ロケットマン(2019年イギリス)

Rocketman

2018年の『ボヘミアン・ラプソディ』の製作に参加していたデクスター・フレッチャーが
今度はエルトン・ジョンの伝記的シナリオを基に、波乱万丈の半生を描いたミュージカル映画。

エルトンが04年からラスベガスでの連続公演の契約を結び、
“レッド・ピアノ”の企画をスタートさせた頃から、自らの物語を映画化させる構想を持っており、
エルトンと彼の実生活でのパートナー、デビッド・ファーニッシュが本作の構想を持ちかけたようだ。

映画はあくまでファンタジーなので、事実を“参考”レヴェルに留め、
エルトンが抱えていた幾つかの問題を克服し、自分と向き合って人生を歩み始めるまでの
長きにわたる葛藤を描いているので、多少、事実関係が前後することは仕方がないことでしょう。
ですので、エルトンの熱心なファンからすると、少しずつ違和感があるということは否めませんが、
本作を楽しむためには、そういった部分にいちいち目くじらを立てていては、何も始まらないと認識すべきでしょう。

つまり、「これはあくまで映画だ」という割り切りが必要だということです。

具体的には、ディック・ジェームスのオフィスで、エルトンが売り込むために
I Guess That's Why They Call It The Blues(ブルースはお好き?)や Sad Songs (Say So Much)(サッド・ソングス)
などの80年代のシングル・カットされた曲を歌い始めて、ダメ出しされるなんて、どう考えても変だし、
1970年8月25日のエルトンにとっては運命的なトルーバドールでのライヴで Crocodile Rock(クロコダイル・ロック)を
歌って聴衆を熱狂させるというのは、エルトンのファンにとってはまったくもってナンセンスな発想でしょうね。

デビューして一気に70年前後にブレイクしてからにしても、
76年の Don't Go Breaking My Heart(恋のデュエット)のレコーディングにしても、時代経過からすると、
事実とは異なる流れになっていて、そこからジョン・リードとの関係が深まるみたいな流れも違和感がある。

ただ、繰り返しになりますが、これはあくまで映画、ファンタジーを追求してますから。
おそらくデクスター・フレッチャーはそんなこだわりを持つほど、エルトンの熱心なファンではないでしょう。

でも、本作を製作するにあたって、エルトンのことをそうとう研究したことはうかがわせます。
特に幼少期とデビュー仕立ての頃はエルトン自身にも、そうとう取材して研究したのでしょうね。
本作は実質的にエルトンのデビューした頃のエピソードがメインと言っても過言ではないくらいです。

実際のエルトンは本編でも描かれたトルーバドール公演で一夜にして有名人になり、
この公演を見ていたレオン・ラッセル、ニール・ヤング、エリック・クラプトンらが大絶賛したために、
西海岸だけではなく東海岸でもエルトンの噂が広まって、一旦、イギリスへ帰国した後、
同年冬に本格的なアメリカでのプローモショナル・ツアーが組まれて、伝説のフィルモア・イーストや
フィルモア・ウェストのステージに上がり、当時のシンガソングライター・ブームの潮流にも乗って、
且つ他のミュージシャンとは一線を画した存在として、当時、発売中だったアルバムは飛ぶように売れたといいます。

実はこの時代の音源がブートレグ(海賊版)で聴けますし、
当時は海賊版対策としてエルトン初の実況盤 17-11-70(ライヴ!!)がオフィシャルでアルバム化されており、
あまり有名ではないのですが、この 17-11-70(ライヴ!!)はロック史に残るライヴ・アルバムだと思っています。
後のポップ・スターのアイコンのようになったエルトンからは想像がつかないグルーヴで、これは大好きな一枚です。

もっとも、当時のエルトンのステージングで話題となったのは、
コンサートの半分は内省的なバラードと、残りの半分はまるで運動選手のようにアクロバティックに
ピアノを叩きまくっていた派手なパフォーマンスで、これはジェリー・リー・ルイスやリトル・リチャードの派生でした。

映画を観ていて感じたのは、やはりエルトンにとっては
75年のドジャース・スタジアムでの野外コンサートは、彼のキャリアの中では大きな出来事だったのだと
あらためて実感させられることと、ジョン・リードのことはあまり良く思っていないのだということはハッキリした(笑)。

ただ、僕がこの映画の中で最も印象的だったのはエルトンが84年に結婚した、
ドイツ人コンサート・エンジニアだったレナーテ・ブラウェルとの出会いと、結婚を描いたという点で、
当時は同性愛者と公言したことで、世間からの差別的なバッシングと闘い続けていたエルトンなだけに
彼女との結婚はカムフラージュと言われていましたが、彼の中でどう思っていることなのか、ホントのところは謎でした。

この映画の中でレナーテとの結婚について触れたということは、
やはりエルトン自身が語っていたように、当時も今もエルトンは彼女のことを特別に思っていて、
同性愛のセクシャリティを偽って結婚しただけに彼女にホントに申し訳ないという気持ちが強いんだろうなぁ。

通常ならこれだけで映画にできそうな深いテーマがあるように思うのですが、
エルトンのキャリアの中でも、どちらかと言えばダークサイドな部分なだけに、本作で描かれたのは意外でした。

ホントは実在のエルトンのキャリアを考えると、作詞家バーニー・トーピンとの出会い、
エルトン・ジョン・バンド′巨ャまでの道のり、そしてギターリストのデイビー・ジョンストンの加入、
77年11月のウェンブリー・エンパイア・プール公演での突然の第一次引退宣言、親友マーク・ボランの死、
当時は初めてであった西側のロック・ミュージシャンとしての初めてのソ連公演、ジョン・レノンの死、
シンガーとしては避けて通りたかった声帯の手術を行ってヴォーカルがまるで変わってしまったこと、
療養施設に入るキッカケとなったエイズに罹患した青年の死、そして交友のあったダイアナ妃、
ジャンニ・ベルサーチの相次ぐ死など、映画から割愛されたエピソードは他にも数多くあります。

ただ、エルトン自身がコメントしているのですが、明るい映画にしたかったと。
その割りにはエルトンのセクシャリティに関わる部分で、暗い影を落とす部分が長かったけれども、
あくまでミュージカル映画として、全体のバランスをとりたかったという、作り手の意思があったのでしょう。

奇しくも、ディック・ジェームスがデビュー直前のエルトンに
「クスリで死ぬなよ」と言いますが、これは当時ジム・モリソン、ジミ・ヘンドリクスやジャニス・ジョップリンなど、
薬物中毒が噂されていたミュージシャンが多くいて、その中の数人が命を落としたことに対して、クギを刺したのでしょう。

自分を偽ることにエルトンはあらゆるコンプレックスと闘った痕跡がうかがえますが、
確かに76年9月のエジンバラ公演でエルトンは酔っ払いながら、ピアノ一台弾き語りで素晴らしいパフォーマンスを
しますけど、この時のエルトンの容姿を見ると、正直、29歳とは思えない風貌でこれは避けられない葛藤だったのかも。
オマケに酒とコカインのおかげで異様なテンションでもありましたが、自分との闘いでもがき苦しむエルトンが観れます。

僕はエルトンのファンであり、彼の日本公演を2007年と2015年、2回観ることができて、
いずれも素晴らしいパフォーマンスでしたが、それと今回の映画は切り離して、やはり映画は映画として考えたい。

作り手の想いはよく分かる、相応に優れた映画でそれなりには楽しめるが、
やはり『ボヘミアン・ラプソディ』のインパクトには及ばないのだろう。どうしても二番煎じになってしまう。
もし仮に、順番が逆であれば、もっと好意的に受け入れられたのかもと思えるほど、後発になってしまったのが残念だ。

(上映時間121分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

日本公開時[PG−12]

監督 デクスター・フレッチャー
製作 マシュー・ヴォーン
   デビッド・ファーニッシュ
   アダム・ボーリング
   デビッド・リード
脚本 リー・ホール
撮影 クリス・ディケンズ
音楽 マシュー・マージェソン
出演 タイロン・エガートン
   ジェイミー・ベル
   ブライス・ダラス・ハワード
   リチャード・マッデン
   ジェマ・ジョーンズ
   スティーブン・マッキントッシュ
   スティーブン・グレアム
   ティム・ドノバン

2019年度アカデミー歌曲賞(エルトン・ジョン、タイロン・エガートン) 受賞
2019年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ミュージカル・コメディ部門>(タイロン・エガートン) 受賞
2019年度ゴールデングローブ賞歌曲賞(エルトン・ジョン、タイロン・エガートン) 受賞