郵便配達は二度ベルを鳴らす(1942年イタリア)

Ossessione

これは凄い、映画史に残る大傑作と言ってもいい。

イタリアのニューシネマ・ムーブメントである“ネオ・レアレスモ”の先駆者とも言える、
イタリア映画界を代表する巨匠ルキノ・ヴィスコンティのスクリーン・デビュー作である。

アメリカの犯罪小説家ジェームズ・M・ケインの官能小説の映画化ということで、
物語の舞台をイタリアの田舎町に置き換えて描いておりますが、濃密な空気を見事に表現しています。
第2次世界大戦の影響をモロに受け、大打撃を受けていたはずのイタリア映画界において、
当時の映画産業では如何に少ない資金で映画を作るかということは、大きな課題だっただろう。

そこで自然発生的に登場したニューシネマ・ムーブメントが“ネオ・レアレスモ”である。
スタジオ・ロケは一切取り止め、素人の役者に演じさせ、自然光のもとで撮影を敢行する。
本作は正にそんなスタイルを採用した、先駆的作品と言えるでしょうね。

この“ネオ・レアレスモ”の賛同者としてヴィットリオ・デ・シーカやロベルト・ロッセリーニなど、
数多くの名匠が戦後のイタリア映画界の牽引者として活躍していきましたが、
その中でも一つのターニング・ポイントとされる本作は、ひじょうに大きな価値があると言ってもいいでしょう。

ルキノ・ヴィスコンティは63年の『山猫』、69年の『地獄に堕ちた勇者ども』、71年の『ベニスに死す』などで
一貫して描き続けた貴族など富裕層の没落を、退廃美の中に描いた作品群の方が有名ですが、
そんな彼のデビュー作が本作のような低所得層の愛憎劇であったという事実が実に興味深いですね。
そして戦禍に巻き込まれ、瀕死の状態に等しかった当時のイタリア映画界の情勢を考えると、
本作のような斬新なスタイルを貫いた映画というのは、どれだけ多くの映像作家に影響を与えたか計り知れない。

本作での陰鬱な雰囲気なんかは、例えばアンリ=ジョルジュ・クルーゾーの『恐怖の報酬』など
他国の映像作家にも強い影響を与えたであろうということが容易に想像できます。
イタリア映画界という枠組みだけでなく、映画史におけるニューシネマ・ムーブメントを象徴する作品として、
本作はひじょうに大きな価値があると思いますね。やっぱりルキノ・ヴィスコンティ、彼は偉大な映画監督ですね。

ちなみに本作はハリウッドを中心に過去、何度か映画化されておりますが、
46年、ラナ・ターナー主演で映画化されたヴァージョンがハリウッド資本での最初の映画化であり、
ジェームズ・M・ケインの原作が発刊されて12年にして、これが3回目の映画化でありました。

●1回目●
39年のフランス映画界での映画化であり、本作と同様、物語の舞台をフランスに置き換えています。

●2回目●
42年製作の本作であり、やはり物語の舞台をイタリアの田舎町に移し、後述する事情から上映禁止となりました。

●3回目●
46年、前述したラナ・ターナー主演のハリウッド資本で初の映画化であり、今や名作として扱われております。

●4回目●
81年、ジャック・ニコルソンとジェシカ・ラング共演で映画化され、センセーショナルな話題を呼びました。

本作は製作当時、ジェームズ・M・ケインの承諾を得ないままに撮影され、
本国イタリアでも劇場公開されるや否や、たちまち違法な映画として上映禁止になってしまいました。
当のルキノ・ヴィスコンティも本作を「“ネオ・レアレスモ”の原点だ」と主張しておりましたので、
当時、映画館で鑑賞できなかった多くの映画ファンから、本作は幻の作品と考えられていたそうです。

まぁ当然、後に解禁となったわけなのですが、何はともあれ、この出来は素晴らしいです。
とても映画初監督作とは思えぬ、新鮮な感覚に満ち溢れた刺激的なフィルムになっていると思う。

解釈としては微妙なところだとは思いますが、
ジョヴァンナは流れ者のジーンに「アナタとの子を妊娠したわ」と言い、ジーノの気を変えさせます。
ひょっとしたら、これは彼女の妄言、或いは嘘だったのかもしれません。
しかしそれでもジーノはジョヴァンナとの生活を切り開くため、車を飛ばします。
まるで彼らの運命がそうさせたかのように、何かに突き動かされるかのように急ぎます。

この一連の不穏な空気を演出したシークエンスは見事な流れで構成され、
サスペンス劇を盛り上げるという意味でも、ほぼ最高の手が尽くされていると言ってもいいぐらいだ。

ジーノとジョヴァンナの最初の出会いのシーンでも、
2人の運命的な出会いの瞬間を上手く描けていると思いますね。
そこですぐにジョヴァンナが日常生活にウンザリしていることを察知したジーノは、
家の主人がいなくなったタイミングを見計らって、カフェの入口を閉める。

この逢瀬を予感させる描写なんかは素晴らしかったですね。
とっても素人俳優に演じさせ、本作で初めて映画を監督したとは思えぬ仕事の鮮やかさ。

作品の知名度が今一つ上がらないのが残念ではありますが、
後年の世界各国で巻き起こったニューシネマ・ムーブメントのパイオニアとして、本作の価値を見直したいですね。

(上映時間140分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 ルキノ・ヴィスコンティ
原作 ジェームズ・M・ケイン
脚本 ルキノ・ヴィスコンティ
    マリオ・アリカータ
    ジュゼッペ・デ・サンティス
    ジャンニ・プッチーニ
    アントニオ・ピエトランジェリ
撮影 アルド・トンティ
    ドメニコ・スカラ
音楽 ジュゼッペ・デ・サンティス
出演 マッシモ・ジロッティ
    クララ・カラマーイ
    ホアン・デ・ランダ
    エリオ・マルクッツォ