フィラデルフィア(1993年アメリカ)

Philadelphia

トム・ハンクスが2年連続アカデミー主演男優賞を受賞した、その最初の作品。

アメリカ北東部の都市フィラデルフィアを舞台に、
有力弁護士事務所で弁護士として勤務するアンドリューが、長く闘病してきたエイズ感染を
個人的な事情として弁護士事務所に隠していたものの、次第に周囲に疑われるようになり、
エイズ感染を悟られたのか、突然、業務上のミスを責め立てられ弁護士事務所を解雇になったことから、
不当解雇として弁護士事務所を訴えることで、同業者のミラーに弁護を依頼する姿を描くヒューマン・ドラマ。

監督は『羊たちの沈黙』で高く評価されたジョナサン・デミで、それまではトーキング・ヘッズ≠フ
コンサート・フィルム『ストップ・メイキング・センス』のイメージが強くて、ようやっと映画監督として評価された頃でした。

『羊たちの沈黙』と本作で立て続けにヒット作となったために、注目されていたのですが、
どうも大きなプレッシャーになっていたのか、また低迷してしまい、一時期はテレビ界に活動の場を
移していましたが、00年代前半は半ば忘れられた存在で、チョットだけ一発屋的な論調もありました。

しかし、本作は確かに良い出来の映画だと思う。
やたらとアップショットを連発する以外は、どんなに感情的が高ぶるシーンであっても、
ただ淡々と静かに、仰々しい演出で観客の感情をかき立てようとしないあたりが、僕には丁度良い映画でした。

冒頭から流れるブルース・スプリングスティーンの Streets Of Philadelphia(ストリーツ・オブ・フィラデルフィア)も
叙情的で実に印象深いミディアム・テンポの曲で、アカデミー主題歌賞を受賞するなど高く評価され、
珍しく“ボス”が本作のために書き下ろした曲で、彼の新境地を感じさせる佳曲になりましたね。

映画の終盤に流れるニール・ヤングの Philadelphia(フィラデルフィア)も素晴らしいバラードで、
こちらはあまり注目されなかったようですが、いずれもジョナサン・デミだからこそ集まったのでしょう。

主演のトム・ハンクスは、実際に痩せて撮影にのぞんでおり、
加えてエイズ患者の現実を表現するメイクを施しての出演だけあって、さすがに生々しく痛々しい。
しかし、彼が演技派俳優として評価されるキッカケとなった仕事なだけに、一つのターニング・ポイントでしたね。
いつもなら助演のデンゼル・ワシントンの方が目立つのですが、本作はやはりトム・ハンクスでしょう。

エイズという性交渉で感染する、80年代後半から社会問題にもなったテーマなだけに、
長くHIV感染による社会待遇上の差別があったのは事実で、アメリカでは数多くの訴訟があった。
社会的にもエイズに対する恐怖心と、性感染症で特に同性愛者の間で流行したとされるだけに、
社会待遇上の差別が数多くあり、徐々にこういった問題が表面化して社会問題化していました。

本作で描かれたのは、まず、弁護士という法廷が戦場である人間が、所属する弁護士事務所を訴えるという、
現実的にはセンセーショナルな出来事で、しかも多くの仕事で定評を得ていて、仕事人間であった人物が
突然解雇されるという、実に不可解な出来事を描いている。そこで、主人公のアンドリューは法廷で闘うという
手段にでるのですが、誰も彼に助けの手を差し伸べてはくれません。法曹界でエイズ感染に対する差別意識は
強くあったに加え、フィラデルフィアで名を馳せる有力弁護士事務所を訴えることに、誰しも躊躇したのです。

そこで手を差し伸べることになったのは黒人弁護士のミラーでした。
彼は彼で黒人に対する差別と闘ってきたであろうし、差別される側の心情を理解してきた人物だ。

しかし、ミラーもアンドリューを弁護するに精神的な障害が無かったわけではない。
そもそも同性愛者と一緒にいるというだけで、周囲から同性愛者ではないかと噂がたつことを嫌い、
彼自身に同性愛者に対する偏見が無いとは言えなかった。でも、だからと言って、表に偏見を剥き出しにして、
困っているアンドリューを見放すことなどできず、ミラーはアンドリューの依頼を受けることにします。

映画の中では、そんなミラーの葛藤を描いていており、
ドラッグストアでどこまで本気かは分からないものの、自称ロースクールに通う男子大学生から、
同性愛相手として誘われるシーンで、ミラーは相手を怒鳴り散らし、過剰なまでに反応します。

勿論、あんな形で声をかけられ激怒する気持ちは理解できるが、
単にショックを受けるというわけではなく、感情的になってしまうあたり、ミラーなりの葛藤を感じます。
潜在的に彼の中で眠っている偏見と、それを弁護士という職業の中で抑える心。ある種の防波堤を築いていたのに、
あのドラッグストアでのチョットしたことから、ミラーの防波堤は一時的とは言え、決壊してしまいます。

監督のジョナサン・デミは、こうしたシーンを巧みに描きながら、
理知的な側面と感情的な側面、その双方を上手く両立させながら描くことができており、
ステレオタイプになり過ぎないことを意識して撮っていたようで、とってもバランスの良い映画に仕上がっている。

主演のトム・ハンクスは翌年の『フォレスト・ガンプ/一期一会』と続けて、
2年連続のオスカー受賞という快挙を成し遂げましたが、どちらかと言えば、本作の方がインパクト残るかな。
特にオペラを歌いながら、自らの苦しみと、オペラの叫びを重ねるようなシーンは本作のハイライトの一つだ。

よく言われることではありますが、裁判とは時にえげつないことを晒されます。
特に話題となるのは性犯罪の場合で、被害者が二次的な精神的被害を被ることが問題視されます。
そこには注目度が高い犯罪の裁判の場合、当然、報道も含まれるわけで、本作でもそういった側面が描かれます。
アンドリューが訴えた弁護士事務所側の弁護内容として、時にアンドリューのプライベートの触れられたくないことを
指摘して、思わず「もうイヤだ...」と口走る瞬間を描いていますが、それくらいにタフな状況になるということです。

しかし、この映画はそんな局面を描くからこそ、正義を問えるのかもしれません。
本作は社会派映画であるがゆえに、アンドリューと対決する側の不条理さを描かざるをえません。

実はこの映画自体、80年代後半にあった実話と酷似しているということで、
訴訟沙汰になった映画で、本作の製作会社であるトライスター・ピクチャーズが遺族に和解金を支払ったそうですが、
製作側も実話をモデルとしたことは認めているようで、どうも映画化時点で映画化にあたっての権利として、
多額の現金を渡していたらしく、映画化後にも係争が続いてしまったことは、なんとも皮肉な後日談だ。

ちなみにモデルとなった実話はニューヨークでの話しらしいのですが、
本作はタイトルにもなっている通り、アメリカ北西部の都市フィラデルフィアが舞台に変わっている。
ノンフィクションっぽさを薄くしたかったのかもしれませんが、アメリカ最初の首都であったことに由来するようです。

差別が大きなテーマであるアメリカらしく、その原点を問うために、フィラデルフィアを舞台にしたのかもしれません。

(上映時間125分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ジョナサン・デミ
製作 エドワード・サクソン
   ジョナサン・デミ
脚本 ロン・ナイスワーナー
撮影 タク・フジモト
音楽 ハワード・ショア
出演 トム・ハンクス 
   デンゼル・ワシントン
   ジェーソン・ロバーズ
   メアリー・スティーンバーゲン
   アントニオ・バンデラス
   ジョアン・ウッドワード
   チャールズ・ネイピア
   ロジャー・コーマン
   チャンドラ・ウィルソン

1993年度アカデミー主演男優賞(トム・ハンクス) 受賞
1993年度アカデミーオリジナル脚本賞(ロン・ナイスワーナー) ノミネート
1993年度アカデミー主題歌賞(ブルース・スプリングスティーン) 受賞
1993年度アカデミー主題歌賞(ニール・ヤング) ノミネート
1993年度アカデミーメイクアップ賞 ノミネート
1994年度ベルリン国際映画祭主演男優賞(トム・ハンクス) 受賞
1993年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(トム・ハンクス) 受賞
1993年度ゴールデン・グローブ賞歌曲賞(ブルース・スプリングスティーン) 受賞