ミュンヘン(2005年アメリカ)

Munich

スピルバーグが徹底したドキュメンター・タッチで、
“黒い九月”が起こしたミュンヘンオリンピック事件と、それらに対する報復を粛々と実行する、
イスラエル諜報特務庁(モサッド)に雇われた暗殺者たちの苦悩を描いたミステリー・サスペンス。

確かにスピルバーグも、かつて映画の中で政治を描いたことがないわけではないし、
ある意味では『シンドラーのリスト』のようなシリアス一徹で押し通した映画もあったので、
決して本作が物珍しい作品だったとまでは思わないけれども、今までの彼の監督作品とは、
明らかに一線を画す作品であったせいか、一般的なファンには受け入れ難かったことは否定できないだろう。

劇場公開当時、一部のファンから批判が上がっていたように、
一見すると表層的な映画というか、どこか踏み込み切れていない印象が拭えないせいか、
どうも大きな支持が得られなかったということはあるのですが、それはあまりに勿体ない結果だ。

ヤヌス・カミンスキーのカメラも大きく貢献していると思うのですが、
独特な緊張感が常に画面を支配し続け、とても良い引き締まったフィルムになっている。

確かにストーリー面での注文を付けたくなる箇所は多いかもしれませんが、
あくまで映画的な部分を評価するとすれば、やはりさすがはスピルバーグの監督作品だと思った。
粛々と任務を遂行する冷酷さを持ち合わせながらも、いつ自分含め、自分の家族が標的になるかという、
油断も隙も許されないという雰囲気が常に残っており、張りつめた緊張感が素晴らしいですね。

スピルバーグにしては珍しく、かなり大胆な描写が横行しており、
ターゲットを殺害していく描写一つ一つにしても、とても生々しく、スピルバーグの意図は確かに感じられる。

00年代に入ってからのスピルバーグは、01年の『A.I.』以降、
それほど評価されていないような気がするのですが、02年の『マイノリティ・リポート』から始まり、
本作や同年の『宇宙戦争』なんかは、あまり高い評価を受けていないにしろ、僕はどれも好きだなぁ〜(苦笑)。

本作なんかは、激動の70年代の事件を映画化したということもあってか、
どことなく映画の雰囲気は70年代に隆盛したアメリカン・ニューシネマの時代に近い感じだ。

映画の終盤はスピルバーグの描きたかったことが強く反映されているとは思いますが、
劇場公開当時、話題となったほど、僕はこの映画から強い問題提起性は感じられなかった。
強く問題提起したかったり、政治的メッセージを発信したかったのであれば、
ミュンヘンオリンピック事件の直後にでも製作しておかなければ意味は無いと思うのですが、
本作でスピルバーグが強く描きたかったのは、政治的な内容というより、どちらかと言えば、
イスラエル諜報特務庁(モサッド)に雇われた暗殺者たちの苦悩、特にアブナーの家族観だろう。

いざ、仕事が終わっても、常に命を狙われているかもしれないという恐怖心。
それは容赦ない殺害シーンを描き続けたからこそ、映画の終盤での恐怖や緊張につながります。

そう、古くは『JAWS/ジョーズ』の頃からスピルバーグはそうなのですが、
彼は映画の中で敢えて猟奇的とも解釈できるショック描写を交えることによって、
観客に恐怖心や尋常ではない緊張感を与え、実に引き締まった映画にしようとすることにかけては天才的です。

単純比較はできませんが、ヒッチコックの映画なんかは似たような発想で、
ヒッチコックの時代はあまり直接的に描くことができなかった分だけ、色々な工夫をして、
間接的に表現していましたが、スピルバーグの時代になると規制緩和が進み、かなり直接的なショック描写も
受け入れられる時代になったせいか、そのアイデアだけでなく、ショック描写そのものも評価されるようになりました。

一見すると落ち着いたドキュメンタリー・タッチでシリアスに押し通した映画のように見えるけど、
本作もそんなスピルバーグのセオリーとも言えるアプローチが炸裂していて、彼らしくないカラーの作品のように
見えて、実は凄くスピルバーグ節が随所に炸裂している作品と言っても過言ではないような気がするのです。

あくまでノンフィクションの映画化ですので、劇場公開当時、
大きな議論を呼んだように、少し描き方の視点がフェアではないため、批判が巻き起こるのは仕方ないことだろう。

映画で中心的に描かれたミュンヘンオリンピック事件とは、
パレスチナ人で構成されるゲリラ集団が、1972年のミュンヘンオリンピックの選手宿舎に潜入して、
イスラエルから選出された11人のオリンピック選手が惨殺された事件であり、“黒い九月”と名乗る組織が
犯行声明を出します。これに激怒したイスラエル政府は、イスラエル諜報特務庁(モサッド)に欧米に暮らす、
11人のパレスチナ人を暗殺するよう指示し、その報復的措置により抗争が激化していきました。

どこがフェアではないかというと、単純にパレスチナ人の視点に欠けることでしょう。
これはあくまでノンフィクション原作の映画化ということになれば、至極当然な出来事だろう。
しかし、それが映画の価値を大きく損なうほどの致命傷かというと、僕は決してそんなことはないと思う。

それよりも、実話なのかもしれないけど、
例えばアブナーがホテルのバーで誘惑された女性を、“エマニエル婦人”ばりの顛末に至って、
ずっと「服をかけてやれば良かった・・・」と後悔したりと、スピルバーグも真面目にやってるんだか、
それともギャグでやってるんだか、よく分からないシーンが随所に見られるという方が気になって仕方がない。

もし、本作を通して、スピルバーグが政治的なメッセージを発するために、
本作を映画化したのであれば、個人的にはもう少し違う内容になっていたのではないかと思うし、
何よりラストのあり方についても、もっと重たい結末をつけたのではないかと思います。

それよりも、張りつめた緊張感を緩和させずに、そのまま映画が終わっているあたりを観るに、
スピルバーグは単純にこの原作に映画的な魅力を感じて、製作したのではないかと思いますね。

どういうところが映画的な魅力かというと、やはり守るべき者(=家族)のために、
粛々と任務を遂行しながらも、更なる報復を恐れながら生きていかなければならないという、
ある種、彼らの宿命的なものを力強く描くことにより、終わることのない恐怖を象徴するところだろう。

おそらくスピルバーグって、こういう得体のしれない恐怖みたいなものに魅力を感じるのでしょうね。
それは有形・無形問わず。だからこそ、彼はより生々しく描くことに、強いこだわりがあるのだろう。

(上映時間163分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

日本公開時[PG−12]

監督 スティーブン・スピルバーグ
製作 スティーブン・スピルバーグ
    キャスリン・ケネディ
    バリー・メンデル
    コリン・ウィルソン
原作 ジョージ・ジョナス
脚本 トニー・クシュナー
    エリック・ロス
撮影 ヤヌス・カミンスキー
編集 マイケル・カーン
音楽 ジョン・ウィリアムズ
出演 エリック・バナ
    ダニエル・クレイグ
    キーラン・ハインズ
    マチュー・カソヴィッツ
    ハンス・ジシュラー
    ジェフリー・ラッシュ
    アイェレット・ゾラー
    ギラ・アルマゴール
    ミシェル・ロンスデール
    マリ=ジョゼ・クローズ

2005年度アカデミー作品賞 ノミネート
2005年度アカデミー監督賞(スティーブン・スピルバーグ) ノミネート
2005年度アカデミー脚色賞(トニー・クシュナー、エリック・ロス) ノミネート
2005年度アカデミー作曲賞(ジョン・ウィリアムズ) ノミネート
2005年度アカデミー編集賞(マイケル・カーン) ノミネート
2005年度カンザス・シティ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2005年度カンザス・シティ映画批評家協会賞監督賞(スティーブン・スピルバーグ) 受賞