クイール(2003年日本)

東京で生まれ、大阪のパピーウォーカーの家で1歳まで育てられ、
盲導犬養成施設で訓練を受けた後、兵庫県の全盲の男性に盲導犬として務めた、
クイールの生涯を描いたヒューマン・ドラマ。映画の前年に、NHKで連続ドラマ化して話題になりました。

盲導犬のスゴさは、数多くのテレビで語られていますが、
あらためて、その大変さを実感させられますね。少々、アッサリし過ぎているのは気になりますが、
おそらくこの企画は、盲導犬の生涯を描くこと自体に意味があったのでしょう。そういう意味では、教科書的な映画です。

映画の中で語られている通り、盲導犬の歴史は長いものであり、
国際的にも認知が拡がり、盲人の方々の生活のためには、盲導犬は不可欠な存在です。
また、それを訓練することも凄く大変なことであり、盲導犬になる試験もハードルが高いものであります。

一方で、僕はこの映画を観ながら考えてしまったのですが、
犬だけでなはなく動物って、少なからずとも「野生」を持っていて、本能的な衝動にかられることが
動物自身にとって最もストレスのかからない生活なのでしょう。それをパピーウォーカーで可愛がられるとは言え、
1歳を過ぎたら、犬にとっては厳しい訓練が待っているわけで、その本能的な部分をほとんど時制させるというのは、
犬にとってはスゴいストレスなのかもしれないということ。犬は飼い主に対する忠誠心は強いとされていますから、
人と動物の関係をしっかりと築くことが大切なのですね。盲導犬は、この忠誠心あってこその存在なのかもしれません。

そのような中で、養成施設がしっかりとしたノウハウを持って盲導犬を養成していることはスゴいことだし、
たまに電車の中でも盲導犬を見かけたりしますけど、より一層の配慮をしてあげたいと思います。
(たぶん、盲導犬に対しては何もせず、犬たちが“仕事”しやすいようにしてあげることが配慮になるかと)

でも、忠誠心だけで語れないのは、危険な状況を察知したら、
それを飼い主に命じられても、飼い主を守ることを優先することで、これもまたスゴいことですね。

監督は『十階のモスキート』や『血と骨』の崔 洋一ですが、
いつも彼が撮っている作品たちと、本作の内容のギャップがまたスゴいですね(笑)。
本作は全くバイオレンスも無く、実に大人しい映画で、全く異なる作家性を見せるあたりは、とても興味深いです。

突飛な演出にかられることなく、オーソドックスに極めて落ち着いた映画になっているのが良いですね。
ただね、これはテレビドラマの延長線を越えることはできなかったですね。ハッとさせられるものは無かった。
そして、映画の訴求力が弱い。確かに一頭のラブラドールの生涯を描いたという点だけでは感動するが、
映画が本来アプローチすべき、盲導犬としての生涯という観点では、全く訴求するものが無いと思いましたね。

それは、僕は決定的に小林 薫演じる全盲の男性との心の交流が不足しているからだと思う。
やはりクイールが盲導犬として訓練を受け、初めて盲人の安全を守るという立場になるからこそ、
幾多の困難や苦労はあっただろうし、盲導犬として認定を受けてからでも、日常生活の中で困難はあっただろう。

言葉は悪いけれども、そういった点についてはどこか表層的な描写に終始しているように感じました。
まったくもって、それでは訴求するものを作れるわけがないですね。幾多の困難や苦労を共に乗り越えて、
長い年月を共に過ごしてきたからこそ、飼い主との一時的なお別れは第三者的に観ても、心を動かされるし、
社会的なメッセージも強く込められたと思うのですが、本作はそういった描写がどこか表層的なんですね。

原作もあるし、劇場公開される直前まで、NHKで連続ドラマが放送されていたので、
大きな脚色はやりづらかったのかもしれませんが、映画の作り手としてもっと何とかしてあげて欲しかった。
崔 洋一の手腕であれば、なんとか出来たと思うんですよね。演出の一つ一つは丁寧に堅実なだけに、勿体ない。

ノンフィクションの映画化ということもあるので、過剰に脚色する必要はないと思いますが、
もっと積み重ねて、飼い主との別れの切なさを演出できた方が、映画として訴求するものは多かったと思うんですよね。

とにかく犬が好きとか、動物映画であれば、どんな内容でもOKという方にはオススメできますが、
人と動物の関係を描いた映画という意味では、今一つです。繰り返しになりますが、もっと何とか出来たと思います。
上映時間も決して長い映画ではないので、もう少し内容的に肉付けして、小林 薫演じる全盲の男性と
クイールの心の交流をしっかりと描いて欲しい。これこそが、映画の大きなポイントであったはずなんですよね。

正直言って、犬にとって盲導犬として生きることが幸せなのかは、よく分からない。
そんなことを言ってしまうと、愛玩動物として飼育されることも幸せなのか?という話しもあるんだけど、
やっぱり盲導犬としての訓練は、犬にとっては過酷なものだろうし、特殊な生き方になるのでしょう。

でも、やっぱり盲導犬の存在に助けられている人は、数多くいるわけですからね。
そこは人間の視点からになってしまいますが、動物福祉という目線でも、満たされる生涯を送って欲しいと思う。

小林 薫演じる全盲の男は、気難しい説教好きな一面はありながらも、
協会で献身的に働くために、人からは慕われている。若い頃に無茶な生活を送った影響で、
重度の糖尿病で体は蝕まれ、次第に体調は悪くなっていきます。クイールと生活したのは、
僅か2〜3年の話しではあったようですが、気難しく盲導犬の世話になる気などまるで無かった彼が、
怪我をしたことがキッカケで盲導犬との生活を決意するというのは、実は凄く大きな決断だったと思うんです。

ここも、この映画はもっとクローズアップして描いた方が良かったかな。
やっぱり、この映画は全体的に小林 薫演じる男性についてアッサリさせ過ぎたんだと思うんだよなぁ。

「クイール、ストレートゴーや」など、独特で印象的な掛け声もあったので、
もっと入念に彼とクイールについて描いていれば、この映画の印象は大きく変わったと思います。
養成施設を抜け出して、クイールとビールを買いに行くシーンなんてスゴく良いのに、後に生かせず勿体ない。

正直、自分は動物を可愛がるタイプの人間ではないし、
日常生活でもペットを飼う余裕などありませんけど、多少なりとも憧れたことはあります。
勿論、盲導犬とペットは違いますけど、おそらく動物との別れの感情は、飼った人にしか分からないでしょう。
この映画がそこまで描けていたのかは分かりませんが、映画の感じ取り方はペットを飼ったことがある人と、
ペットを飼ったことがない人とで差はあるかもしれませんね。ペットは家族の一員ですから、その喪失は大きな出来事。

それは、動物から見ても同様で、飼い主の喪失は自分の親を失ったくらいの感覚でしょう。

今後はそんな映画も登場するのかもしれませんが、ペットの存在はより大きくなりつつありますからね。
これは万国共通の傾向のようで、今となっては家の外で飼われるペットの方が貴重な気がします。
そのせいか、愛玩動物の疾病も人間のようになってきているようですが、この傾向は更に加速するでしょう。

あと、少々ナレーションに頼り過ぎなのも気になったなぁ。
せっかく良い“土台”のある映画なので、もっと演出と芝居で表現することを優先しても良かったと思う。

調べたら、ラブラドールの寿命は10〜12年らしいですね。
そう考えると、小動物の一生は人間の感覚で言えば、短いものです。育ての親である、
パピーウォーカーの家で晩年を過ごすことになるというのは、なかなか無いことなのかもしれませんが、
これはこれで良いことなのかなとも思います。おそらく多くの盲導犬が、飼い主よりは先に逝ってしまうのでしょうけどね。

(上映時間99分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 崔 洋一
原作 秋元 良平
   石黒 謙吾
脚本 丸山 昇一
   中村 義洋
撮影 藤澤 順一
美術 今村 力
編集 川瀬 功
音楽 栗コーダーカルテット
出演 小林 薫
   椎名 桔平
   香川 照之
   戸田 恵子
   寺島 しのぶ
   黒谷 有香
   名取 裕子
   櫻谷 由貴花
   松田 和