恐怖のメロディ(1971年アメリカ)

Play Misty For Me

今やハリウッドを代表する名監督、クリント・イーストウッドの初監督作品。

名匠ドン・シーゲルに師事したイーストウッドは、本作と同年の71年に出演した、
刑事映画の名作『ダーティハリー』で、従来のマカロニ・ウエスタンのスターとしてのイメージに加えて、
現代劇の役者としての地位も確立し、ハリウッドでもトップスターにのし上がりました。

早くから映画監督としての活躍を意識していたイーストウッドは、
ドン・シーゲルやセルジオ・レオーネをモデルに、本作でついに映画監督としてデビューします。

その内容は、かなり当時としては斬新な内容であり、
90年代以降に一気に注目を集めた、ストーカーという存在について、
映画の中で大きくクローズアップしたのは、僕が知る限り、本作が初めてだと思います。
近しい内容があるにはありましたが、本作ほどハッキリとストーキングについて描いた作品は皆無であり、
一夜限りの関係と割り切ったつもりが、相手が実はストーカーとしての素質を持っていて、
当初、思いもよらなかったトンデモない展開に陥ってしまう姿を、実に陰鬱な空気で描き切ってしまう。

とてもじゃないけど、本作が初監督作品だとは思えないけれども、
ひょっとしたら、ドン・シーゲルも助言していたのではないでしょうか。それを裏付けるように、
本作ではドン・シーゲルも主人公が行きつけの酒場のバーテンとして出演しています。

映画の出来としては、及第点は越えているけれども、確かに傑作というほどではない。
しかし、ストーカーとして描いたイブリンの描き方、次第にエスカレートしていく姿を実に巧みに描いており、
映画の終盤では、主人公が悪夢にうなされる様子など、今となってはストーカーを描くセオリーになっていますが、
この時代からこういうアプローチで描いていたということは、明らかなパイオニアと言っていいだろう。

思わずイーストウッド自身にも、こういう経験があるのかと思わせられるのですが、
70年代初頭に、このような内容の映画で、世間一般に理解されたのか僕には分からないけど、
イーストウッドの描き方の一貫性が素晴らしく、この頃から名匠となる片鱗が見えていますね。

まぁ・・・主人公が本命の恋人とイチャついているのを、
高台に遠巻きに凝視している様子を、一気にクローズアップしたり、少し安直なカメラもあるのですが、
映画の冒頭、ヘリコプターからの撮影と思われる空撮から、海岸沿いの家に佇む主人公へのアップになったり、
エンド・クレジットに入る直前で、負傷した主人公のアップショットから、徐々に“引いて”空撮になるなど、
この頃から実に映画に於ける動的な部分を上手く表現できており、映像作家としての素晴らしさを象徴している。

相変わらず、意味もなくラブシーンを描いたりするのはイーストウッドらしく、
初監督作品ではやりたい放題だったのか、本命の恋人とは何故か滝壺で全裸で抱き合ったりと、
無意味なぐらい長々とラブシーンを描くのですが、この辺の公私混同ぶりが如何にも彼らしい(笑)。

凄まじいまでにエスカレートしていくストーカーを演じたジェシカ・ウォルターの熱演は素晴らしく、
この映画でのあまりに強烈なイメージを覆せなかったのか、本作以外での目立った活躍がないのが可哀想。

今となっては、ストーカーから殺人事件へと発展していく事例が後を絶たず、
現実に多くの悲劇を招いているのですが、70年代前半という時代性を考えると、
かなり前衛的な内容であり、この内容が当時、どれぐらい受け入れられたのでしょうか?
80年代に入ると、『危険な情事』などで更にクローズアップされ、90年代に入って社会問題化した経緯を思うと、
本作は言ってしまえば、“早過ぎた映画”という感じがして、チョット不遇な印象もありますねぇ。

映画の中で、“モンタレー・ポップ・フェスティヴァル”の様子が描かれたり、
主人公がジャズ・フリークで、地元のラジオ局で人気DJを務めているという設定もイーストウッドらしく、
このシーンにしても、何故か妙に長いのも気になるのですが、まるでコンサート・フィルムのようだ。

そのせいか、この作品って、イーストウッドの初監督作品として、
確かに映像作家として大成することを予感させる仕上がりではあるのだけれども、
一方で随分と個人的な嗜好を反映させたフィルムって感じもあって、なんか好き放題やった映画という気もします。

当時のイーストウッドはまだ西部劇スターとしてのイメージが強かったと思われるのですが、
本作あたりから、一気に現代劇への出演の比率が高まり、それまでのイメージを覆すことになるのですが、
それでも本作あたりのイーストウッドは少しステレオタイプなところや、亭主関白なところが色濃く残ります(笑)。
そもそもが、現代で言うストーカーとしての異常性を巧みに描きながら、ナイフ片手に相手の不意をつく攻撃で、
次から次へと常軌を逸した行動に出て、ついに主人公をも襲うようになるイブリンが描かれますが、
映画のクライマックスでは、トンデモない血みどろの闘いになりながらも、「鉄拳制裁一発」が決め手というのが、
あまりに旧時代的なオチに見えて、どうしても僕には悪い意味で唐突で映画にフィットしないラストという印象。

まぁ・・・映画の価値を損ねるようなラストというほどでもないのですが、
後年の監督作品では映画のラストの作り方はとっても上手いイーストウッドなだけに、
初監督作品である本作に数少ないながらも難点があるとすれば、このラストかなとは思います。

それに対して、この映画は前半がすこぶる良い。
特に最初に主人公とイブリンが出会うバーでのシーンなんて、秀逸そのもので、
あまりに挙動不審というか、どこか“裏”の狙いがあることを感じさせる彼女の近づき方、
そしてチョットした浮気な心があって、イブリンを誘いたいという本音が見え隠れする主人公。
冷静に考えると、凄い滑稽な空気感が漂うシーンではあるのですが、このシーンはとっても上手いです。

なんとも絶妙な出会いだったのが、次第に主人公の思っていた男女の関係ではなく、
イブリンが少しずつ違和感を出しながら、主人公の生活に“侵入”してくることに戸惑いながらも、
どこか主人公の心にやましさがあるせいか、簡単に関係を絶ち切れない“歯がゆさ”も上手く表現できている。

個人的にはストーカーを描いた映画のパイオニアとして、もっと注目させたい作品でもあるのですが、
やはりイーストウッドの初監督作品としての価値がもの凄く高く、後にハリウッドでも映画監督として大成する、
彼の潜在能力の高さと才気の片鱗を強く感じさせる、実に驚くべき処女作と言っていいだろう。

ストーリーだけではなく、主人公に迫る、違和感から恐怖までを感じ取るべき、必見の一作だ。

(上映時間108分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 クリント・イーストウッド
製作 ロバート・デイリー
原作 ジョー・ヘイムズ
脚本 ディーン・リーズナー
    ジョー・ヘイムズ
撮影 ブルース・サーティース
音楽 ディー・バートン
出演 クリント・イーストウッド
    ジェシカ・ウォルター
    ドナ・ミルズ
    ジョン・ラーチ
    ドン・シーゲル
    ジャック・ギン