女王陛下の007(1969年イギリス)

On Her Majesty's Secret Service

ついにボンド役が2代目ジョージ・レーゼンビーに交代した人気シリーズ第6弾。

少々、尺が長過ぎるのが玉に瑕(きず)ではありますが、それでもこれは実に面白いと思います。
アクション・シーンもほど良く分配されている感じで、ブロフェルドを演じたテリー・サバラスも良い仕事をしている。

これまでは“007シリーズ”の編集や第2監督を担当していたピーター・ハントがメガホンを取り、
次から次へとスリリングな見どころが炸裂するヴォリューム感たっぷりのスパイ・アクションに仕上がっている。
前作の『007は二度死ぬ』で少しおかしな路線に行きかけていていたシリーズの軌道修正をするかのように
原点回帰を図った作品であり、結果的にピーター・ハントがシリーズの監督を務めたのは本作だけでしたが、
個人的にはピーター・ハントにはもっと映画を撮ってもらいたかったと思えるくらい、実に良い仕事をしていると思う。

劇場公開当時はモデル出身で演技経験がないジョージ・レーゼンビーに2代目ボンドを任せたこと自体に
賛否があったようですが、僕が観た感じでは本作のジョージ・レーゼンビーは結構、良い。よく頑張っていると思います。

もっとも、ジョージ・レーゼンビーはもともと運動神経が良く、さすがにスタント・アクションは使ったとは言え、
アクション・シーンでは見事な身のこなしがあって、ホントはこの1本で彼のボンドが終わる予定ではなかったそう。
しかし、当時のジョーイ・レーゼンビーは結構な勘違い野郎で、撮影現場に平然と遅刻してきてスタッフを困らせ、
パーティーなどでもかなり高慢な振る舞いを続けたことで、周囲の期待や信頼を失い、本作で降板となりました。
本人もそのことを深く後悔しているようで、確かに規模の大きな映画出演は本作のみで大成しませんでした。

映画は前作『007は二度死ぬ』で捕まえ損ねたスペクターの悪党ブロフェルドを追って、
ブロフェルドがアルプスの山頂でアレルギー治療施設と称したウイルス研究所を構えていることを知り、
単身で身分を詐称して研究所に潜入して、施設を破壊しブロフェルドの企みを妨害し打ち破る活躍を描いています。

本作の大きなポイントと言えるのは、ボンドが結婚するというエピソードが大々的に描かれていることだ。

もっとも、任務遂行のための偽装結婚という点では前作『007は二度死ぬ』でも描かれており、
結婚すること自体は初めてではないように思うけど、イアン・フレミングの原作では実は本作の方が先で、
本来は『007は二度死ぬ』の原作自体が本作の後なので、ボンドの結婚は本作で初めて描かれるのが本来だ。

まぁ、ボンドが本気で結婚しようと決意したのも本作が初めてなので、
任務のために結婚した『007は二度死ぬ』とは意味合いが異なる。ただ、少々アッサリと描かれ過ぎな気がする。

ボンドが勤務する英国諜報局の秘書であるマネーペニーとのプラトニックなやり取りが、
このシリーズの定番でもあったので、本作ではマネーペニーのエモーショナルな描写があることが特長ですが、
それが顕著に描かれるラストのボンドの結婚式も、イマイチ盛り上がらなかったのがチョット勿体ないなぁと感じた。
ここに高揚感があれば、きっとクライマックスのボンドにとってショッキングなシーンも、もっと感傷的に映ったでしょう。
(まぁ、十分に“おセンチ”なムードと言えばそうなのですが、もっと切ない良いシーンに出来たと思う)

劇中、幾度となく展開されるアルプス山々で展開するボンドとブロフェルドの手下たちとの
スキーを使ったチェイスは見どころたっぷりで、これまでの“007シリーズ”には無かったジャンルのアクションだ。
スピード感たっぷりで気合の入ったカメラ・スタッフの撮り方も素晴らしく、撮影技術の向上によるものも光りますね。

そして、最大の見どころは山頂の研究所から脱出しようとブロフェルドが、常設されていたボブスレーを使って、
山を一気に下ろうとするのをボンドが飛び乗って追っていくシーンで、これはどうやって撮ったのかが不思議に思える。

と言うか、この山は遠景では少々、標高高い中継地点にあるリゾート地からも遠いように見えるけど、
専用ロープウェイ、ボブスレー、そしてダイナミックにスキーで降りるなど、地味にアクセス手段が多いのが面白い。
ヘリコプターでも行けて、決して研究所が孤立しているわけではないのは分かりますが、それにしてもどうやって
あんな立派な施設を建設したのかも気になりますね(笑)。普通に考えて、あんな立派な施設を作るのは無理でしょう。

ショーン・コネリーが演じるボンドとは違って、ジョージ・レーゼンビーの場合は次々と女性を口説かない。
そのせいか本作のボンドガールも実質的にダイアナ・リグのみだったということで、彼女がフォーカスされて良い。
正直、何人もボンドガールがいて、悪の手先だったはずだったのにボンドに寝返ったりとか、説得力が無かったので。

全体として見どころ多く、見応えもあって、全体のバランスも良いと言うことないんだけど・・・
やっぱり、この“007シリーズ”ってシリーズが進むにつれて映画が長尺になっていく傾向が顕著になって、
本作ではついに2時間20分を超えるヴォリュームになったのは、残念かな。ダレはしないけど、やっぱり長過ぎる。

映画の後半にあるリゾート地でのカーレース会場に紛れ込んで、ボンドが追っ手の追跡をかわそうとする
シーンなんかは手に汗握る迫力で悪くないんだけど、あれはあれでもっとタイトにやって欲しい。無駄に長くしている。
この辺は作り手も描きたかったことが多かったのは分かるけど、もっと編集段階でカットしていって欲しいですね。
映画全体を俯瞰して考えても、「あそこまで長々と描く必要はなかっただろう」と思えるシーンが、幾つかありますね。

このカーレース会場に乱入するシーンの後で、猛吹雪の中、田舎の納屋でボンドらが屋外は出られないくらいの
ブリザードであるがために、納屋の中で一泊するというシーンがあるのですが、都合良く毛布があるにしても、
ボンドもやたらと軽装で寝ようとしているのがどうしても気になった。あれでは、いくらボンドでも凍死するだろう(苦笑)。

逆に今回はショーン・コネリー時代との差別化を図りたかったのか、
やたらと女性とベッドインしようとするボンド像とは違うことに加えて、妙なギャグを繰り出すこともしていない。
あくまでシリアスなボンド像を構築しようとしていたみたいで、ラストもシリーズで珍しい、やるせない感覚に浸る。
まぁ、ボンドに切なさは似合わないという意見も分かりますけど、たまにこういうラストがあってもいいでしょう。

そういう意味では、スタッフたちも必死にジョージ・レーゼンビーの新ボンドを売り出そうとしていたのだと思う。
そうなだけにジョージ・レーゼンビーの振る舞いや、頑固なファンの批判に晒されて、本作限りになったのは残念。
おそらく、そうせざるをえないくらい、当時はアゲインストな風が強かったのだろうし、頑固な意見も強かったのだろう。

しかし、『007は二度死ぬ』の撮影を終えた時点で、ショーン・コネリーも降板を示唆していたので、
この“007シリーズ”の生まれ変わりというのは、絶対に必要なことだったのだろうし、仕方ないことだと思いますけどね。

もう一つ特徴的なのは、ボンドガールでありボンドが本気で恋をするダイアナ・リグ演じるテレサは、
世界的な犯罪組織のボスであるドラコの愛娘であるという設定なのですが、そのドラコもしっかりと登場させていて、
ラストの結婚式でもボンドはじめ、英国諜報局の職員たちと懇意にしている姿を描いているのですが、Mi-6の狙いは
完全にスペクターでしかなかったのか、ドラコの悪事にはほとんど目もくれない、というのがなんとも印象深いですね。
かつて、ドラコと英国諜報局の接点があったことを匂わせていますので、一応、捜査対象なのだと思いますがね・・・。

ちなみにブロフェルドがアルプスの山頂で運営していたウイルス研究所の施設自体は
スイスのシルトホルンと呼ばれる標高2970mの山頂に建てられたものであり、スタジオが建設支援したそうだ。
実際に撮影の前にロープウェイでつながったり、建物自体が太陽光発電のシステムを採用して建物自体が
360°ゆっくりと回転するという、いわゆる回転レストランとして今も尚、“ピッツ・グロリア”という名で営業している。

今でも“007シリーズ”の雰囲気を楽しめる観光名所として人気があるらしく、僕も一度行ってみたい(笑)。
(...でも、僕はメニエール病なんで気圧管理がされていない標高3000mの世界は耐えられそうもないけど・・・)

まぁ、ショーン・コネリー時代にあったような女性蔑視な感覚は少々マイルドになった気もするし、
描かれるボンドもストイックで、スパイっぽいテイストが強めに感じられるので、本作の方が好きな人も多いだろう。
確かに演じるジョージ・レーゼンビーはセクシーさが足りなかったかもしれないけど、決して役不足な感じではない。
ジョージ・レーゼンビーの高慢さゆえ、1作のみは仕方がない。が、しかし...過小評価だったのではないかと思える。

本格的なスパイ映画の醍醐味を味わいたい人には、むしろオススメできる作品ですし、
なかなか侵入できず、なかなか脱出できないという山頂の研究施設のデザインも、スパイ映画のイメージにピッタリ。

妙に僕の中ではブロフェルドの仲間であるブントという女性が、『007/ロシアより愛を込めて』で
クライマックスでボンドに襲い掛かってくるスペクターの“No.3”とキャラが被る。ラストに出てくる点も一緒ですね。

(上映時間142分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ピーター・ハント
製作 ハリー・サルツマン
   アルバート・R・ブロッコリ
原作 イアン・フレミング
脚本 ウォルフ・マンキウィッツ
   リチャード・メイボーム
   サイモン・レイヴン
撮影 マイケル・リード
   エギル・S・ウォックスホルト
音楽 ジョン・バリー
出演 ジョージ・レーゼンビー
   ダイアナ・リグ
   テリー・サバラス
   ガブリエル・フェルゼッティ
   バーナード・リー
   ロイス・マクスウェル
   デスモンド・リュウェリン