オリエント急行殺人事件(1974年イギリス・アメリカ合作)

Murder On The Orient Express

言わずと知れた、アガサ・クリスティ原作の有名小説の映画化。
どうやら名探偵エルキュール・ポアロを主人公にしたミステリー・シリーズの8作目にあたるらしい。

当時の演技派俳優が勢揃いした作品で、70年代に流行ったオールスター・キャストを揃えた作品だ。
しかし、この映画のコンセプトはあくまで“名探偵ポアロ”ですので、主演のアルバート・フィニーのなり切りぶりだろう。
アルバート・フィニーはイギリス出身の名優ですが、残念ながら日本ではあまり有名ではなかったかな。。。

彼は63年の『トム・ジョーンズの華麗な冒険』で高く評価されて、
若き日に成功を収めており、本国イギリスでは高い演技力で定評がありましたが、
だからこそ本作のような“名探偵ポアロ”にキャスティングされるわけで、彼の喋り・仕草・立ち振る舞いはスゴい。

暴論かもしれませんが、本作はスゴいトリックがあるとか、すこぶるストーリーが面白いとか、
映画史に残る大ドンデン返しがあるとか、そういう物語面で観客を驚かすタイプの作品ではありません。

こういう言い方をすると、熱心なファンの方々に怒られるかもしれませんが、
たいしたシナリオではありません。アガサ・クリスティーの原作も読んだことはありませんが、
これは物語や謎解きを楽しむというよりも、明らかにポアロの世界観とキャラクターを楽しむべき作品で、
このポマードでベッタリ固められた、どこかキッチュなドジでポアロの行動・立ち振る舞いを中心に観るべきですね。

傍から見ると、信用して良いのか、よく分からないポアロでありながらも、
そもそもイスタンブールで事件の捜査に協力したポアロが、その帰り道で遭遇した
長距離鉄道の中での殺人に関する調査をするなど、お茶の子さいさいとでも言わんばかりに
率先して乗客の事情聴取に取り掛かるわけですが、個性的な乗客を前にポアロの推理もスムーズにいきません。

シドニー・ルメットも、本作以前はアメリカン・ニューシネマを意識した作風で
どちらかと言えば、新たな映画的アプローチを試みていたディレクターでしたが、
本作ではどこか一癖も二癖もある人々が織りなすドラマを、奇をてらった演出を排して、オールド・スタイルで表現。

ポアロの推理はやや強引ではありますが、細かなところをヒントに展開していく姿は実にスマート。
個人的にはもう少し真面目な雰囲気なのかと思っていたのですが、本作でアルバート・フィニーが表現するポアロは
少々コミカルなキャラクターであり、どこか憎めないというか、チョットだけ“キワモノ”な雰囲気を持っている。

そのコミカルさの表現というのは、映画の後半になかなか思い通りの答えを引き出せない
ポアロが突如としてイライラしたのか、奥の客車に乗客の女性を連れて行って、いきなり叱責を始めるシーンで
それを見かねたショーン・コネリー演じるアーバスノット大佐が、真実を話しに行くシーンでアーバスノットが部屋に
入ってきて、我に返ったポアロのリアクションが面白い。これはこれで、ポアロが仕掛けた“罠”であったのか、
真実を聞き出したいポアロの思い通りに証言をとるに至るのですが、この辺はコメディ的な展開をしている。

こういう部分も含めて、本作でのアルバート・フィニーは彼なりの独自な解釈もあったのかもしれませんが、
実に良くポアロのキャラクターが表現できており、この映画の方向性を上手く示すことができていますね。

映画のクライマックス約10分間にわたって、ポアロの推理を説明する独演会があります。
ほぼワンカットではないかと思えるぐらい、一気にポアロが一つ一つの謎解きを展開していきますが、
これは演じるアルバート・フィニーも大変だったでしょうね。撮影時は、そうとう気合が入っていたのでしょう。
このアルバート・フィニーの独演会は、本作最大の見せ場であると言っても過言ではありません。

バルカン半島からヨーロッパ各地を結んでいた長距離列車を舞台にした事件というわけですが、
この物語の謎は、確かに並みの探偵では解決できないでしょうね。そもそも、この殺人がアームストロング家の
誘拐殺人事件にしているなんて、列車の中のヒントだけで結び付けられる人は、ほとんどいないでしょう。

ポアロの推理は驚くべきものでもないのですが、後追いでトレースしていくと、
そこそこ納得性はある。ただ、この映画の大きなウィーク・ポイントと感じたことでもあるのですが、
ポアロが調査する対象である乗客たちに、抵抗勢力がいないので、まるでおとなし過ぎるのがネックですね。

物語に、良い意味で“波乱”が起きないので、映画に起伏が無い。
ずっとポアロのペースで映画が進むのは仕方ないにしろ、明確に反抗・反発する人がいた方が面白かったと思う。
そのせいか、事件の本筋に入るまでと、ポアロの推理が始まるまでが冗長に感じられてしまう一面はあったと思う。

如何にも悪人面のリチャード・ウィドマークが出演していることは嬉しいのですが、
ポアロが先入観的に、リチャード・ウィドマークを一方的に拒絶するというのも、どこか不可解で唐突である。
その拒絶によって、何も起こらないというのも不思議なもので、少々ポアロの態度も露骨過ぎたかな。

ただ、このポアロの失礼さは、イスタンブールから出発する際に乗り継ぎとして
乗船した船での食事は美味しくないと、結構大きな声が喋ったり、映画の序盤から一貫して描かれている。
この辺は原作のファンからすると、ある意味“お約束”なのかもしれませんが、こういうところも“キワモノ”っぽい。

この無礼さと、あまり賢くは見えないキャラクターなだけに、スイスイと推理していくギャップが
この映画のポアロを楽しむ醍醐味なのかもしれませんが、シドニー・ルメットの持ち味が生きてはいないかな。

オールスター勢揃いの映画ですので、こういう調子になるのは仕方ないのかもしれませんが、
どうにも映画に勢いが無く、想像以上の魅力を引き出せたキャスティングというのも、
神経質なスウェーデン人女性の宣教師グレタを演じたイングリッド・バーグマンぐらいでしょう。
彼女はこれまでの出演作品での彼女のイメージとはまるで異なり、普通の中年女性になっているのが印象的だ。

ちなみにこの映画のラストはあまり観ない終わり方をしている。
そもそも、ポワロも推理を説明する独演会の最後に、人道的な情に傾いた見解を出すので、
それはそれで注目なのですが、その情があったからこそのラストシーンになっていて、これは印象に残る。
まるで、舞台劇のカーテンコールを観ているかのようで、作り手も敢えて、そうしたのかもしれません。

ただ、敢えて言わせてもらうけど、これはオールスター・キャストとアルバート・フィニーの
ポアロのキャラクター造詣が見どころというだけで、原作のファンにもミステリー好きにも物足りないだろう。
映画の出来としても、そこまで良いものとは思えず、シドニー・ルメット監督作品として見ても、ハッキリ言って不発だ。

と言うか、シドニー・ルメットにとっては本作の監督は大きなチャレンジだったのだろうが、
準備が足りなかったというか、結果的にアルバート・フィニーのポアロを押し出すにもインパクトが強調されなかった。

僕はこの映画でのアルバート・フィニーは申し分のない、ポアロ像を独創的に表現したと思う。
ところが肝心かなめの映画の出来が、アルバート・フィニーの仕事ぶりについて来れていない。
オールスター・キャストも良いが、前述したイングリッド・バーグマン以外は特筆すべきキャストはいない。
つまり、これだけのキャスティングをしたけれども、映画トータルとしてはマジックは起きなかったのである。

そのせいか、アルバート・フィニーが演じたポアロは本作だけとなってしまいました。
この後、『ナイル殺人事件』以降、何本か名探偵ポアロを主人公とした作品が映画化されていますが、
それら全て、ピーター・ユスチノフが演じており、アルバート・フィニーに声がかかることはありませんでした。

個人的には過小評価だったアルバート・フィニーという俳優が、
スポットライトを浴びた作品の一つとして、いつまでも語り継いでいきたい映画という位置づけではあります。

(上映時間127分)

私の採点★★★★★☆☆☆☆☆〜5点

監督 シドニー・ルメット
製作 ジョン・ブラボーン
   リチャード・グッドウィン
原作 アガサ・クリスティー
脚本 ポール・デーン
撮影 ジェフリー・アンスワース
音楽 リチャード・ロドニー・ベネット
出演 アルバート・フィニー
   ジャクリーン・ビセット
   アンソニー・パーキンス
   マーチン・バルサム
   マイケル・ヨーク
   ローレン・バコール
   イングリッド・バーグマン
   ショーン・コネリー
   リチャード・ウィドマーク
   バネッサ・レッドグレーブ
   ジャン=ピエール・カッセル
   ウェンディ・ヒラー
   ジョン・ギールグッド
   レイチェル・ロバーツ

1974年度アカデミー主演男優賞(アルバート・フィニー) ノミネート
1974年度アカデミー助演女優賞(イングリッド・バーグマン) 受賞
1974年度アカデミー脚色賞(ポール・デーン) ノミネート
1974年度アカデミー撮影賞(ジェフリー・アンスワース) ノミネート
1974年度アカデミー作曲賞(リチャード・ロドニー・ベネット) ノミネート
1974年度アカデミー衣装デザイン賞 ノミネート
1974年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(ジョン・ギールグッド) 受賞
1974年度イギリス・アカデミー賞助演女優賞(イングリッド・バーグマン) 受賞
1974年度イギリス・アカデミー賞作曲賞(リチャード・ロドニー・ベネット) 受賞