夕陽のガンマン(1965年イタリア・スペイン合作)
Per Qualche Dollard In Piu
これは実にカッコいい作品だ。イーストウッドの“マカロニ三部作”の中で、2つ目の作品にあたります。
名匠セルジオ・レオーネの真骨頂と言ってもよく、映画自体はイーストウッドというよりも、
どちらかと言えばダグラス・モーティマー大佐を演じたリー・ヴァン・クリーフの映画と言ってもいい内容だ。
そう、この映画の何がカッコ良いってリー・ヴァン・クリーフの一挙手一投足、その全てがカッコ良い。
失礼ながらも、こんなオッサン俳優をここまでカッコ良く描くことができた作品というのも、そう多くはないだろう。
もう、映画の序盤からリー・ヴァン・クリーフの表情、眼光その全てが良い。映画を支配していると思う。
モーティマーは汽車の中で新聞を読んでいて顔が見えないのですが、しきりに向かいの男から話しかけられ、
目的地が通過駅であるにも関わらずモーティマーは非常事態を知らせる紐を引っ張り、強制的に列車を停める。
スゴく傍迷惑な男であるが、車掌から咎められても何一つ気に掛ける様子もなく、
実にゆっくりとした足取りで一人、貨車から馬を引っ張り出し、プラットホームに実に堂々とした風格で降り立つ。
このシルエットが実に何とも渋くてカッコいい。これを撮っただけでセルジオ・レオーネの目的は達成したと思う(笑)。
『荒野の用心棒』に続いての悪役となったジャン・マリア・ボロンテも素晴らしい。何とも言えない屈折感だ。
この時代の映画では珍しいくらいと言ってもよく、やっぱりヨーロッパは先んじてニューシネマ・ムーブメントが
巻き起こっていただけある。1965年という時代では、まだハリウッドでは本作と同じアプローチをとれなかっただろう。
『荒野の用心棒』よりは製作費も投じられたのだろうし、映画全体としてスケール感が一気に増した感がある。
ただ、本作の大きな特徴はその先駆性と、リー・ヴァン・クリーフという武骨な魅力を持った役者の特異性にあるだろう。
悪役のジャン・マリア・ボロンテは、どうやら過去に色恋沙汰でトラブルとなり、男女を殺したことで更に精神を病み、
悪事を重ねた結果、あらゆる場所で彼の首には多額の賞金がかかっている。その過去の出来事がトラウマのように
彼の脳裏でフラッシュ・バックし、彼はアジトで瞳を開いたまま眠っている。しかも、薄っすらと汗をかきながら。
そんな彼の異様さが際立っていて、間違いなく本作の大きな特徴となっていて、インパクトがとても強いですね。
あまり派手なガン・アクションがあるわけではありませんが、この悪党が裏切り者の妻子の殺害を命じて、
この男に分かるように実行させる冷酷非情な奴。これくらい徹底したキャラクターだからこそ、倒し甲斐があるってもの。
しかも、もう一つ物語には大きな秘密があって、モーティマーが賞金稼ぎに転じた理由がクライマックスに明らかになる。
(イーストウッドはこういう情け容赦ない描写を行うセルジオ・レオーネから、かなり影響を受けていると思う)
この映画はイーストウッド演じる根っからの賞金稼ぎのモンコと、リー・ヴァン・クリーフ演じる中年男のモーティマーも
賞金稼ぎとして加わり、悪事の限りを尽くしていたジャン・マリア・ポロンテの首をどうやって取ってくるかを競いながら、
お互いに不思議な運命を感じてか、協力しながら悪党を追い詰めていく姿を描いているのですが、どこか奇妙でもある。
特に映画の冒頭からモーティマーの正体が今一つ分からない感じで映画が進んでいくので、
このモーティマーの正体が分かる、映画のクライマックスで何もかもが整合するという痛快さが、なんとも素晴らしい。
映画の途中、モンコとモーティマーがそれぞれ悪党集団に近づいて行ったり、それぞれが先回りして
お互いを欺こうとするエピソードもあるので、この辺の関係性が少々分かりづらい部分もあるにはあるのですが、
それでもセルジオ・レオーネの映画の組み立ての上手さが、最後の最後まで利いていて、絶妙な具合に最後は収まる。
何度でも言うが、これはイーストウッドが支配している映画というよりも、リー・ヴァン・クリーフの映画である。
それが最後に映画のすべてをさらっていくかのように、モンコと会話してカッコ良く去っていく姿があるからこそだが、
言葉は悪いが、そもそもリー・ヴァン・クリーフのような中年俳優をこれだけカッコ良く描けたことが、作り手の勝利なのだ。
まぁ、細かい部分についてはこだわってしまうと、映画の魅力を十分に味わえなくなるかもしれない。
確かに悪党がトラウマのように過去にカップルを殺害したことを悔やむかのようにフラッシュ・バックするぐらい、
彼が執着している理由はよく分からないけど、言ってしまえば、モーティマーとの接点作りのために与えられた設定で
セルジオ・レオーネにとっては、この辺の理由付けなどどうでも良かったのだろう。確かにここは、本作の本質ではない。
何があったのかは知らないが、とにかく冷酷非情な悪党にとっても目の前で惚れた女性がとった行動が
ショッキングであったというのは分かるし、そのフラッシュ・バックが彼により屈折した心を与えてしまったのだろう。
でも、これくらいのトラウマ的体験だったからこそ、悪党はエスカレートし観客たちの嫌悪感も増大させられるわけです。
(その屈折さゆえ、ジャン・マリア・ポロンテはハードなドラッグ・ジャンキーであるかのような描写もありました)
同じ“マカロニ三部作”でも『荒野の用心棒』と比較すると、本作の方が悪党の描き方がやや複雑ではあります。
『荒野の用心棒』でもジャン・マリア・ポロンテが悪役を演じてましたが、同作の方がずっとシンプルな描き方でした。
この複雑性が西部劇の新たな魅力を示唆したこともあるし、より充実したエンターテイメントに昇華させました。
単純比較するものでもないかもしれませんが、同じ西部劇でもジョン・フォードとジョン・ウェインが表現してきた
クラシックなスタイルの西部劇とは違った、当時としては新鮮な感覚を持ったのがマカロニ・ウエスタンだったと思う。
そんなマカロニ・ウエスタンでスターになったイーストウッドがこの後にハリウッドに凱旋するのも面白いですけどね。
興味深いのは、まだこの頃のイーストウッドは女性にモテモテというキャラクターは封印していることで、
これは後に自分で映画を撮るようになってから定番化した流れのようで、本作では誰一人モンコに寄って来ない(笑)。
まぁ、確かにこの流れでモンコに女性が絡んでくるという展開は余計な流れになりそうなので、これが正解だと思う。
これが仮にイーストウッド自身が監督していた作品なら、場末の酒場でオンナが絡んでくるでしょう。
そこで亭主関白な態度を見せるイーストウッドを、脇で笑うリー・ヴァン・クリーフという好対照な姿が想像されます。
欲を言えば、ラストシーンはもう一波乱欲しかった。時計をモチーフにして“運命”を象徴するかのような
緊張感ある対峙は素晴らしいのだけれども、この悪党を“完全に”倒すまでの過程として、もう一波乱あっても良かった。
やっぱり薬物中毒者という設定もあったので、得体の知れないしぶとさやしつこさがあった方が、この設定も生きる。
この辺は本作のセルジオ・レオーネの勿体ないところで、個人的にはここでもう一押しがあれば、ダメ押しになった。
しかし、このオルゴールで音楽が鳴る時計が決闘で使われるアイテムになっていて、
2人が対峙してお互いに早撃ちを競うわけですが、オルゴールの音楽が止んだら相手を撃っていいというルール。
だけど、オルゴールの音楽について最初から最後まで知らないと、どこで終わったのかがよく分からないですよね。
ややもすると、終わってないのに鳴り止んだからと言って、一方的に撃ってしまうなんてことになりそうだけど、
不思議なことに本作で描かれる悪党も賞金稼ぎも、このルールを厳格に守っている姿が意外と言えば、意外ですね。
だって、ハッキリ言って“撃ったもの勝ち”な世界であって撃たれて死んでしまえば、それで人生は終わりですから。
だから卑怯で残忍な悪党なら、こんなルールも全く守りそうにないけど、ジャン・マリア・ポロンテは律儀に守っている。
この妙に律儀なあたりが不思議ではあるのだけれども、まぁ・・・これは許容範囲の描写ではあるでしょう。
まぁ、『荒野の用心棒』からは映画の尺は更に長くなって、ついに上映時間が2時間を超える作品になりました。
それでもセルジオ・レオーネのスケールの大きな演出と斬新さが相まって、中ダルみの無い骨太な映画になっている。
キャスティングの良さもあったけれども、やっぱり本作はセルジオ・レオーネの代表作の一つと言っていいと思います。
(そういう意味では、本作から既にセルジオ・レオーネの大作志向が見え隠れしていたわけですね・・・)
西部劇好きなら一度は観ておきたい作品で、安心のマカロニ・ウエスタンのブランド力を感じさせる作品です。
それだけ当時のイタリア映画のスタジオは強くって、セルジオ・レオーネのような映像作家にも勢いがあったのでしょう。
ただただ寡黙で一見すると自分勝手な男たちがメインで描かれる作品であって、
あくまで賞金稼ぎとして何一つ感情を持ち合わせていないようなキャラなのかと思いきや、実はそうでもない。
モンコとモーティマーは共に目的も方法も異なる賞金稼ぎではあるけど、お互いの立場を絶妙に尊重し合っている。
そういう意味では、とても不思議な感覚に満ち溢れた作品であるのですが...
やっぱり、リー・ヴァン・クリーフの渋いカッコ良さがそのすべての不思議さを凌駕していると言っても過言ではない。
(上映時間131分)
私の採点★★★★★★★★★☆〜9点
監督 セルジオ・レオーネ
製作 アルベルト・グリマルディ
脚本 ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
セルジオ・レオーネ
撮影 マッシモ・ダラマーノ
音楽 エンニオ・モリコーネ
出演 クリント・イーストウッド
リー・ヴァン・クリーフ
ジャン・マリア・ボロンテ
クラウス・キンスキー
ヨゼフ・エッガー
ローズマリー・デクスター