陽のあたる教室(1995年アメリカ)

Mr.Hollands's Opus

生活のためにと割り切って高校の音楽教師の職に就いた元バンドマンが、
次第に教職に熱中するようになって、1965年から1995年までの30年間にわたって数多くの教え子を輩出し、
多くの卒業生から愛される音楽教師として、教壇を去って行く姿を描いた感動のヒューマン・ドラマ。

僕は本作、劇場公開当時、学校でも紹介されていたこともあって、
実は映画館に観に行きました。丁度、この頃、僕は映画鑑賞を趣味とし始めていた頃だったので、
当時は喜んで観たものですが、自分の想像を遥かに超える充実度を誇る作品で、初見時も感動した記憶があります。

本作はリチャード・ドレイファスが30年間に及ぶ教員生活を演じ切ったことで高く評価され、
久しぶりにアカデミー賞にノミネートされるなど話題性もあった作品であり、極めて正攻法でお手本のような映画だ。

これは皮肉で言っているわけではなく、自分の中では立派な誉め言葉のつもりでして、
ここまでストレートかつ真正面から堂々と教職の素晴らしさを描いた映画というのも、珍しいと思いますね。

監督は『飛べないアヒル』で知られるスティーブン・ヘレクで、後の監督作品を見ていくと、
彼は音楽を題材とした映画を手掛けることに定評があるようで、本作はそのキッカケとなったのかもしれない。
本作なんかもそうですが、決して後ろ向きになることなく、常に前向きなスタンスで映画を展開させています。

勿論、全てが全て上手くいったことばかりではなく、30年間の教員生活の中で
教え子が先に死んでしまう悲劇もあったり、教師として伝えたいことが上手く伝えられなかったり、
時に彼にとっては心が揺らぐような“甘い囁き”であったり、決して平坦な道のりではないことを描いている。
しかし、それらが決して映画を壊したりするようなことはなく、どこかに偏り過ぎることなく上手く配分しているのが良い。

色々な意見はあるのだろうが、やはり本作のラストに描かれたシーンは教員にとっては最大の賛辞だろう。
決して主人公のホランドは、人々から称賛されるために教壇に立っていたわけではないのですが、
やはり学生生活の思い出とは人にとって、大なり小なり影響を与えているわけで、その片隅に教員がいたはず。
いや、ひょっとすると目立つところに教員がいる人もいるだろうし、その影響力は人それぞれだろう。

そのような影響力を持つ教員だからこそ、退職の時にやはり集大成が表れるものではないかと思います。
今は退職パーティーなんてやることは稀だろうし、全ての教員がこのようなことやってもらえるわけではない。

ただ、このホランドは例え生活のために教職に就いただけとは言え、
どんな動機でも30年間という長期間にわたって奉職したからこそ、多くの教え子が母校に集まり、
ホランドの退職に最大限の賛辞を送ろうとするわけで、これはホランドがとても教え子に恵まれたとも解釈できる。

そんな素晴らしい瞬間を本作は見事に描いているわけで、これは教員の立場としてはホントに冥利に尽きるだろう。
ハリウッド映画でこういった瞬間を捉えた作品は多くはないし、教員をこういう風に描いた作品も珍しいなぁと感じた。

かく言う、自分も教員になりたくて20年ほど前に非常勤講師として教壇に立ったことはあるので、
本作のホランドのような教員人生に憧れたものです。現代では教員採用試験の競争率も下がったようで、
“働き方改革”の進展も遅い職業としてレッテルを貼られている感はありますが、確かに大変な仕事ではあるけど、
教え子との関わりなど、とても尊い時間を過ごすことはできると思います。そうなだけに不純な教員の事件を聞くと、
かつて憧れた者として、そして親として憤りを感じるのですが...それでも必要不可欠な職業だと思います。

ある程度の合理性を求められる現代に於いては、教員は塾講師のように授業に専念させればいいという
意見もありますが、ホランドのような教職に捧げ過ぎるまではいかずとも、単に授業での関わりだけではなく、
人と人としての関わりを持って、誠心誠意、生徒たちに向き合う環境があるのが学校なのだと思います。

勿論、全てが上手くいくことばかりではないし、むしろ上手くいかないことの方が多いのでしょう。
実際、自分もそうでしたが、成りたくて成った職業だったのに上手くいかなかったときのショックはもの凄く大きい。

しかし、それでも僕は賭ける価値のある職業だと今も思っているし、本作がそんな一コマを描いたことに感銘を受けた。

まぁ、それでも教員の在り方は考え直さないといけないところはあると思います。
元々ですが、時間で拘束されるという概念が弱くって、授業時間は時間で区切っている割りには、
時間外労働は“見なし”扱いにされて、しかも随分と少ない時間しか見積もられていないという印象が強い。
つまり、労働者の善意と熱意に依存しているということで、一生懸命な人とそうでない人の二極化を生むだけである。
しかも最悪なことに、結果として労働の搾取みたくなってしまうがゆえに、一生懸命やる人に限って病んでしまう。
このジレンマというか、不条理さというのを早く是正しなけ限りは、教員志願の若者は減る一方でしょうね。

この構図を生み出してしまう状況は多かれ少なかれ民間企業にもありますし、一種の社会病理とも思う。
いろんな意見はありますが、労働者人口は減っていく一方なのは事実ですので、早く何とかしなくてはなりませんね。

この手の映画にありがちな傾向なのですが、何か目標を目指して頑張る物語に傾倒しがちなのですが、
本作はそういった目標達成にカタルシスを感じさせる映画ではなく、あくまでホランドに焦点を当て続けたのが良い。
僕は別に目標を設定して取り組む姿を否定するわけではないのですが、あまりに常套手段になり過ぎているので。

そりゃ、ホランドにとっては作曲活動をするという当初の目標はあったのかもしれませんが、
すっかり教職に時間をとられ過ぎて、いつしか目標を見失って、全く作曲活動をできなくなりましたからねぇ。
そんな彼の姿を見ていると、目の前のことに集中する尊さを感じます。その時々で、目標も変わりますしね。
そんなホランドを見事に演じ切った主演のリチャード・ドレイファスは、やっぱり上手い役者なんだと実感しますねぇ。

耳が聞こえない息子との関係に悩み、仕事に集中するあまりに妻からは非難も浴びましたが、
自身の想いを込めてホランドが歌うジョン・レノンの Beautiful Boy [Darling Boy] (ビューティフル・ボーイ)は
実に感動的で本作のハイライトとなるべきシーンでもある。音楽教師が手話を交えて歌うというのも、珍しい気がする。

そんな幾多のホランドの思い出を綴った映画ではあるのですが、
行政の予算削減という名目で、音楽や演劇といった芸術科目が学校教育から削除される事態になります。
まぁ、冷静に考えると、予算削減で音楽自体が学校教育の科目から無くなるという話しもスゴいですけど、
映画のラストに描かれるホランドへの感謝を伝える女性知事が、実はホランドの教え子だったというのも、なんだか妙。

普通に甘い映画であれば、この知事の鶴の一声でどうにでもなりそうなものだし、
そもそも公聴会でホランドが必死に芸術科目の削除について陳情しても、交渉のテーブルの相手側に教え子がいて、
それでもホランドの主張を通すには至らなかった。つまり、ホランドは教壇から降りる運命にあったということなのだろう。

映画のクライマックスの教え子たちが、盛大に彼を送り出すシーンは教師冥利に尽きる素晴らしい瞬間ではあるけど、
一方でホランドが学校教育に芸術科目を残したいという主張は聞き入れてもらえなかった現実は、残酷なものです。

ウィリアム・H・メイシー演じる教頭が、あまり見た目が変わらずに30年間、学校の上層部に居続けるというのも
なんだかホラーな設定ではありますけど、彼らとて行政からの圧力には抗えないのだろうし、主要科目ではない
芸術科目は真っ先に目をつけられ易い対象だということでしょう。それで教育機会が奪われるのは、なんとも理不尽だ。

日本ではこのような地方で独自に行う学校教育の見直しはなかなか無いことだとは思いますが、
それでも深刻化する教員不足などをキッカケに大きく学校教育の在り方が変わっていく可能性はあると思います。
それが良い転機となるか、悪い転機となるかは分かりませんが、このままでは維持していくことが難しくなると思います。

まぁ、ホランドは恵まれた教師だと思います。一生懸命尽くしたからこそ、という見方もできますが、
必ずしも彼のように報われる教員ばかりではないし、それ以前に明らかに不適格な教員もいることは事実でしょう。

それでも、僕は安直な意見と言われようが、彼のような教師人生は正直、憧れる。
べつに最後に称賛されなくともいいけど、自分が関わった教え子たちが集まり、最後の集大成を彩ってくれる。
そんな素敵で素晴らしい退職を迎えられるなんて、そう滅多にあることじゃないし、懸命に向き合った結果が
こういった形となって表れることは、僕は最高の人生だと思う。形はどうであれ、それが実現できるのは教師だと感じる。

勿論、他の職業でもあり得ることなのですが、教え子たちの大事な時間を共にすることに意義があるのだろう。
だからこそ、向き合った一人ひとりのことを鮮明に覚えているのが、また教師の習性とも言えるのかもしれない。
勝手な高望みなのだろうけど、この世界に憧れた端くれとして、学校はそういう教師で溢れていて欲しいと思う。

(上映時間143分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 スティーブン・ヘレク
製作 テッド・フィールド
   マイケル・ノリン
   ロバート・W・コート
脚本 パトリック・シーン・ダンカン
撮影 オリバー・ウッド
音楽 マイケル・ケイメン
出演 リチャード・ドレイファス
   グレン・ヘドリー
   ジェイ・トーマス
   オリンピア・デュカキス
   ウィリアム・H・メイシー
   アリシア・ウィット
   テレンス・ハワード
   バルサザール・ゲティ

1995年度アカデミー主演男優賞(リチャード・ドレイファス) ノミネート