幸せのレシピ(2007年アメリカ)
No Reservations
01年にヒットしたドイツ映画『マーサの幸せレシピ』のハリウッド版リメーク。
波乱の少ない映画ではあるけど、これはこれで結構良く出来た恋愛映画なのではないだろうか。
しっかりと描くべきことは描いているし、映画の起承転結もハッキリとしているし、映画のテンポも良い。
アーロン・エッカートとキャサリン・ゼタ=ジョーンズのコンビも、合わなさそうで意外に合っているところが心地良い。
少々、物足りなさが無いわけでもないけど、良く言えば無駄が無い映画でもある。
最初っから最後まで、極めて正攻法に真面目に描いたあたりが、監督のスコット・ヒックスらしいところだ。
やっぱりこの監督は、96年の『シャイン』のときからそうだけど、スゴい真面目に映画を撮る人だなぁと感じる。
ヒロインを演じたキャサリン・ゼタ=ジョーンズは、プライドの高いレストランのシェフをという役柄ですが、
一方では自然体な姿も見せていて、若い頃より親しみやすい雰囲気はあって、とても良い年齢の重ね方をしている。
キャサリン・ゼタ=ジョーンズは90年代後半はいきなりトップ女優に躍り出た感じで、
ハリウッドを代表する女優の一人として活躍していますが、00年にマイケル・ダグラスと結婚してからは
少しペースを落としていた印象もあったし、本作は久しぶりにラブコメに出演したというところだったと思います。
映画はニューヨークの人気レストランで料理長を務めるヒロインのもとに、
交通事故に遭って事故死した姉の娘(姪)がやって来て、彼女の身元引受人として共に生活することになり、
勤務するレストランを休んでいた間に、軽いノリの男性シェフが入ってきたことで始まるライバルとしての対抗意識と、
姪に対する優しさを垣間見たことで、彼に恋心を抱く裏腹な心情をややコミカル描いた恋愛映画といった具合だ。
料理人の世界は全てがそうだとは言いませんけど、エゴとエゴがぶつかり合うところもあるでしょうね。
皆、自分の五感と腕をフルに使って、自分の想いを料理に込めているので、アーティスティックな面も強いし、
頑固な職人気質な部分も思いっ切り出ます。だからこそ、徒弟制度みたいなものが未だにある世界ですし、
特にニューヨークの高級レストランともなれば、「アタシが仕切っているのよ!」くらいの我の強さは必要なのかも。
それを象徴するようにヒロインは自身のプライドを賭けているせいか、
レストランの客から料理のことを指摘されると、ついつい熱くなってしまい、たびたびトラブルになってしまいます。
日本だって、これくらいのマインドで働いている料理人はいるだろうし、店側も主張するということはあって然るべきだ。
ヒロインのケイトと、彼女の穴を埋めるようにスカウトされたニックは対極する料理人だ。
ケイトは仕事に全集中するタイプで、自分のミスは勿論のこと、他のスタッフのミスやおふざけには厳しい姿勢。
一方のニックは仕事に妥協することはないが、どうせ仕事するなら仲間と陽気に楽しくやりたいというタイプ。
どちらが正しいとか間違っているとか、そういうことではありませんが、正反対の2人がぶつかることは容易に分かる。
そんな2人がどのようにして距離を近づけていくかと言われれば、それは子どもの存在だ。
しかし、本作のミソなのは、その子どもはケイトの姪であり、既に思春期に差し掛かった難しい年頃だということ。
演じるアビゲイル・ブレスリンは本作の前に『リトル・ミス・サンシャイン』で大注目された子役で、
同作ではいきなりアカデミー助演女優賞にノミネートされる快挙を成し遂げましたが、本作でも強い存在感を発揮。
それでいて我が強過ぎない印象を残していて、やっぱりこの子は上手かった。本作でも良い仕事しています(笑)。
そんな難しい年頃の子をニックがどうやって取り入ったかは、やっぱり料理でした。
彼がまかない料理を装って作ったスパゲティを、厨房で不貞腐れながらケイトを見ていた彼女にさり気なく渡し、
空腹のあまり気になっていたスパゲティを一口食べた瞬間に、夢中になって食べ始めるシーンは実に印象的だ。
まぁ、美味しいものは子どもでも分かるということかな。あまり小さいうちから、旨いものを知ると後が大変ですが(笑)。
物語はオリジナルの『マーサの幸せレシピ』とほとんど一緒のようだ。ここはアレンジがあっても良かったかな。
スコット・ヒックスの真意がどうだったのかは分かりませんが、オリジナルとの差別化はあった方がいいですよね。
本作を観ただけでは分かりませんが、スコット・ヒックスも本作である程度のオリジナリティは出したかっただろう。
強引なストーリー展開であり、予定調和な部分も目立つので賛否は分かれるところはあるでしょうね。
僕の中では、分かり切った物語やコンセプトでありながらも、映画の起承転結をを明確にして描き切ったことが大きい。
2人にとっての恋のエッセンスとして、2人のシェフにとっては大きな存在である料理が機能するわけですが、
映画の中に登場する料理がおいしそうで、作り手が愛着を持ってレストランの世界を描いているのに好感が持てる。
特に映画の中盤にアーロン・エッカート演じるニックが持ち込んでくる、大きな器に入ったティラミスが印象的で
数あるデザートの中でもティラミスは難しいデザートなのではないかと思いますが、これがまた実に美味しそうだ。
ニック曰くは「ティラミスは神々の食べ物という意味なんだ」と言っていましたが、
ティラミスの語源を調べると、女性が「私を元気づけて!」というイタリア語から派生して生まれた言葉らしく、
男性が女性に向けて作るデザートであり、お手製のデザートをヒロインに持参したのは正しい行動なんですね(笑)。
ティラミスは90年代にやたらと流行ってからは、日本でも定番のデザートとして定着し、
僕も大好きですけど、加熱しないで作るのが一般的なので、意外に食中毒リスクが高いので要注意ですね。
古くは、サルモネラ食中毒で大量に患者を発生させたこともあり、冷蔵保管して早めに喫食することが必須ですね。
肉の焼き方でヒロインのケイトと客がもめていましたが、この映画で登場した料理の大半は美味しそうだ。
その中でも、このティラミスは食べたくなること請け合いで、やはり料理の原点は人を幸せにさせることなんだと実感。
欲を言えば、というところにはなるのですが...姪のゾーイとの和解は少々早過ぎた部分はあったかもしれない。
ニックとスパゲティを通して仲良くなったのはいいとしても、母親代わりの役割を担うケイトとの和解は早過ぎるかな。
まぁ、休日にモノポリーで遊んだり、、ケイトなりに努力を繰り返す様子は描かれていますが、それでも物足りない。
ゾーイがいたからこそ、ニックとケイトが恋に落ち、2人の距離が縮まったわけですから、もっと大切に描いて欲しい。
学校での居眠りなども少し触れただけだし。アビゲイル・ブレスリンが相変わらず良かっただけに、勿体なかったかな。
まぁ、分かり切ったことを映画にするわけだし、製作本数としても多いジャンルなだけに
ロマンチック・コメディって、作り手の腕をモロに要求されるジャンルという気がするのですが、本作はよく頑張った。
スコット・ヒックスって今まではドラマ系の作品が多かったので、こういうジャンルの映画を上手く撮れるんだと感心した。
スコット・ヒックスは寡作な映画監督であり、本作含めても数本しか映画を撮っていない。
そうなだけにそこまで器用なディレクターとは思えなかったし、恋愛映画も多くは撮っていないだけに未知数でした。
それが実にバランスの良い映画に仕上げ、多少の粗はあれど、致命傷なく完成させたことは良かったと思いますね。
日本でも『マーサの幸せレシピ』はミニシアター系の作品としてヒットしていましたけど、
もう少しリメークすることの意義を残したかったところ。ニックのキャラクターなんかは、もっと個性を出したかったかなぁ。
フランス料理メインでやってきたようなケイトに対して、イタリア料理の気質を持ち込むニックの対称性はありましたが、
それでも、アーロン・エッカートの見せ場は少なかったように感じる。どちらかと言えば、キャサリン・ゼタ=ジョーンズに
依存しているような映画であり、彼女だけではなく、アーロン・エッカートにも見せ場を与えて欲しかったなぁ。
それにしても、ヒロインのケイトがワーカホリック気味で周囲も半分迷惑しているくらいで、
レストランのオーナーから仕事とは別に、セラピストのところに通うように支持されているくらいというのは面白い。
これはオリジナルにもあった設定ですが、そのセラピストにも料理を振る舞っているとか、もう訳が分からない(笑)。
このセラピストを演じたのがベテラン俳優のボブ・バラバン、レストランのオーナーにはパトリシア・クラークソン、
タバコをスパスパ吸うバイトの子守りとして、レニー・クラビッツの娘のゾーイ・クラビッツと脇役のキャストは妙に豪華。
これだけ恵まれた企画だったので、平坦過ぎる内容に不満を持つ方もいるとは思いますが、
あまり気張らずに安心して観ることができる恋愛映画として、多くの方々にオススメできる作品ではあると思います。
特に“角”が取れた感じで、大人の落ち着いた雰囲気のキャサリン・ゼタ=ジョーンズの新たな境地と言っていい。
彼女にとって本作はそんな一つのキッカケとなり得る作品だったと思うのですが、
双極性障害を抱えているようで、映画の仕事ではなくって、最近はテレビの仕事にシフトしているようですね。
(上映時間104分)
私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点
監督 スコット・ヒックス
製作 ケリー・ヘイセン
脚本 キャロル・フックス
撮影 スチュアート・ドライバーグ
編集 ピップ・カーメル
音楽 フィリップ・グラス
出演 キャサリン・ゼタ=ジョーンズ
アーロン・エッカート
アビゲイル・ブレスリン
パトリシア・クラークソン
ボブ・バラバン
ブライアン・F・オバーン
ジョニー・ウェイド
セリア・ウェストン