女と男の名誉(1985年アメリカ)

Prizzi's Honor

これは素直に面白い!
晩年のジョン・ヒューストンがゴージャスに描いたリチャード・コンドン原作の『プリッツィの名誉』の映画化。

たまには、こうして終始、苦悩の表情を浮かべるジャック・ニコルソンというのも良いですし、
何よりヒロインの女殺し屋を演じたキャスリン・ターナーとのコンビネーションもバッチリという感じで、
やっぱりキャスリン・ターナーのハスキーボイスは良いですね。本作のヒロイン役は彼女にピッタリです。

今回のジャック・ニコルソンが演じるのは、ニューヨークの有力マフィアであるプリッツィ・ファミリーで
殺し屋として暗躍し、ドンからは実の息子と同様...いや実の息子以上に可愛がってもらう存在であり、
高級マンションまで買ってもらってリッチな生活を送っている中年男のチャーリー。ドンの孫の結婚式で偶然見かけた
美女アイリーンに一目惚れし、積極的にアプローチした結果、愛し合うようになるものの、実はアイリーンは百戦錬磨の
殺し屋でファミリーの金を横領した女性であることが明らかになり、ドンは彼女に金を返すようチャーリーに迫ります。

そこから始まる、アダルトな男女の駆け引きを描くブラック・コメディというわけなのですが、
そこに絡んでくるチャーリーのかつての恋人メイローズを演じたアンジェリカ・ヒューストンが何とも絶妙に面白い。

キャスリン・ターナーの相変わらずのハスキー・ボイスも何とも魅力たっぷりで、
当時のジャック・ニコルソンをも手玉に取りそうなほど、クールな悪女キャラクターが炸裂していてノリに乗っている。
そこに少々、メンヘラっぽい絡み方をしてくるアンジェリカ・ヒューストンが映画をかき乱す存在としても魅力たっぷり。

あくまでチャーリーという殺し屋の苦悩を描いているので、ジョン・ヒューストンっぽい男臭い映画で
現代的な解釈をすると、少々、男にとって都合のいい男性上位社会っぽい描き方をしているのは否めないが、
この豪快な映画の中で、2人の女性がジャック・ニコルソンを手玉に取って、弄ぶかのような流れが実に面白い。

弱々しくも時折、存在感を示すプリッツィ・ファミリーのドンを演じたウィリアム・ヒッキーも良いですね。
アカデミー賞にもノミネートされましたが、映画の冒頭の孫の結婚式でもウトウトとやってるくらい体力的に
キビしいのかなと思えるくらい弱っているのですが、それでもアイリーンに金を返すように迫ったり要所で威厳を見せる。
そんな「引いては押す」みたいなキャラクターなのですが、この塩梅が何とも上手くて、名脇役ぶりを発揮しています。

まぁ、一方的にチャーリーが一目惚れしたかのような映画の冒頭の展開なので、
正直言って、アイリーンの本音がよく分からず、どうして2人がアッサリと結婚することになったのかが分からない。
この辺はもう少し丁寧に描いて欲しかったところですが、丁寧に撮れってのはジョン・ヒューストンには難しいかな(笑)。

そういう意味では、このラストの呆気なさも賛否は分かれるだろう。僕の中では逆に好印象だったのですが、
アイリーンとチャーリーが結局は対峙しなければならないとする、ある種の運命的な難しさでもあって駆け引きがある。

なるべくしてなるラストではあるのですが、お互いに腹に隠したものを抱えながらも再会を喜び合って、
僅かながらもお互いの腹を探り合いながら、対決の瞬間に一気に流れ込むという簡潔なラスト・シークエンス。
悪く言えば、あまり盛り上がらないラストとも言えるかもしれませんが、このアッサリとした終わり方も悪くないです。
そもそもなのですが、ジョン・ヒューストンも自分の娘のアンジェリカ・ヒューストンに“花”を持たせたかったのでしょう。
アイリーンとチャーリーの対決の後にも続くエピソードを観ると、結局はメイローズが“美味しいところ”をさらってしまう。

この辺はジョン・ヒューストンの俗っぽさを見たような気がしますが(笑)、それでも演じたアンジェリカ・ヒューストンは
確かに良かった。時に面倒なオンナ、時にキュートなオンナ。以前から関係が悪くなっていた父親とのイザコザも
それまでは一方的に父親がメイローズのことを虐げてきたものの、次第にメイローズの逆襲のようになるのが面白い。

メイローズの父親からすれば、理解できない娘ということだったのかもしれないが、
ただ意に沿わない男と恋に落ちたからという理由一つだけで、彼女を徹底的に遠ざけて虐げてきただけに、
メイローズからすれば積もり積もった恨みに近いような、ある種の憎しみがあったはずで、復讐の機会を待っていた。
そこで年老いて影響力を失いつつあり、ドンからも和解を進められたことで、関係性が逆転しつつある瞬間が訪れる。
そんな時に見せる、アンジェリカ・ヒューストンの何とも言えない表情一つ一つが印象的で、なんとも上手いのです。

とは言え、キャスリン・ターナー演じるアイリーンだってキャラクターの濃さでは負けてはいない。
結局はジョン・ヒューストンの目線で描いた女性キャラクターであるとは言え、これだけ強力な女性に囲まれるのだから
本作のジャック・ニコルソンは彼のキャラの濃さを生かすことよりも、むしろ黒子に徹するかの如く、影を潜めている。

この頃のキャスリン・ターナーは他の女優さんとは違った風格がありますね。
セクシーな悪女も演じることができるし、本作のようにコミカルな演技もできるという器用な女優さんでしたね。
ましてやジャック・ニコルソンの相手役を堂々と演じるわけですから、当時から実力が認められていたわけです。

しかし、そんな彼女もプリッツィ・ファミリーの金を盗むという実に大胆なことをやってのけてしまう。
元々はフリーランスの殺し屋という謎めいた立場ではあったものの、実生活の夫と共謀してマフィアの金を盗み、
逃げてしまうというのは、あまりに危険なことだった。そこで夫はアッサリと派遣された殺し屋チャーリーによって、
殺されてしまうわけですから、冷静に思えば、アイリーンの計画は甘過ぎるもので、大狂いしたのかもしれない。

そうなると、本作の魅力の一つでもあるのですが、チャーリーは本気でアイリーンを愛しているが、
アイリーンはどこまで本気でチャーリーのことを愛していたのか、という問題になる。そこが上手い具合に不明瞭だ。

ジョン・ヒューストンもそこを利用しているわけなのですが、チャーリー自身も自分に自信がないのか、
アイリーンの行動から自分への愛に半信半疑になっているかのようなところが垣間見れるのが、なんともカワイイ(笑)。
ここまで自分本意に物事を進められず、トコトン上手くいかないことに苛立ちを見せるジャック・ニコルソンは珍しい。

しかし、そんな疑義があるからこそ、この映画のラストの展開は効いてくると思うのです。
メイローズはメイローズで、チャーリーをやや屈折した角度で愛してはいたのでしょうが、いかんせん普通じゃない(笑)。
だからこそ面白いのですが、チャーリーからすれば彼女にも思い切って飛び込めないというのが本音なのかもしれない。
そんな恋に疑心暗鬼になってしまうチャーリーの姿が面白く、監督のジョン・ヒューストンの笑い声が聞こえるようだ。

本作の邦題もそれなりに考えられたものだとは思いますが、あくまで原題は『プリッツィの名誉』。
やっぱりマフィアのファミリーとして、彼らがどう道義を通すかという点が強くフォーカスされるようになっています。
そこに絶妙なまでのブラック・ユーモアをエッセンスとして加えて、極上の大人の駆け引きを描いた作品となっている。

しかし、マフィアも愛よりも仁義を通すという世界だから、チャーリーも悩まされることになります。
おそらくチャーリーもアイリーンと出会う前は、冷徹に仁義を通すことを考えたであろうと思うけれども、
それだけアイリーンとの出会いによって、本気で愛してしまったからこそ、彼の気持ちは180°変わってしまった。
当時のキャスリン・ターナーのクール・ビューティーぶりからいけば、そんなチャーリーの気持ちもよく分かるかも。

そんな男の性(さが)をユーモラスに描いたというのは、少々意外ではありましたが、
まだまだジョン・ヒューストンは元気な姿勢を見せたかったのだと思う。しかし、どうやら既に健康状態は悪かったようだ。

残念ながらジョン・ヒューストンは87年に他界してしまうのですが、正確にはもう1本撮ったので本作は遺作ではない。
やっぱり愛娘であったアンジェリカ・ヒューストンを主要キャストとして映画を撮れて、嬉しかったんじゃないかな。
何かそういう嬉しさが、本作に伝わる若々しさにつながっている気がします。そしてモチベーションでもあったでしょう。

但し、いつものジョン・ヒューストンの映画で表現されるようなハードボイルドさは皆無なので要注意。
ジョン・ヒューストンらしい感性で描かれた作品ではありますが、あくまで本作はブラック・ユーモアで綴った喜劇である。
そういう意味では、これまでのジョン・ヒューストンの映画には無いチャレンジでもある。そこは事前に理解しておきたい。

現代にはなかなか無い大人の駆け引きを感じさせる映画であり、見応えは十分の作品です。

ただ、オスカーでは作品賞含む大量8部門でノミネートされたようですが、それは少々過大評価かも(苦笑)。
そこまでの風格が漂う作品ではありません。あくまで大人の駆け引きを描いた、大人のためのエンターテイメントです。
結局はアンジェリカ・ヒューストンの助演女優賞しか獲得できなかったようですが、それは順当な結果だと思います。

個人的には80年代の少々バブリーな雰囲気を味わえる作品として、愛すべき作品ではありますけどね・・・。

(上映時間128分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ジョン・ヒューストン
製作 ジョン・フォアマン
原作 リチャード・コンドン
脚本 リチャード・コンドン
   ジャネット・ローチ
撮影 アンジェイ・バートコウィアク
音楽 アレックス・ノース
出演 ジャック・ニコルソン
   キャスリン・ターナー
   アンジェリカ・ヒューストン
   ロバート・ロジア
   ウィリアム・ヒッキー
   ジョン・ランドルフ
   リー・リチャードソン
   マイケル・ロンバード
   ローレンス・ティアニー
   スタンリー・トゥッチ

1985年度アカデミー作品賞 ノミネート
1985年度アカデミー主演男優賞(ジャック・ニコルソン) ノミネート
1985年度アカデミー助演男優賞(ウィリアム・ヒッキー) ノミネート
1985年度アカデミー助演女優賞(アンジェリカ・ヒューストン) 受賞
1985年度アカデミー監督賞(ジョン・ヒューストン) ノミネート
1985年度アカデミー脚色賞(リチャード・コンドン、ジャネット・ローチ) ノミネート
1985年度アカデミー衣装デザイン賞 ノミネート
1985年度アカデミー編集賞 ノミネート
1985年度イギリス・アカデミー賞脚色賞(リチャード・コンドン、ジャネット・ローチ) 受賞
1985年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1985年度全米映画批評家協会賞助演女優賞(アンジェリカ・ヒューストン) 受賞
1985年度全米映画批評家協会賞監督賞(ジョン・ヒューストン) 受賞
1985年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
1985年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1985年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞(アンジェリカ・ヒューストン) 受賞
1985年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(ジョン・ヒューストン) 受賞
1985年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演女優賞(アンジェリカ・ヒューストン) 受賞
1985年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ミュージカル・コメディ部門> 受賞
1985年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ミュージカル・コメディ部門>(ジャック・ニコルソン) 受賞
1985年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ミュージカル・コメディ部門>(キャスリン・ターナー) 受賞
1985年度ゴールデン・グローブ賞監督賞(ジョン・ヒューストン) 受賞