ニック・オブ・タイム(1995年アメリカ)

Nick Of Time

言葉は悪いが、これは憎たらしいくらい面白い!

さすがは職人監督、ジョン・バダムの鮮やかな仕事ぶりだ。
映画の上映時間と、物語の時刻も同時に刻んでいく形式をとり、実にエキサイティングかつスリリングだ。
劇場公開当時も、あまりヒットはしなかった記憶がありますが、これはまったくして勿体ない。

今となっては半分忘れ去られたような映画ではありますが、
是非ともジョニー・デップの根強い人気もあるので、本作の価値に再注目して欲しい。

サンディエゴから仕事のために愛娘を連れて、ロサンゼルス郊外の駅に到着して降り立った、
会計士のワトソンを主人公に、駅で商談相手に電話をしていたところを、怪しい男女に目をつけられ、
警察を装って近づいてきた彼らに、職務質問をするということで連れて行かれた車の中で、
突如として銃をつきつけられ、娘を人質に取られ、選挙中の州知事を13時30分までに暗殺するように指示されて、
指定場所のホテルに辿り着いたら、実は知事の警備隊も暗殺計画のグルで、常に監視される体制の中で、
ワトソンが誰にも助けを呼ぶことができない、孤立無援な窮地に追いやられていく姿を描くサスペンス・アクション。

色々な意見はあるのだろうが、この映画にも色々なトリックがあるにはあるのですが、
そういったトリックの数々を、後から「実はこうでした」と映画の終盤に付け加えるような真似はせず、
映画の序盤から正攻法かつ、堂々と一つ一つの事実を重ねながらストーリーを進めていく形で、実にシンプルだ。

これにストーリー的な魅力を感じないという人もいるかもしれませんが、
「後からなら、どうとでも言える」ということにはならないように描かれており、謎解きに気を取られて、
緊張感のある攻防の楽しみを削がれないように、あくまでサスペンス色を強調して描くように配慮していると思った。

ワトソンみたいな暗殺の訓練など全く受けていない素人を暗殺者としてスカウトして、
その日の昼には暗殺しろという計画自体に無理があるとは思いますが、それを除けばなかなか面白い。

ワトソンをスカウトする誘拐犯リーダーを演じるのがクリストファー・ウォーケンで、彼は好演ですね。
終始、ワトソンを監視しており、彼の一挙手一投足見逃さないように、自分の存在感を常に消さない。
ですので、ワトソンが何とかして周囲の助けを得ようと、自身の窮地を他人に知らせようとしますが、
ことごとくクリストファー・ウォーケンが目の前に現れて、ワトソンに圧力をかけまくるのがスゴくって、
観客にとっては彼の存在自体が大きなストレスとなるわけで、これは悪役キャラクターのお手本のようですね。

さすがはジョン・バダム、こういう映画のツボを押さえた演出に徹しており、
そういった悪党の威圧感に、ワトソンが時間に追われるというストレスを加えて描くことにより、
この上ない緊張感と切迫感に満ちた、実に良い引き締まった画面にすることに成功している。ホントにお手本のようだ。

この頃のジョニー・デップは、本作のような平凡な市民を演じることもあってか、
全く強さのない小市民の代表のようなシルエットで、多くの観客の共感を呼ぶ雰囲気を上手く表現している。

ただ強いて言えば...ですが、無理矢理90分に収めようと構成したせいか、
特に映画の序盤は強引な展開に感じる部分が多かったことかな。暗殺までの時間を同時進行させる編集なので、
強引な展開になるのは仕方ない部分もあるのだろうけど、それでも、もう30分は長い時間設定にして、
もう少しは余裕のある見せ方をしても良かったかもしれない。考え余地を与えないぐらいのスピード感でもあるが、
一方で何故に素人をスカウトする必要があるのかとか、主人公が選ばれた理由をもっと丁寧に描くことができたのでね。

だからこそ、これだけの組織力をもってすれば、組織の力だけで“確実に”知事を暗殺することができたはずで、
それでも敢えて素人をスカウトして、即席に暗殺者に仕立て上げる設定自体に、疑問を抱く人が多いのでしょう。

故に、警備のスペシャリストたちが自分の手で暗殺をできない、若しくはやりたくない理由は
しっかりと描いた方が良かったでしょうし、それだけ大事な“仕事”なわけですから、駅でのスカウトは入念に行い、
吟味するシーン演出はあった方が良かったでしょうね。「子連れだから」は、あまりに安直な選定理由に映りました。

ジョン・バダムの演出は相変わらず小気味良く、良い意味で大衆的に見せてくれている。
次から次へと猛スピードに、主人公が窮地に追いやられていく構図は、孤立無援な感じで焦燥感に苛まれる。
これはこれで職人のような仕事ぶりで、エンターテイメントとして成立させるノウハウを持っているようだ。
何度も言いますが、ジョン・バダムは日本ではあまり知名度が高くはないディレクターですが、凄く良い腕してると思う。
ホントはもっと積極的に映画を撮って欲しかったディレクターの一人だったのですが、なんだか勿体ないなぁと感じる。

映画は一種の密室劇の要素も無くはないです。
と言うのも、冒頭の駅でのシーンを過ぎると、ほぼ知事が演説・食事会を行うホテル内でのシーンになります。

次から次へと展開する物語の進行と、主人公が焦って動き回る姿を監視するために、
主人公を追跡するかのようなカメラは、まるでゲーム感覚だ。あまり無い視点ですが、動き回るターゲットを
監視するゲームというのも、面白い発想かもしれません。そう、この映画のカメラの視点は、結構、悪党側な時が多い。
現代みたく携帯電話もそこまで普及していない時代の映画ですし、トランシーバーで連絡をとりながら主人公を監視し、
観光客を装ってビデオ撮影して威圧してくるので、監視の能力自体はそこまで高いものではありません。

ただ、この映画の悪党どもは組織力で勝負してくるような感じで、
実はほとんどグルで、暗殺の傍観者になろうとしているという設定が、ものスゴく怖いなぁと感じる。

知事の暗殺を望んでいる人が多くいる中で、それでいながら自分で手を下したくはない。
自分たちが疑われる対象にはなりたくないという意識が強い連中で、暗殺の時間が近づくにつれて、
主人公は自分の置かれた状況が圧倒的に不利で、傍観者たちに殺されるだろうという予期が現実に近づいてきます。
そうなると、娘の命もどうなるか分かったものではなく、なんとかして、この組織力を超越しなければなりません。

こう思うと、絶望的なシチュエーションであり、主人公の外堀がドンドン埋められていきます。

逃げ道を無くした主人公がどういう行動に出るのか?ということが、映画の焦点になっていきますが、
主人公が助けてくれる人を見つけるために、まずは監視の目をかいくぐって窮地に気付いてもらうために、
四苦八苦しながら、なんとかヘルプのサインを出すあたりの心理的な駆け引きも、本作の見どころの一つだ。

ちなみにクライマックスで明らかになりますが、警備の全員が全員、寝返っているわけではない。
これは実に不思議なところですが、悪党も簡単に尻尾を見せてしまうあたりに、焦りを感じる内容だ。
次第に感情的に主人公に迫ってくるようになりますし、時間が近づくにつれて、悪党にも余裕が無くなっていきます。

そういう意味では、追い詰められていくのが一概に主人公だけではない、というのが興味深い。
この辺はジョン・バダムも実に上手く利用できていて、映画の終わりに近づくにつれて、次第に冷静さを失っていきます。

一見すると、主人公ワトソンの視点で映画を観がちな内容ではありますが、
もし、この映画を複数回観るようなことがあれば、是非、2回目はクリストファー・ウォーケンの視点で
映画を観て欲しい。そうすると、1回目とはまた違った視点から映画を観ることができると思います。

(上映時間88分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ジョン・バダム
製作 ジョン・バダム
脚本 パトリック・シェーン・ダンカン
撮影 ロイ・H・ワグナー
音楽 アーサー・B・ルビンスタイン
出演 ジョニー・デップ
   クリストファー・ウォーケン
   チャールズ・S・ダットン
   グロリア・ルーベン
   マーシャ・メイソン
   ピーター・ストラウス
   ロマ・マフィア
   コートニー・チェイス
   G・D・スプラドリン