ファントム・スレッド(2017年アメリカ)

Phantom Thread

こんなヤツが近くにいるとなると、正直言って、僕は絶対にイヤなんだけど...(笑)
それでも、そんなめんどくさいヤツを徹底して演じ切ったダニエル・・デイ=ルイスのおかげで、本作は秀作になった。

07年の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の狂気的な芝居で評価されたダニエル・デイ=ルイスを
同作に続いて主演に指名したポール・トーマス・アンダーソンが描いた、普通ではない夫婦の形を描いていますが、
彼らの出会いも普通でなければ、結婚に至るまでの交際も普通ではない。故に、映画は最後まで普通ではない。

映画の主人公は1950年代にロンドンでファッション・デザイナーとして活躍したレイノルズ。
彼は独身主義者で自宅で姉のシリルと同居しつつ、業務管理をシリルに任せて、ただひたすらデザインに励む。
そんな彼がたまたま立ち寄ったレストランでウェートレスをしていた若い女性アルマに一目惚れしたことから、
中年のオッサンであったレイノルズはアルマを口説き落とし、衣装のモデルとして自宅に彼女を住まわせます。

しかし、いざ自宅に帰ってデザイナーとしての仕事にまい進するレイノルズは一変し、
それまでの不思議な魅力を持った中年のオッサンだったレイノルズは、アルマにとって時にストレスフルな存在になる。

徹底して朝食では音を一切立てるなと怒り始めたり、サプライズでレストランでのディナーを手配すれば、
“奇襲”をかけられたと激怒して、こんこんとレイノルズはアルマを問い詰めるように詰問し、精神的に追い込んでいく。
そんな異様なほどに独善的でヒステリックなほどに感情的になるレイノルズに、アルマはとある計画を企てます。

まぁ、この計画が映画の一つのキーにはなるのですが、これは何とも危険な計画でもあったわけです。
アルマがそんな計画を立てて、実行に移したこと自体は賛同できるものではないが、それでもレイノルズの性格に
立腹してあらぬことを考えてしまう気持ちは、心情的には理解できる。それくらいにレイノルズはイヤなオッサンだ。
あまりこういう言い方はすべきではありませんが、男の自分から見ても、こんなオッサンは我慢ならないですね。

とにかく神経質なほどに何を気にして、自分と敵対する相手と見なして、徹底して相手を追い詰める。
まるで、そうやって追い詰めることを楽しんでいるかのようですが、自分の立ち位置を常に高いところに置きたがる。
それは誰もレイノルズのことを咎める存在がいないからであり、姉のシリルにしても彼に干渉できなくなったからだろう。
言わば、レイノルズはファッション・デザイナーとして大成功を収めた、「裸の王様」であったことは否定できないですね。

そんなオッサンが突如として恋して、最終的には独身主義を捨てて結婚にまで至るのですから、それはよっぽどだ。

本作でのポール・トーマス・アンダーソンはダニエル・デイ=ルイスという役者の特質をよく理解していたのか、
この過剰なまでにイヤな奴というキャラクターを執拗かつ、醜悪なくらいに描き出していて、観る者にストレスをかける。
しかし、それでいて生活スタイルには格式高さを感じさせるという表裏一体なところがあって、このバランスがスゴい。

また、『パンチドランク・ラブ』以来にポール・トーマス・アンダーソンが男女のロマンスを真正面から描きましたが、
やっぱり今回も普通のカップルを描いたというわけではなくって、妙なカップルを描いたという斜に構えた感がスゴい。

アルマからすれば、相手が年上の裕福で著名な人気ファッション・デザイナーと分かれば、
それはもう純然たる恋心もアクセル入りっ放しで、早くに相手のオッサンとの子どもを設けて生活の基盤を固めたい。
1950年代であればそういう価値観を持った女性も多かったでしょうし、そういった未来を思い描いていたのだろう。
ところが、相手のレイノルズがそんな感じではない。それどこか、こんな性格では幸せな未来を築けるわけがない。

若いアルマからすれば、そんなことを悟ってしまったら、なかなか気持ちを軌道修正することができません。

僕はこの映画の冒頭がフラッシュ・バック形式をとって始めるという、その意図がよく分からなかったのだけど、
それでもアルマの気持ちを負の方向に加速させてしまうキッカケとなったのは、一人の男性医師との出会いだろう。
だからこそ、映画の冒頭のインタビューを時制をズラしてでも、敢えて挿し込んだのかなと思うが、ここは今一つだった。

アルマを演じたビッキー・クリープスという女優さん、ルクセンブルク出身の方で本作で初めて観ましたが、
これだけアクの強い俳優であるダニエル・デイ=ルイスに堂々と渡り合っていて、よく頑張っていたと思いますね。
どうやら本作で初めて英語の台詞での芝居だったようですが、まったく違和感なく瑞々しい存在感で好印象ですね。

クドいようですが、ダニエル・デイ=ルイスの徹底した役作りが凄まじく、アルマにとっては幸せな日々は続かず、
次第に精神的に追い詰められていくわけですが、レイノルズのある種の過剰な完璧主義なところが仕事だけではなく、
私生活までそんな調子だから周囲は疲弊してしまうし、まだ若きアルマにとってはあまりに過酷な日々だっただろう。

しかし、身寄りが近くにいるわけではないアルマからすれば逃げ場がなく、レイノルズとの生活を捨てられない。

そんなジレンマの中で更に自分の流儀を押し付けてくるレイノルズの我の強さに唖然とさせられるが、
それに徐々に対抗するかのように自分を少しずつ出していくアルマ。この2人の駆け引きがとても見応えがある。
とは言え、この2人の駆け引きもどちらかと言えば、“負”のエネルギーを消費していて、生産的な駆け引きではない。
ある意味で2人のダークサイドな部分をひたすら炙り出すかのような手法が凄まじく、観るのに体力を使う映画ですね。

このクセの強さは、紛れも無くポール・トーマス・アンダーソンの監督作品という感じですが、
お得意の群像劇ではなく、ただひたすらレイノルズの自分中心に回っていく感じと、そんな彼に忖度する周囲を映す。
特に本来であれば、暴走するレイノルズの歯止め役を担わなければならない姉のシリルも服従しているかのよう。
レイノルズ自身も自分の目の行き届かないところはシリルに任せているようだが、それでもほぼ“言いなり”に近い。

これでは、よりレイノルズの我が増長してしまうわけで、明らかに“浮いてしまって”いるレイノルズは
次第に仕事でも壁にぶつかるようになってしまい、その苛立ちを周囲にぶつけるという最悪な展開になっていきます。

まぁ、観ていてもチョット...ツラい映画ですよね、これは。人間の嫌な部分ばかりを見せられているようで。
そういう意味で本作は、間違いなく異色なラブストーリーなのだろう。2人の間に愛が無かったわけではないのだろうし。
印象的なのは、新年を迎えるダンス・パーティーへ行きたいと家を飛び出したアルマをレイノルズが追いかけるシーン。

あれはレイノルズにしては珍しく、アルマを失うかもしれないというチョットした危機感が表れたシーンでした。
と言うことは、やはりレイノルズなりにアルマを愛していたわけで、そうでなければあんな雑踏に彼は踏み入れない。

それと同様にレイノルズがデザインしたドレスに相応しくないと怒ったアルマが抗議するというエピソードも、
彼女がインタビューで語っていた「彼には、出来るだけのことを尽くした」という言葉の通り、レイノルズへの愛を行動で
示したシーンであったようにも思え、レイノルズとアルマの夫婦には愛がなかったわけではないことの証明だと思う。

ただ、この映画で描かれる2人の愛、そして夫婦関係というのはチョット普通ではないということです。
文化が違いますので、お国柄の違いという言葉でも片付けられず、やはりレイノルズの独特な人間性が影響している。
そんなレイノルズと暮らしを共にする根気強さと、彼への愛がアルマにもあったということですが、異様なものに見える。
普通だったらアルマの立場からすれば彼から逃げるだろうし、あんな生活は耐えられないということになるだろう。

それでも2人を結びつけるものが何であったかを映画の中で描きたかったのだろうけど、
魅力あるキャラクターが登場してきて、キラキラした人々の恋愛を描いた作品というわけではないので少々特殊です。
しかも、監督がポール・トーマス・アンダーソンというわけですから、尚更のこと特殊な恋愛映画に仕上がっています。

繰り返しになりますが...観ていてイライラさせられるタイプの作品ではありますので、
観るのに体力と気力を必要とする恋愛映画ですから、事前に特殊な映画であるという認識はあった方がいいだろう。

欲を言えば、レイノルズのデザイナーとして有能な側面というのをもっとキチッと描いて欲しかったかなぁ。
ダニエル・デイ=ルイスの立ち振る舞いを観れば、確かに“それっぽい”んだけど、そこまでの人気デザイナーである
という彼の能力に説得力を持たせるエピソードは無かったように思う。ここは本来は映画の一つのキー・ポイントなはず。
どちらかと言えば、レイノルズのプロフェッショナルとしての側面よりも彼のロマンスを描くことに力点を置いていた。
これは間違いとは言い切れないけど、レイノルズの職業人間としての側面は彼の人間性そのものだと言えるので、
彼の一つの側面として、デザイナーとしての能力の高さをしっかりと描く必要はあったのではないかと思います。

どうでもいい話しですが...キノコをバターで炒めるのは、いつ見ても美味しそう(笑)。あれは食べたくないけど。

(上映時間130分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ポール・トーマス・アンダーソン
製作 ジョアン・セラー
   ポール・トーマス・アンダーソン
   ミーガン・エリソン
   ダニエル・ルピ
脚本 ポール・トーマス・アンダーソン
編集 ディラン・ティチェナー
音楽 ジョニー・グリーンウッド
出演 ダニエル・デイ=ルイス
   レスリー・マンビル
   ビッキー・クリープス
   カミーラ・ラザフォード
   ジーナ・マッキー
   ブライアン・グリーソン
   ハリエット・サンソム・ハリス

2017年度アカデミー作品賞 ノミネート
2017年度アカデミー主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) ノミネート
2017年度アカデミー助演女優賞(レスリー・マンビル) ノミネート
2017年度アカデミー監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) ノミネート
2017年度アカデミー作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) ノミネート
2017年度アカデミー衣装デザイン賞 受賞
2017年度イギリス・アカデミー賞衣装デザイン賞 受賞
2017年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞脚本賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2017年度ニューヨーク映画批評家協会賞脚本賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2017年度ロサンゼルス映画批評家協会賞音楽賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2017年度ボストン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2017年度ボストン映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞
2017年度ボストン映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2017年度シカゴ映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2017年度デトロイト映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2017年度フィラデルフィア映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2017年度サンディエゴ映画批評家協会賞衣装デザイン賞 受賞
2017年度サンフランシスコ映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2017年度セントルイス映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2017年度シアトル映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2017年度シアトル映画批評家協会賞衣装デザイン賞 受賞
2017年度シアトル映画批評家協会賞作曲賞(ジョニー・グリーンウッド) 受賞
2017年度トロント映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2017年度ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) 受賞
2017年度ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞監督賞(ポール・トーマス・アンダーソン) 受賞