パンチドランク・ラブ(2002年アメリカ)

Punch−drunk Love

トイレの清掃部品を販売する倉庫に勤めるバリーと、
キャリア・ウーマンのリナの刺激的で不思議な恋愛を描いたラブ・ストーリー。

99年に『マグノリア』で高く評価されたポール・トーマス・アンダーソンが
再び一風変わった恋愛映画に挑戦した作品で、これはおそらく賛否の分かれるタイプの作品だろう。

まず、この映画を理解するのに重要なのは、キレイな恋愛を描いているわけではないということだ。
この上なくありえない恋愛物語を、違和感たっぷりに描いているということですね。
そこを敢えてポール・トーマス・アンダーソンはシニカルかつ、意地悪に描いています。
僕はあんまりポール・トーマス・アンダーソンの映画って、好きではないんだけど、
本作の作為的な意図はまずまず汲み取れたかなぁ。まぁ相変わらず、分かり難いけど。

こう言っちゃ悪いけど、とびきりにキュートな恋愛映画を撮ろうと思っていれば、
アダム・サンドラーとエミリー・ワトソンをキャスティングしようとは思わないでしょう(←言い過ぎ)。

いや、何が言いたいかっていうと...
もうこのキャスティングの時点で、ポール・トーマス・アンダーソンの意地悪なとこが出ているということ。

主人公のバリーは彼を取り囲んで、中傷のネタにする姉妹に悩まされますが、
確かに彼女たちの性根の悪さというのも、ひじょうに不愉快な印象を与えます。
思わず彼女たちに怒鳴り散らしたくなる気持ちもよく分かる。

けど・・・バリーはバリーでそんな苛立ちを抑え切れずに暴力的な破壊行動に出てしまう男。
しかも普段は平穏でおとなしく、言っちゃえば弱々しい男なのに、キレたらひじょうに強いから、質(たち)が悪い。

映画の冒頭から違和感いっぱいで、訳の分かんない出来事の連続で、
観客にはひじょうに不愉快な印象を与える映画ですが、これらは全て作り手が意図したものなのです。
例えば、主人公が勤務する倉庫前の通りを走行していた車両がバースト(?)して、
突如として激しく横転するシーンからして、けたたましい衝撃音で映画の雰囲気を壊すし、
意味ありげに道路に置かれた鍵盤楽器を、車に破壊される寸前に救い上げるなんて、
映画が終わってみれば、一体あれは何を主張したかったのか、よく分からない仕掛け。

でも、こういった違和感や疑問が全て本作の場合は、意図されたものだと感じるのです。

だからこそ、原題も含めてタイトルが『パンチドランク・ラブ』なわけで、
そこら辺にありふれた、ノーマルでハッピーな恋愛劇というわけではないということを前提とした作品なのです。

ただ、そんな中でハワイへ出張に出てしまったリナに会いたい一心でバリーが彼女を追いかけ、
ハワイのホテルのテラスで再会するシーンなんかは、突如として輝きを放ち出す。
この辺の演出を含めた画面の造詣は、ひじょうに上手かったと思いますねぇ。
お世辞にもキュートな恋愛という印象はそれまで一切感じられなかったのですが、
シルエットのようにして2人が抱き合うシーンから、急激に2人の恋愛劇のトーンが変わってしまいます。
この辺がポール・トーマス・アンダーソンのマジックというか、彼にしか出来ない芸当ですね。

それと、この映画が劇場公開された時に既に話題になっていましたけど、
アメリカの食品会社と航空会社がタイアップした、加工食品を買ってマイレージが貯まるというキャンペーンで、
ほぼ一生分のマイレージを手にしようと、この映画の主人公バリーはプリンをスーパーで買いあさります。

何故なら、飛行機に乗ってマイレージを貯めるよりも、
プリンを“大人買い”して(笑)、マイレージを貯める方が遥かに経済的だと気づいたからです。
(まぁこんな企業のミスも、そうそう滅多にあるもんじゃないけど・・・)

まぁバリーにとってはリナは、文字通り“運命の女性”だったのでしょうが、
「もう少し経ったらマイレージが一生分もらえて、何処にでも君について行けるようになるよ」なんて、
ある意味では凄いプロポーズ(笑)。一歩間違えれば、ストーカーちっくな感じではありますが、
一方のリナも精神的に難しいところがあるバリーを献身的に理解しようとする、チョット不思議な女性。

まぁ確かにそんな2人のロマンスですから、そりゃ『パンチドランク・ラブ』ですわ(笑)。

この映画の良さを実感するためには、少々、柔軟な姿勢が必要なのかもしれません。
どんな単純なラブ・ストーリーであっても、如何にして奇異に見せるかということに主眼を置いているのです。
別に奇をてらってばかりいる映画ではないのですが、この違和感に心地良さを感じるか否かがポイントですね。
音楽に例えるなら、ベルリン時代のデビッド・ボウイのような映画と言えば一番、適確かもしれません。

まぁアダム・サンドラーがいつもの調子と違って、おとなしくしてますから(笑)、
彼の芸風が好きになれない人には、オススメできる作品かもしれません(...キレ芸は相変わらずだが...)。

完璧な出来とは程遠いし、本作を越える恋愛映画は世の中にたくさんあるとは思うけど、
チョットいつもと違った観点から、こういった普遍的なテーマに挑戦する気概を、僕は気に入りましたね。
『マグノリア』みたいな路線で評価を上げていくのもいいけど、こういう作風にチャレンジするのも
映像作家としての幅を広げるには、最適な挑戦かと思います。

それが見事に結実して、映画の後半ではバリーとリナのロマンスが
そこそこキュートなものへと昇華しているあたりはお見事としか言いようがありません。

でも、少なくとも僕は...プリンを大量に買おうとは思わない(笑)。

(上映時間95分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ポール・トーマス・アンダーソン
製作 ジョアン・セラー
    ポール・トーマス・アンダーソン
    ダニエル・ルピ
脚本 ポール・トーマス・アンダーソン
撮影 ロバート・エルスウィット
編集 レスリー・ジョーンズ
音楽 ジョン・ブライオン
出演 アダム・サンドラー
    エミリー・ワトソン
    ルイス・ガスマン
    フィリップ・シーモア・ホフマン
    メアリー・リン・ライスカブ

2002年度カンヌ国際映画祭監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2002年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2002年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞脚本賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2002年度トロント映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞