野良犬(1949年日本)

コルト拳銃を紛失してしまった情熱的な若手刑事が、必死に拳銃を捜すものの、
紛失した拳銃を使った強盗事件や殺人事件が発生してしまい被害者が出てしまい、
執念を持って犯人を特定し追い詰めていく姿を描いたサスペンス・ドラマ。

戦後間もない頃の日本は、言うまでもなく庶民の生活は貧しく、
GHQ主導による欧米化政策が急激に行われていた時代で、社会が急速に変化していた頃だ。
おりしもこれから高度経済成長期に入ろうとしていた頃で、次第に庶民の生活が活気を帯びようとしていました。

日本映画も同様に元気を取り戻そうとしていた頃であり、
日本を代表する名匠、黒澤 明も実に野心的に映画を企画・製作していた頃だ。

未だに本作のような若い頃の黒澤 明が映画の中で様々なチャレンジを試みていたことが驚きだ。
本作においても、当時の日本映画では成立し得なかったと言っていいほど社会派で骨太な映画であり、
黒澤が誰よりもいち早く濃密なサスペンス劇を映画の中で成立させたと言っていいですね。

63年に『天国と地獄』を撮る黒澤ですが、
おそらく本格的なサスペンス劇にも力を入れ始めたのは、本作からだろう。
後に様々なジャンルの映画において、映画の可能性を広げていった黒澤ですから、
本作でのチャレンジというのは、彼のフィルモグラフィーの中でもとても大きな影響力を持っていると思いますね。

演出面においての野心的なアプローチというのは、表面的には穏やかなように見えますが、
まるでドキュメンタリーのようにナレーションを取り入れて、少し突き放したかのように描いたり、
それまでの映画には無かったアプローチを映画の中に当然のように持ち込んだ点で優位性があります。

まぁストーリーの細かいとこまで、この映画の不自然さについて違和感を覚える人もいるだろう。
しかし戦後まもない頃の日本で、映画を積極的に製作して様々な斬新な試みを行なっていたということで、
是非とも寛容的に評価してもらいたいところですね。当時としては画期的な娯楽映画でしたから。

確かに不自然な箇所は多いことは事実。
そもそも警察官が射撃訓練で使用した拳銃をスーツのポケットに入れたままにして、
帰路のバス内でまんまと隣にいた乗客に奪われるという設定の時点で違和感を感じる。
これは映画の導入部であり、ひじょうに重要なところだが、悪く言えば“手落ち”な部分ではあります。

しかし、これは良くも悪くも当時の黒澤らの発想の限界だっただろう。

そういう意味では、当時の社会情勢を考慮して本作の価値を考えなければならないと思います。
(無論、こんなに簡単に拳銃を紛失されてしまっては困るのだが・・・)

ひじょうに雑多な映画ではありますが、本作からは光り輝くものを感じるのは事実だ。

まず、冒頭の野良犬のショットから非凡なセンスを感じさせます。
犬のショットの意味は、画面に暑さを象徴させるためだろう。これは言うまでもなく、
主人公の刑事が暑さのあまり注意力が散漫になってしまうという展開への布石である。
いや、それだけなく、映画全体を支配する実に暑苦しい空気を漂わせるための布石なのだ。

そして続く、窃盗犯を追う刑事を映すシーンでも黒澤は人間が走る姿を上手くカメラに収めている。
僕はこのシーンを観て、『フレンチ・コネクション』を思い出したのですが、このシーンは突出していますね。

特に本作の場合は主人公の勤勉さゆえ、焦りをより強調した形で表現することに寄与しています。
この焦りがまるで本能的に生じているかのように、衝動的なものとして表現できています。
一連のシーンを衝動的に表現することにより、映画をよりパワフルに表現することができていますね。
こういった表現方法自体が、当時の映画界において他作品との差別化を図ることになっていますね。

僕はこれは、おそらく黒澤の計算内の芸当だと思う。
それだけ当時の黒澤は創作意欲に燃えていて、勢いにノッていたと解釈していいだろう。

僕はやっぱり、常に黒澤の映画を観て感心するのは、こういった姿勢ですね。
「自分にしかできないことを、何かやってやろう」とする姿が、僕は黒澤の映画の原動力だと思う。

黒澤は50年代に入ってから、本格的な充実期に入ります。
彼は次のステージに進み、日本映画界に欧米化という斬新なスタイルを持ち込みます。
やはり黒澤 明の凄いところは、常に先を見据えたビジョンを有していたところですね。

やはり戦後まもない日本映画界において、
これだけ先進的なことをやってのけていた黒澤はパイオニアであり、カッコいい映画監督だったと思う。
あまり大きな意味は為していませんが、野球のシーンなんかもこれだけのダイナミズムを持って、
映画を撮り続けていたのは、60年代以前ではおそらく黒澤だけだろう。

そう、彼は常に時代のパイオニアだったのです。

(上映時間122分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 黒澤 明
製作 本木 荘二郎
脚本 黒澤 明
    菊島 隆三
撮影 中井 朝一
美術 松山 祟
編集 後藤 敏男
音楽 早坂 文雄
出演 三船 敏郎
    志村 喬
    淡路 恵子
    三好 栄子
    千石 規子
    本間 文子
    東野 英治郎