ノー・マンズ・ランド(2001年フランス・イタリア・ベルギー・イギリス・スロヴェニア合作)

No Man's Land

これはとても力強く、皮肉な映画だ。

紛争続く、ボスニアとセルビアの中間地帯で夜霧で道に迷ったボスニア人兵士たちが、
セルビア軍の襲撃を受け、生き残った兵士が塹壕に命からがら逃げ込むものの、
意識を失っていた一人の兵士が塹壕内で横たわっていたところ、セルビア軍の兵士は死んでいるものと思い、
ボスニア軍への罠として、彼の体の下に地雷を埋め込むという行動に出るものの、
潜んでいたボスニア軍兵士チキはセルビア軍兵士を襲撃し、セルビア軍新兵ニノを人質に取る。

その後、チキとニノの睨み合いが始まるものの、
横たわる兵士が少しでも動けば、地雷が爆発するという状況の中で、
2人は反目し合いながらも、国連軍やマスコミの助けを借りて、事態を打破しようと試みます。

映画はそんな彼らの極限的な状況をシニカルに描き、
僅かにブラック・ユーモアを感じさせる仕上がりになっているのですが、
基本的にこの映画はジャーナリズムを感じさせる作りになっており、少しだけ客観的な視点を持っている。

内容が内容なだけに製作当時から世界的な話題となり、
ゴールデン・グローブ賞とアカデミー賞で外国語映画賞を受賞するという快挙を成し遂げましたが、
確かにこれは映画の出来も良いし、これまでの映画には無かった類いの映画にはなっています。

確かにこの映画、日本でも劇場公開時、ミニシアター系の映画館で上映されて、
一部の映画ファンの間で、大きな話題となっていたのを今でも記憶しています。

ダニス・ダノヴィッチという映画監督はボスニア紛争当時、
自ら単身で戦地に乗り込み、手持ちカメラを持ち込んで数多くの映像を撮り続けてきたそうなのですが、
おそらく多額の資金が投入された映画だとは思えない中で、そういった制約を感じさせない、
戦地の生々しい空気や臨場感をダイレクトに反映できており、実に優れた映画だと思いますね。

しかし、コメディ的なニュアンスがあるとは言え、派手に観客の笑いをとりにきている様子でもなく、
まるでコントのような設定にしておきながらも、敢えてシリアスに描こうとしています。

これはこれでシニカルな姿勢だと思うのですが、
時に鋭い感覚を活かしたシーン演出もあり、しっかりとしたスタイルを持っていますね。
特に映画の序盤で、セルビア軍の襲撃を受けるシーンがあるのですが、
次々とボスニア軍兵士たちが撃たれ死んでいく姿を、実に生々しく描けております。
(やっぱり、こういうのは『プライベート・ライアン』がスタンダードを変えてしまったんですよね・・・)

この映画で最も強烈なのは、紛争に第三者的に介入している国連軍の存在で、
この上なくシニカルな幕切れを演出する、強烈なラストシーンでの国連軍の決断など、
ダニス・ダノヴィッチならではの視点が、映画の中で見事に活きていますね。
おそらくこんなのは、ハリウッドのプロダクションでは撮れない展開だと思いますね。

国連軍は結局、世界的な世論が気になるわけで、紛争の解決はハッキリ言って、二の次。
マスコミは何とかして、スクープをモノにして他のメディアを出し抜きたいと考えている。
そんな他の何かを目論んでいる連中にとって、地雷が爆発するか否かなんて、
そう大きな問題ではないと言わんばかりに、騒動が収束に向かった途端に、彼らの熱は冷めてしまう。
そんな割りきりが、この映画の根底にあって、戦争の不条理の一つとして象徴的に描いていますね。

ダニス・ダノヴィッチが描きたかったことは、おそらく数多くあるのでしょうが、
故意にシチュエーション・コメディ調にすることによって、戦争の不条理を強調することはできていると思います。

タイトルの『ノー・マンズ・ランド』とは文字通り、「無人地帯」を意味しており、
紛争地帯に於いては、紛争の戦禍を免れる地帯として、造語的に流用される言葉だ。
この映画では、メイン舞台となる塹壕のことを表しているのですが、当然、戦禍を免れる地帯ですから、
敵対する軍人が対峙してしまうと、たちまち「無人地帯」の状況は一変してしまう恐れがあるのです。

そういう意味で、主人公チキは仲間を助けるために協力が必要な状況であるにも関わらず、
油断ならないニノと反目し合いながら、常に彼の動きを監視するようになり、緊張感が漂います。
(それは思わず、「今、そんなこと気にしてる場合じゃないだろう〜!」と言いたくなるほど・・・)

でも、ひょっとしたらこれが現実なのかもしれません。
人が目の前で生きるか死ぬかの瀬戸際だという状況なのに、戦争のおかげで、
協力し合って、事態を打破しようとできないなんて、あまりに不条理な現実ですね。

確かに映画史に残る傑作かと聞かれれば、
そこまでの影響力はないかもしれませんが、それでも素晴らしいのは、この力強さですね。
やはりダニス・ダノヴィッチが撮りたいテーマが固まっているせいか、映画が実にしっかりしたものになっている。
こういう作り手の思い切りの良さ、割り切りというものが、映画の強さに直結していると思うんですよね。

ちなみにこの映画が撮影されたのは、おそらく00年の暮れあたりから、
01年頃で全米公開が01年だったはずなのですが、おりしも本作が公開される頃に「9・11」がありました。

こういう内容では、おそらく賛否両論だったことだろうとは思いますが、
「9・11」を経験して、世論が様々な方向へと流れたことをキッカケに本作への見方も変わってきたであろうし、
結果として本作に対する評価が高くなった事実は、実に興味深いですね。

ひょっとしたら、「9・11」以前だったら、この映画はほとんど正当な評価を得られなかったかもしれません。

(上映時間98分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ダニス・ダノヴィッチ
製作 フレデリック・デュマ
    マルク・バシェ
    セドミール・コラール
脚本 ダニス・ダノヴィッチ
撮影 ウォルター・ヴァン・デン・エンデ
美術 ドゥシュコ・ミラヴェツ
編集 フランチェスカ・カルヴェリ
音楽 ダニス・タノヴィッチ
出演 ブランコ・ジュリッチ
    レネ・ビトラヤツ
    フィリップ・ショヴァゴヴィッチ
    カトリン・カートリッジ
    サイモン・キャロウ
    ジョルジュ・シアティディス
    サシャ・クレメール

2001年度アカデミー外国語映画賞 受賞
2001年度ロサンゼルス映画批評家協会賞外国語映画賞 受賞
2001年度ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞 受賞
2001年度カンヌ国際映画祭脚本賞(ダニス・ダノヴィッチ) 受賞