラマンになったかのようだ。

マリファナは吸い放題、ドラッグも手に入る。売春は公然と行われ、
都合の良い愛人がいるという程度の感覚でリチャードはエルサルバドルに入ったのかもしれませんが、
現実は彼の予想を大幅に超える悲惨な惨状であり、何とかしてマリアたちを救いたいと思うようになります。

一見すると、そんな彼の心境の変化は余計なお世話であったり、
彼の都合の良い理想主義的な自己満足のように映るかもしれませんが、
だからこそ教会での懺悔のシーンが活きてくると思う。彼は別に心を入れ替えたわけでも、
過去の自分の姿を忘れたわけでもなく、言わば本能的にエルサルバドルを守りたいと考えます。
僕にはどうしたって、そんな彼の言動や行動を否定することはできませんね。

例え世間離れした感覚を持っていたとしても、
戦禍の土地に入って戦場をリポートし、「人民を第一に考えろ!」と米軍関係者を怒鳴りつけ、
不法入国で強制送還となるリスクを知りながらも、マリアをアメリカで幸せにしようと行動を起こす。

こんなことが誰にでもできることなのだろうか?

そう思える分だけ余計に、このラストシーンに胸を締め付けられる。
できるだけ多くの方々に観て頂きたい、オリバー・ストーン渾身の傑作です。

(上映時間122分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 オリバー・ストーン
製作 オリバー・ストーン
    ジェラルド・グリーン
脚本 オリバー・ストーン
    リチャード・ボイル
撮影 ロバート・リチャードソン
音楽 ジョルジュ・ドルリュー
出演 ジェームズ・ウッズ
    ジェームズ・ベルーシ
    ジョン・サベージ
    トニー・プラナ
    エルピディア・カリーロ
    マイケル・マーフィ
    シンシア・ギブ

1986年度アカデミー主演男優賞(ジェームズ・ウッズ) ノミネート
1986年度アカデミーオリジナル脚本賞(オリバー・ストーン、リチャード・ボイル) ノミネート
1986年度インディペンデント・スピリット賞主演男優賞(ジェームズ・ウッズ) 受賞