暴走機関車(1985年アメリカ)

Runaway Train

もともとは黒澤 明が書いた原作を、何故かハリウッドで映画化したパニック・サスペンス。

どこかで観た記憶がある映画だとおもっていたら、どことなく2010年の『アンストッパブル』にソックリですね。
映画としては単純比較できませんけど、この時代の手作り感溢れる雰囲気が嬉しいし、まずまず見せてくれる。

ただ、監督のアンドレイ・コンチャロフスキーはロシア出身のディレクターで、
若い頃から黒澤 明の映画から強い影響を受けていた関係で、本作の映画化の権利を勝っていたわけですが、
結構、荒っぽい部分がある。もっと丁寧に語って欲しかった部分はあるというのが本音で、これが足を引っ張っている。

80年代に入ってからアメリカに移住して映画製作に携わっていたようで、本作も“キャノン・フィルムズ”が出資して、
メナハム・ゴーランらが代表者としてプロダクションを引っ張っていた時代なので、本作も勢いを感じる作品ではある。
しかし、それでもどこか雑に映ってしまう部分はある。予算も潤沢ではなかっただろうし、そこは仕方ないけどね。

映画の前提ともなる、冒頭の刑務所でのシークエンスですが、これもまた世紀末感がスゴい。
とにかくテレビニュ−スでも話題となるくらい大荒れの状態なわけですが、厳し過ぎる刑務所の管理体制に
何故か囚人たちが逆ギレしているような状態で、何故か火の点いたものが至る場所に落ちている状況で
どの刑務官も何も対処しようとしない。これは凄まじい荒廃ぶりだし、刑務所内の統治がまるで出来ていない。

こんな環境の刑務所で特別に悪い存在として独房に閉じ込められていたのが主人公ですから、
そりゃ何かチャンスがあれば脱獄を試みるわけで。主題が暴走する列車なわけですから、アッサリと脱獄に成功し、
すぐに問題となる暴走する列車に乗り込みます。そこからはノンストップのパニック映画に変貌していきます。

欲を言えば、この脱獄のシーンはもっと繊細に描いて欲しいところでしたが、
アンドレイ・コンチャロフスキーにはそんな器用なところは無かったみたいで、とにかく先を急いだ印象があります。

まぁ、正直言って、結末は想像つく内容だとは思うんだけど、少々文学的なエッセンスを感じるのが異色だ。
この辺もアンドレイ・コンチャロフスキー独自の解釈が込められているのか、一種独特な雰囲気で映画が終わる。
しかし、その独特さに黙っていられなかったのが黒澤 明らしく、自分たちが書いていた内容とニュアンスが異なり、
原作者の意向を汲み取ってもらった映画、ということではなかったのでしょう。この辺は確かにチクハグだったかも。

ハッキリ言って、主要登場人物3人揃って褒められたような人物ではない。
ジョン・ボイト演じる囚人は思慮深い奴なのかと思いきや、映画が進むにつれて化けの皮が剥がれたように
やっぱりただの悪い奴だし、エリック・ロバーツ演じる若い囚人は最初っから、軽いノリの若い囚人で知性はゼロ。

たまたま無人の暴走機関車に乗り合わせた女性鉄道マンを演じたレベッカ・デモーネイは
眩しい存在ではあるものの、たいした活躍の場を与えられず、そもそもが仕事中に隠れて寝ていたから
暴走機関車に取り残されたという少々間抜けな設定で、主要登場人物の中に一人も鋭い奴がいないという事態。

この辺の設定は黒澤 明っぽくないと言えば、そうかもしれませんが、
本作の完成版を観た黒澤 明が不快感を示したというから、内容はかなり改変されていたのかもしれません。

まぁ、前述したように、そもそもアンドレイ・コンチャロフスキーの演出に細やかさが感じられないせいか、
映画が全体的に荒っぽく見えてしまっていて、その時点で賛否が分かれると思うし、人間模様の描き方も今一つ。
ただ、本作の魅力と言えば、やっぱり機関車が無人で暴走し、運転台には誰もいないというシチュエーションから
如何にしてコントロール可能な状態に戻すか、という観点のみで押し通したことで、これは大きな功績であると思う。

そして映画がクライマックスに近づくにつれて、ジョン・ボイト演じる囚人が狂気じみた感じになっていって、
結局は彼らの脱獄をまんまと許して世論からバッシングを浴びる刑務所長との一騎打ちになる構図は面白い。

暴走機関車を追ってくる刑務所長がヘリコプターからロープで釣られて機関車に突撃してくる姿が
まるでイーサン・ハントのようなスゴ腕のスパイが考えそうな手法で、『ミッション:インポッシブル』を思い出す。
そう、あの作品も本作から想を得たのではないかと思えるほど、構図がソックリなので驚かせられましたね。
しかし、そんな刑務所長を演じたのがどこか見ても平凡なオッサンのジョン・P・ライアンというのが、なんとも妙だ。

映画の序盤では、他の囚人たちからリスクペトを集めつつも状況を常に客観的に分析するように
冷静沈着な男に見せつつ、脱獄に同行したエリック・ロバーツには「ちゃんと働け!」と説教するようなオッサンが、
いざ暴走機関車をストップさせるためにと、運転席へと移るというときに突如として争いになり、本性を剥き出しにする。
こういったやり取りことが、黒澤 明のシナリオの要点だったのだろうから、この辺のベースはしっかり押さえている。

黒澤が不満に感じたのがどんな部分かは分かりませんが、僕はチョットした細やかさだと思う。
そういうことが往々にして、アンドレイ・コンチャロフスキーには出来ていない。これで大きく損していると感じる。

それから、どうせならもっと誰もコントロールしていない機関車に乗り合わせてしまったという、
ハラハラ・ドキドキ感はもっと強調して欲しかったところ。行き交う列車を退避させるなど、ピンチもあるのですが、
あまり個々の窮地が盛り上がることなく、誰も運転台にいない状況でスピードを上げているというのにも関わらず、
乗り合わせた当事者たちの緊張感があまり伝わってこないシーン演出になってしまっていて、映画が盛り上がらない。

結局、物語の焦点が如何に先頭車両に移動して機関車をコントロールするか、ということになるのですが、
本来的にはもっとスリリングなシーンが連続するエンターテイメント性高い内容にするべきだったところを
機関車がどうなってしまうのか分からないスリルというのは、チョット物足りない。せっかくのシチュエーションだったので
無人の機関車が暴走するという、絶好の題材を最大限に生かせた作品とは言い難いのが、なんとも勿体ないですね。

まぁ、前述したように手作り感溢れる作品なのが嬉しいですが、これは裏を返すと
そこまで潤沢な資金が投じられた企画ではなかっただけに、撮影現場も様々な工夫を強いられたのかもしれず、
これ以上に現場の工夫だけでスリリングな映像を連続させることは苦しく、到底難しいことだったのかもしれません。

その手作り感ゆえ演出できたことのようにも思いますが、ジョン・ボイトの運命を象徴するような
幻想的ですらあるラストの暴走機関車の屋根に乗る彼のショットは、とても印象的で素晴らしいシーンだったと思う。

きっと、この映画は刑務所長とジョン・ボイト演じる囚人の一騎打ちという構図を持ち出すのが
少し遅すぎたのだと思います。もっと早い段階から、この一騎打ちの構図にフォーカスして映画を進めれば、
妙な寄り道をせずにスリリングかつシンプルなエンターテイメントにできたと思います。その方が黒澤が敢えて、
エッセンスとして加えたものと思われる、ラストのシェイクスピアの哲学的なメッセージが映えたのではないかと思う。

なんとなく、いとも簡単に脱獄できてしまって、若者を諭しながら逃げるオッサンの囚人。
凶悪犯ばかり収監する刑務所なのに、アッサリと脱獄されてしまう失態を犯した刑務所長が、仕方なく追跡する。
そんなフワッとした感じで追跡劇が始まって、いつの間にか、この刑務所長が本性を見せ始めて暴力的かつ、
強硬に周囲に協力させるというサディスティックな一面を見せ始め、オッサンの囚人も凶悪犯の本性を見せ始める。

それまでは理性的な判断を大事にしろと大人な意見を言っていたオッサンの囚人も、
逃走するためには女性にだって暴力的になるし、シェイクスピア劇の台詞を引用するかのように、
「アンタはケダモノよ!」と言われて、「それよりも悪い! これは人間なんだ!」と豪語して、本性を剥き出しにする。

結局、このオッサンも自分が助かるため、刑務所長との争いに勝てれば、他の誰がどうとなろうと関係ないのだ。

それが映画の終盤になって、やっと明確化されるというのは僕は遅すぎたと思う。
ここはもっと一貫性を持って描いて欲しい。そうでなければ、映画の説得力も弱くなり、映画が盛り上がらない。
それで最後に豹変するのですから、「それなら最初っから、2人の対決を描けよ」とツッコミの一つでも入れたくなる。

こういう映画を観ると、あらためて黒澤 明のチームの偉大さが分かるし、
ハリウッドのプロダクションからも、かなり早い段階から高い評価を受けていたことを実感させられますね。
映画の出来は及第点レヴェルかとは思うし、物足りないと感じる部分も無いわけではないのですが、
それでもアンドレイ・コンチャロフスキーのような黒澤に心酔する映画人が、こういう作品を撮ることに感銘を受ける。

やっぱり黒澤は世界的な存在だと思うし、日本映画界のパイオニアの一人として圧倒的に偉大な存在だ。

(上映時間111分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 アンドレイ・コンチャロフスキー
製作 ヨーラン・グローバス
   メナハム・ゴーラン
原案 黒澤 明
   菊島 隆三
   小国 英雄
脚本 ジョルジョ・ミリチェヴィク
   ポール・ジンデル
   エドワード・バンカー
撮影 アラン・ヒューム
美術 ジョセフ・T・ギャリティ
音楽 トレバー・ジョーンズ
出演 ジョン・ボイト
   エリック・ロバーツ
   レベッカ・デモーネイ
   カイル・T・ヘフナー
   ジョン・P・ライアン
   T・K・カーター
   ケネス・マクミラン

1985年度アカデミー主演男優賞(ジョン・ボイト) ノミネート
1985年度アカデミー助演男優賞(エリック・ロバーツ) ノミネート
1985年度アカデミー編集賞 ノミネート
1985年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(ジョン・ボイト) 受賞