砂漠でサーモン・フィッシング(2011年イギリス)

Salmon Fishing In The Yemen

イギリスではベストセラーになったらしいのですが、
ポール・トーディ原作の『イエメンで鮭釣りを』を映画化した、新感覚の恋愛映画。

スウェーデン出身のラッセ・ハルストレムの監督作品であり、
90年代はラッセ・ハルストレムもハリウッドでもネーム・バリューのあるディクレターで、
『ギルバート・グレイプ』、『愛に迷った時』、『サイダーハウス・ルール』、『ショコラ』と立て続けに、
規模の大きな映画を撮って、高く評価されていましたが、01年の『シッピング・ニュース』を撮ってからは
創作ペースが大幅に減退したようで、すっかり目立たない存在になってしまいましたが、
久々にこれは出来の良い作品に仕上げましたね。しかし、ほとんど注目されなかったのが残念でなりません。

どうやら本作を製作するにあたっても、資金調達の面で障害があったのかもしれませんね。
製作規模が小さく、ハリウッド資本では映画が撮れず、イギリスをベースにしたようですね。

勿論、原作本がイギリスでのベストセラーですから、
それは仕方のない話しだったのかもしれませんが、もう少しお金をかければスケールは大きく撮れたはずだ。
90年代の勢いをもってすれば、ラッセ・ハルストレムは今頃、トップクラスの映画監督だったはずなのになぁ・・・。

これはラッセ・ハルストレムだけの責任ではありませんが、
そこそこ映画の出来は良いのに、ほとんど注目されずに劇場公開が終わってしまったのはホントに寂しい。

映画の出来はまずまず良いですね。
ラッセ・ハルストレムもまだまだ映像作家としての力量は衰えていないようで健在です。
あまり他にはない不思議な映画ではあるのですが、着想点の奇抜さに溺れることなく、中身もしっかりしている。

映画はイギリスの政府関係機関で働く妻がいる、水産学者が政府筋からの斡旋で、
イギリスに暮らすイエメン出身の富豪が地元のイエメンに巨大なダムを建設して、
何故か鮭を放流し、砂漠地帯が広がるイエメンで鮭釣りが楽しめるようにしたいという奇想天外な計画に参加し、
なんとかしてイエメンで鮭が遡上する環境を整備しようとする中、一緒に働く一人の女性に恋してしまう。

そんな彼らの努力が結実しそうになった頃、
イギリス政府は世論の批判をかわすために、この鮭釣り計画を巧妙に利用しようと、
再び接近してくる様子を、実に丁寧に描いており、ラッセ・ハルストレムの良さがモロに出た良い出来の作品です。

そして本作は、昨今、稀に見る純愛映画と言っていい内容で、
いろいろな恋愛映画が発表されている時代とは言え、ここまでの純愛は観ているこっちが気恥ずかしくなるぐらいだ。

この映画は、ある意味で“勇気”を描いた作品だと思うんですよね。
それを全て鮭の遡上に比喩させた描写になっていて、これは首尾一貫した映画ですね。
例えば、映画の中盤でエミリー・ブラント演じるハリエットを励ましたいと考えた主人公ジョーンズは
それまで都会の雑踏の中、人々が多く流れる方向に向かっていたのですが、ハリエットの家へ行こうと決心し、
人々のラッシュの流れに逆らって歩き始めるし、ある意味でこの“勇気”というのは鮭の生きざまそのものなんですね。

普通に考えると、砂漠地帯が広がるイエメンに川を作って、
鮭を放流して鮭釣りをしたいなんて願望も、人間のエゴと言えばそれまでで、
当然のように地元の人々からの理解も得られるはずがなく、体制に逆らって活動しなければなりません。
この“勇気”全てを肯定するわけではありませんが、こういう行動を起こせることは実は凄いことだと思う。

そういう意味で、人間が生きる上で必要な、最も根源的なものである“勇気”を
本作を通して、ラッセ・ハルストレムは描きたかったはずで、そういった観点でこの原作に注目したのでしょう。
一見すると、奇をてらっただけのような原作という気もしますが、僕は映画の本編を観て、納得できました。

中東の政治情勢も絡む題材ですから、どうしてもテロリズムとの接近に触れなければならないのですが、
イデオロギー的な内容に傾倒するわけではなく、実に建設的な姿勢を持った映画で、これも感心した。
勧善憎悪というわけでもなく、正論だけを振りかざす内容でもなく、テロを肯定する内容でもない。
正しく本作は人類の永遠のテーマとも言える、“共生”にフォーカスした実にピュアな映画と言っていいでしょう。

こういう映画こそ、僕はもっと評価されるべきだと思うし、
ラッセ・ハルストレムも演出家として、嫌味に映るテイストがかなり抜けてきていて、
彼の映像作家としての原点とも言える、ナチュラルさに回帰してきたようで、とても嬉しい作品ですね。
そう、実は一時期、僕はどうしてもラッセ・ハルストレムの監督作品に素直に馴染めなかったんですよね・・・。

確かにイエメンで鮭釣りという発想そのものが、あまりに奇想天外な気もしますが、
砂漠地帯に暮らす人々の中には、魚釣りそのものに対する憧れを抱いている人もいるだろうし、
この映画で登場したイエメンの富豪が考えていたプロジェクトの趣旨も理解できなくはないんですね。

但し、やはり何をやるにしても、新しい風を吹き込むにあたっては、
必ずアゲインストな風はあるもので、地域の人々との軋轢にも触れられています。

こういった軋轢とは、決別するということではなく、
しっかりと真正面から向き合い、理解を得るために行動する、それが“勇気”だと思うんですよね。

僕はこの映画、実はとっても大切なことを描いていて、
人間が生きる上でとっても大切なメッセージを内包していると強く感じるし、
そういう意味ではジョーンズ博士とハリエットの恋愛よりも、こちらの方にもっとフォーカスして欲しかったなぁ。
この2人の恋愛にしても、現代で稀に見るぐらいの純愛なので、目新しさがあることにはあるのですが、
やはり本作の個性を、できるだけ多くの方々に理解してもらうためには、ドラマ部分に注力した方が良かったかも。

個人的には、本作をキッカケに是非ともラッセ・ハルストレムには復活して欲しい。
08年の『HACHI 約束の犬』も観てはいるのですが、どこか物足りない感じがするのが、とても残念です。
良い企画に恵まれていないところもあるのでしょうが、今一度、ハリウッドでも活躍して欲しいですね。

イギリスを舞台にした物語なせいか、どこか独特なブラック・ユーモアさがあるのも特徴。
現実的にはありえないのですが、首相と高官がチャットで連絡をとり合っているというのが、面白い。

この辺は『フル・モンティ』のシナリオを書いた、サイモン・ボーフォイの脚本も良いでしょうね。
今だったらLINEになるのでしょうが、描き方に工夫が感じられる部分ではありますね。
(まぁ・・・現実に今の政府関係者なら、こういうアプリを使って、“オフレコ・トーク”を楽しんでいるのかも・・・)

傑作ではないものの、断じて酷評されるほど出来が悪い映画ではありません。
むしろ、昨今、無い観点から描かれた、新感覚の映画と言っていいぐらいだと思います。
だからこそ、あまり注目されずにDVDになっている現実が、僕にはとても寂しく感じられるのです。
やっぱり、こういう映画は注目されてこそ、口コミで評判が広がっていくものですからねぇ・・・。

是非とも、本作のような作品が簡単に埋もれてしまう環境ではなくなって欲しいなぁ〜。

(上映時間108分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ラッセ・ハルストレム
製作 ポール・ウェブスター
原作 ポール・トーディ
脚本 サイモン・ボーフォイ
撮影 テリー・ステイシー
編集 リサ・ガニング
音楽 ダリオ・マリアネッリ
出演 ユアン・マクレガー
    エミリー・ブラント
    クリスティン・スコット・トーマス
    アムール・ワケド
    トム・マイソン
    レイチェル・スターリング
    コンロース・ヒル