裏窓(1954年アメリカ)

Rear Window

絶好調だった50年代のヒッチコックの監督作品として、
そこまで良い出来の作品だとは思っていないのだけれども、クライマックスの緊張感だけは観るものがある。

いや、正確に言えば、映画の冒頭もなかなか凝っている。
34℃という、とてつもない暑さの中、ギプスを着用して身動きがとれない主人公の額を流れる汗。
そして映画の本編とは一切関係ない、女性の背面ヌードといい、如何にもヒッチらしい発想満載(笑)。

当時、さすがにグレイス・ケリーに入れ込んでいたヒッチなだけあってか、
彼女が最初にフレーム・インしてくるシーンにしても印象的で、いきなり横たわるジェームズ・スチュワートの
唇を奪うという登場だったのですが、60年経った今見たって、彼女は十分に気品を感じさせてくれます。

同じ年にヒッチが撮った、『ダイヤルMを廻せ!』でもグレイス・ケリーを
最初にフレーム・インさせるシーンでも、ネチっこいキスシーンを採用していただけに、
おそらくヒッチはグレイス・ケリーの唇か、或いはキスの仕方に惚れ込んでいたのでしょうね(笑)。

かつてヒッチコックは48年に『ロープ』で、ワンシーン/ワンカットにこだわって映画を撮っただけに、
本作のような限定された空間でのサスペンス劇を展開させる技術は既に持っていたことは間違いないけど、
ある意味で『ロープ』で会得した技術をブラッシュ・アップさせて、一つの完成形をもっていっていますね。
(とは言え、正直言って、映画の出来自体は『ロープ』の方が圧倒的に上だと思うのですが・・・)

今となっては、ヒッチコックの名作の一本として数えられており、
劇場公開当時からとても評価が高かった一作ではあるのですが、個人的には同じ時期の監督作なら、
『ハリーの災難』や『泥棒成金』の方がずっと面白かった。本作は少し発想の良さに依存した傾向が強いですね。

正直言って、ヒッチコックの手腕を考えれば、本作なんかはもっと面白い映画にできたと思う。
勿論、その片鱗はクライマックスで僅かに出ているのですが、それもハッキリ言って不発なレヴェル。

ジリジリと恐怖の存在が近づいてきていて、自分は車椅子生活なもんだから逃げられず、
周囲に助けも無く、オマケに夜の暗がりの中という、過剰に恐怖を演出する空気の中ですから、
ヒッチコック特有のスリルを感じさせる“仕掛け”は最高に機能的だったのですが、どうも後が続きません。
結果的に主人公に直接的に襲いかかる惨劇にしても、いくらなんでもコンクリートの上に落下すれば、
もっと大きな怪我をしていただろうとツッコミの一つでも入れたくなるラストで、少し興冷めしてしまうかなぁ。

まぁ・・・結局、物足りない部分は優美なグレイス・ケリーを観て我慢するしかないのですが(笑)、
それにしてもせっかくのヒッチコックの監督作品が、ヒロインの魅力頼みというのも悲しい。

いわゆるブルーマスクと呼ばれる、当時、最先端だった合成技術を駆使しており、
映像表現そのもののには、とても時代に敏感だったヒッチコックらしいのですが、
どうも今になって思えば、映画にフィットしない、ある意味で時代を感じさせる映像表現ですね(苦笑)。

でも、これは当然、仕方のない話しですし、
何より当時、ヒッチコックのようなハリウッドのトップにいる映像作家が、こういう映画を撮り続けたことが、
50年代ハリウッド映画の古き良き部分を、確固たるものへと見事に昇華させることができていたと思います。

それと、併せて言うなら、フランツ・ワックスマンのミュージック・スコアが素晴らしい。
映画のテンションを上げるジャジーなスコアで、このスコアは映画音楽史上に残る傑作と言っていい。

『サイコ』のバーナード・ハーマンも有名なのですが、
個人的にはヒッチコックの監督作品の音楽としては、本作が一番の出来だと思う。
そういう意味で、あまり触れられないところだが、ヒッチコックは映画に於ける音楽の位置づけの高さを
実に的確に理解していた映像作家であり、音楽を有効に使うテクニックを持っていたと言っていいと思う。

50年代、ヒッチコックは数多くの秀作を残しましたが、おそらく本作のスコアが一番良いだろう。
本作をはじめ、当時のヒッチコックはどちらかと言えば、静的な映画が多く、限定された空間で撮るということに
執着していたように思えるのですが、本作あたりを契機にして、スケールの大きな映画を撮るようになっていきます。
そういう意味では、本作はヒッチコックにとって一つのターニング・ポイントとした作品だったのかもしれません。
この頃の限定された空間で映画を撮るという実験的精神がなければ、『サイコ』などのように低予算で映画を
仕上げるノウハウも持てなかったでしょうし、いろいろな意味で大きな経験にはなっているのでしょうねぇ。

ちなみに必ずと言っていいほど、自分の監督作品に一回はスクリーンに映るヒッチコックですが、
本作では序盤に主人公の部屋の向かいのアパートに暮らすピアノ弾きの部屋に訪れる男として出演。
かなり目立つようにカメラに収まっているので、相変わらずの存在感が思わずニヤリとさせられます。

しかし、主人公が大怪我を負ったことから、いつしか覗きを趣味のようにしてしまい、
覗きの時間が次第に長くなって、夜中はずっと向かいアパートを覗きするなんて、今なら間違いなく犯罪だ(笑)。
しかし、ヒッチコックはまるでそれを逆手に取るように、主人公の行動を否定的に描かないとこが面白い。

それでいても、映画の途中で主人公に「やはり考え過ぎか・・・」と思わせたり、
上手くはぐらかしながら、映画を構成していくのがとても上手くって、最後の最後まで主人公を否定的に描かず、
どちらに転ぶか分からないストーリー展開を活かしたのが、とても上手かったですね。
個人的にはクライマックスを除いて、起伏に欠けるテンションに終始してしまったのが残念だったのですが、
それでも製作当時のモラルであれば、社会的に奇異に見られる主人公を肯定的に描いたのは絶妙でしたね。

ちなみに疑惑のアパートの住人を演じたレイモンド・バーは、
当時、数多くの映画で悪役を演じており、本作でも白髪で大柄な疑惑の住人を演じましたが、
実は本作で老けメイクを施して出演しており、撮影当時40歳であった彼にとっては、かなりの老け役でした。

もう一人、アクセントになっているのは、主人公のお手伝いを演じたセルマ・リッターだろう。
従来のヒッチコックの監督作品では、彼女の役どころがヒロインになることが多かったのですが、
本作では敢えて、ヒロインを別に立てて、主人公の“手下”になって動くキャラクターを増やす構図になっている。

繰り返しになりますが、50年代のヒッチコックは絶好調でしたが、
あくまで個人的には本作はそこまで好きではない。欲を言えば、主人公の危惧をもう少ししっかりと
弁証していくスタンスを持って欲しかったし、もっとスリルを盛り上げようと思えば、できた映画だったと思う。

ヒッチなりに新たな挑戦があった映画で、その格式美が多くの映画ファンを魅了していることは
理解しているつもりですが、サスペンス映画としての緊張感をラストまで封印しているのは、重ね重ね残念。

(上映時間112分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 アルフレッド・ヒッチコック
製作 アルフレッド・ヒッチコック
原作 コーネル・ウールリッチ
脚本 ジョン・マイケル・ヘイズ
撮影 ロバート・バークス
音楽 フランツ・ワックスマン
出演 ジェームズ・スチュワート
    グレイス・ケリー
    レイモンド・バー
    セルマ・リッター
    ウェンデル・コーリイ

1954年度アカデミー監督賞(アルフレッド・ヒッチコック) ノミネート
1954年度アカデミー脚色賞(ジョン・マイケル・ヘイズ) ノミネート
1954年度アカデミー撮影賞<カラー部門>(ロバート・バークス) ノミネート
1954年度アカデミー録音賞 ノミネート
1954年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演女優賞(グレイス・ケリー) 受賞