赤ちゃん泥棒(1987年アメリカ)

Raising Arizona

後にハリウッドでビッグネームとなるコーエン兄弟の出世作。
84年の彼らのデビュー作『ブラッド・シンプル』で高く評価され、20世紀フォックスが出資するに至りました。

逮捕された際に写真撮影で出会った男女が、釈放と同時にプロポーズし、
めでたく結婚して平和に暮らし始めたものの、期待していた子供になかなか恵まれずに、
不妊症であることが発覚し絶望したものの、諦めない妻は報道で知った5つ子誕生のニュースに
「5人もいるなら、1人くらいいなくなってもいいでしょ」と言い、夫に誘拐させることから始まる
アリゾナの田舎町での騒動をユーモラスに描いた、ドタバタしたアクションを交えたコメディ映画。

どのような理由があれど、赤ちゃん誘拐事件を描くというのは不謹慎なことだけど、
独特なユーモア感覚と、底抜けに明るいパワフルさで全編押し切ってしまった感じで、とても個性的な内容で面白い。

若き日のニコラス・ケイジにホリー・ハンターのカップルもとってもお似合いな感じで、
やっぱりこの頃のホリー・ハンターは失礼ながらも、馬力がある感じでパワフルで強い女性像で、実に良い。
後々、ニコラス・ケイジの方が大スターにのし上がりましたけど、本作ではエド役のホリー・ハンターが素晴らしい。

脇役キャラクターにも印象深い面々が多く登場してきますが、
本作ではジョン・グッドマン演じるゲイルの相棒であるエヴェルを演じたウィリアム・フォーサイスでしょう。
他の映画では不良役とか、強面の刑事役を演じていることが多いのですが、本作では表情豊かでコミカル。
ニコラス・ケイジ演じるマクダノーが赤ちゃん泥棒の犯人であることを確信してから、赤ちゃんを連れ去って、
ゲイルと共に赤ちゃんの面倒を見て、謝礼金を頂こうと画策するのですが、次第に赤ちゃんの可愛さにメロメロになり、
赤ちゃんのためにと買い物をしたり、赤ちゃんを目の前にすると心優しい部分が出てしまうアンバランスさが印象的。

映画としては、少々、ナレーションに頼り過ぎている傾向が強いようには思いますが、
それでもコーエン兄弟得意の乾いたユーモアが上手くマッチしていて、何の制約なしに好きに映画を
撮っているように見えて、映画のテンポも抜群に良くって、他の監督作品と比べても愛らしい作品と思いますね。

現代なら、こういうストーリーも映画化しづらい部分はあるかと思いますが、
これだけの勢いある内容に仕上がっていれば、ユーモアいっぱいのドタバタ劇として受け入れられた時代だったのかな。

映画はほぼ三部構成のような内容になっていて、
軽犯罪を繰り返していたマクダノーが何故、赤ちゃん泥棒になるかまでを描いた序盤、
赤ちゃんのためにとコンビニで強盗しようとしたマクダノーが失敗して、警察から追われる逃走劇を描く中盤、
一転して“マンハンター”として登場する賞金稼ぎと対決する終盤の三部構成となっています。

この賞金稼ぎが、まるでターミネーターのように強靭で無敵の強さな感じで、
映画はシリアスな雰囲気になりますけど、それに立ち向かうナヨナヨしたマクダノーがなんだかたのもしく見える。
そう、この頃のニコラス・ケイジって、90年代以降のアクション・スターのイメージは全く無いんですよね。
(当時は『ペギー・スーの結婚』や『月の輝く夜に』などのロマンチック・コメディによく出演していたせいもあるかも・・・)

映画最大の見どころは、やはり中盤のコンビニ強盗に失敗したマクダノーが
通報された警察に追われるわ、コンビニ店員の逆襲にあいわ、激怒した妻のエドは一人で逃げるわで、
マクダノーが何とか逃げ回るのですが、他人の住居やショッピングセンターへと次々と逃げ込み、
警察はおろか、近所の番犬も含めて、てんやわんやの大騒ぎでマクダノーが命からがら逃げ切るシーンは
編集も上手かったようで、スピード感満点で適度にスリルもあり、本作最大の見どころであったと思いますね。

終盤の賞金稼ぎとの対決の最後は、少々呆気ない感じではありますが、
これはこれで大迫力の最後で、本作に似合わないくらいのド派手な演出でチョットだけビックリでした。

個人的にはコーエン兄弟はシナリオから凝った映画を撮ることが多いのですが、
それはそれで由としても、やっぱり本作のような喜劇の方がずっと自由に撮った感じで魅力的に見える。
ミステリーが好きみたいですが、映画の流れという意味では、彼らのスタンスは喜劇の方が合っているのかも。
まぁ・・・それでも、いろんなジャンルを器用に出来てしまうことが、彼らが長年、評価される所以ですがね。

コーエン兄弟の映画の常連というか、ジョエル・コーエンの私生活での妻だから当然ですが、
フランシス・マクドーマンドが本作にも、登場時間は短いものの、印象に残る脇役で出演している。
彼女は本作の後、『ミシシッピー・バーニング』あたりから評価された、“後咲きの”女優さんではありますが。。。

正論を言ってしまうと、前述したように、どんな理由があっても赤ちゃん誘拐は許されません。
誘拐された親の立場からすれば、とてつもない人生を変える喪失であり、深い悲しみと絶望に打ちひしがれます。
同時に誘拐される赤ちゃんが、仮に大切に育てられたとしても、誘拐された過去は消せるものではなく、
幸せな未来が待っているとは到底思えず、誘拐された事実を知らずに育てられた子供があまりに不憫です。

普通に考えれば、映画のラストにしても、あんな軽々しく終わるほど現実は甘くないし、
現実主義的な観点からいけば、この内容は不謹慎極まりない不道徳な映画ということなのかもしれません。

そんな倫理観を否定するわけではありませんが、この映画に於いては全くそんなことを気にせず、
こんな方法でしか親になれないと、何故か勝手に追い込まれてしまった夫婦のドタバタ劇として観て欲しい。
5人の赤ちゃんを目の前にして、1人の赤ちゃんを誘拐するのにも苦労させられるニコラス・ケイジなんて、
90年代半ば以降のスターダムを駆け上がった彼の姿からすると、観ることができない貴重な姿だ。
(まぁ・・・それでも、日本のパチンコ屋のCMに出演したり、随分と“仕事を選ばない”感も強かったけど・・・)

そういう意味で、本作はどうしても自身の倫理観が優先して映画を観てしまうという人には、
正直言って、向かない可能性があります。映画のタイトルから、この辺のことはある程度、判断できるはずです。

コーエン兄弟は、映画のタイトルにも表した通り、アリゾナという土地を大事にした映画にしたかったのでしょう。
どこか乾いていて暖かい空気に満ちた画面になっていて、例えば映画の冒頭にあるマクダノーとエドの出会いから、
プロポーズに至るまでのエピソードを一気に、バンジョーの調べに乗せて描くあたりも、どこかアリゾナっぽい。

個人的にはこういう土地柄を大切にする映画って、僕は好感を持っていて、
その土地の空気を如何にしてフィルムに吹き込めるかという点で、この映画はやるべきことをやっている。
こういうところも、コーエン兄弟が映画監督として大成することにつながった要因ではないかと思いますねぇ。

自分は思わず、自分の子供が同じ月齢の頃はどうだったかと思いを巡らせてしまいました(苦笑)。
まだ、そんなに昔の話しではないはずなのですが、何故だか凄く懐かしく思えたりするから不思議だ。
自分自身で早くも「思い出に生きる人」になっていることを自覚しているのですが、観る人によって色々感じるでしょうね。

思えば、80年代はこういうコメディ映画の秀作は数多く製作されていました。
人気TV番組『サタデー・ナイト・ライブ』の出身者が牽引していたようにも思いますが、本作のように無縁ながらも、
大事に撮ったコメディ映画の秀作も数多いです。確かにコメディなんだけど、それでも本作のラストは少し切ないです。
事件を通して前向きに生きていく覚悟を語ったのでしょうが、安易にハッピーエンドだけで終わるラストではなく、
不妊症という現実を直視した上での“未来予想図”を聞くと、なんだかフクザツな想いにも浸ってしまいます。

そう、やっぱりこの映画は一筋縄にはいかない、実に不思議な魅力を持った作品なんです。

(上映時間94分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ジョエル・コーエン
製作 イーサン・コーエン
脚本 イーサン・コーエン
   ジョエル・コーエン
撮影 バリー・ソネンフェルド
音楽 カーター・バーウェル
出演 ニコラス・ケイジ
   ホリー・ハンター
   トレイ・ウィルソン
   ジョン・グッドマン
   ウィリアス・フォーサイス
   ランドール・“テックス”・コッブ
   フランシス・マクドーマンド
   サム・マクマレー
   M・エメット・ウォルシュ