ムーンライト・マイル(2002年アメリカ)

Moonlight Mile

決して明るい映画とは言い難い面はあるのですが、
愛娘、そして恋人を失ったそれぞれの立場から、前向きに立ち直っていく姿を描いたヒューマン・ドラマ。

この映画は特に主人公の義理の父親ベンを演じたダスティン・ホフマンが良いですね。
薄々感づいていたのかもしれないが、娘と主人公ジョーの婚約関係の真実を知りたいようで知りたくない。
そんな複雑な感情を実に巧みに評価しており、彼が出演していなければ、映画はここまで磨かれなかったかも。

何故に、このストーリーの舞台が現代ではなく、ベトナム戦争の最中にしたのかなと疑問に思っていたら、
どうやらこの物語は監督のブラッド・シルバーリングの実体験に基づいたものらしく、
まぁ・・・おそらく本作を撮影することは、そうとうに彼にとっては厳しい体験だったのかもしれません。

どうやらブラッド・シルバーリングがかつて交際していたテレビ女優が、
ストーカーによって殺害されてしまったという過去があったらしく、それをモデルにした作品らしい。

そのせいか、音楽の選曲も70年代のロックに偏っていて、
トラフィック=Aジェファーソン・エアプレイ=Aエルトン・ジョン、ヴァン・モリソン、ゲイリー・グリッターと、
とにかく洋楽ファンにはたまらない選曲で、これは見事に時代性を反映した選曲だったと思いますね。

映画は実に丁寧に作られており、これまでブラッド・シルバーリングの監督作を観ても、
98年の『シティ・オブ・エンジェル』などは賛同できる映画ではなかったのですが、
本作のような作品と撮れることに、ある種の新鮮な驚きがあって、これからも期待したいですね。
いくら実話をモデルにしたとは言え、本作はひじょうに難しい題材だったと察します。

それは、ひじょうに難しい感覚を映画の中に吹き込まなければならなかったわけで、
例えば自らが体験したであろう、ベンら義理の両親となった2人に真実を伝えたくとも、
状況的にとても伝えられる状況にないことに苦しんだり、一見、前向きに見えながらも、
実はひじょうに難しいあり方となってしまったラストシーンなど、おそらく複雑な心境なのではないかと察します。

チョットこの映画の苦しいなぁと感じる部分は、
ジョーが郵便局員の女性に徐々に心惹かれていくという、恋愛のエピソードがあるのですが、
残念ながらブラッド・シルバーリングという映像作家は、あまり恋愛を描くことが上手いとは思えない。

まぁこれは『シティ・オブ・エンジェル』を観たときから分かっていたことではあるのですが、
男女2人の恋心が揺れ動きながら、徐々に一つになっていく過程を描くにあたって、
何か決定的な出来事や言葉、或いはキッカケを描けていないというのが致命的なんですよね。
これはヒロインを演じたエレン・ポンピオの描き方にしても同様で、もっと彼女を磨いて欲しかったですね。
おそらく作り手は、映画の途中にあったタイトルにもなっているローリング・ストーンズ≠フ
Moonlight Mile(ムーンライト・マイル)をバックに踊るシーンが、そのキッカケだったと主張したいのでしょうが、
残念ながら僕にはこのシーンが、そこまで魅力的なシーンだったとは思えないのが決定的でしたね。

まぁそれと、愛する恋人がベトナムへ出征して、無事に帰還することを待ちながら、
「男には3年間、アタシに指一本触れさせなかったの」とエレン・ポンピオ演じるバーティーが
アッサリとジョーと恋仲になるあたりも、分かるようで全然、よく分からない展開なんですがね(笑)。

特に映画の序盤は、ホントにツラい状況を描いた映画だったはずで、
真実は周囲に伝えられている状況とは違っていたとは言え、婚約者であり親友だった女性を失い、
自分自身でもやり場の無い感情を抱えていたはずで、周囲も彼にどのような言葉をかけるべきか、
悩んでいたはずで、ジョー自身もそう簡単に次のステップへは踏み出せなかったはずだ。

そんな大きな障害がある中で、すぐに郵便局員の女性に惹かれていくわけですから、
僕はもっと強い動機があって、ジョーの心が突き動かされたように描くべきだったと思うんですよね。

実はこれが恋愛映画にとっては、凄く大切なステップであって、
僕はこれをクリアしない限りは、恋愛映画の説得力など持たせることができないと思っております。
確かに、特に大きな理由などなしに、正に「運命」という言葉でしか説明がつかないような恋愛というのも、
この世には存在していて、それを映画の中で描くこともあるとは思いますが、少なくとも僕には本作で描かれた、
ジョーと郵便局員ノックスの恋愛はその類いではなかったと思っているんですよね。

とってもこの辺が勿体なくって、個人的にはジョーがベンの商売仲間と会うシーンなどに
時間を割くぐらいなら、もっとジョーとノックスの恋愛をキチッと描くべきだったと思うんですよね。

このジョーとノックスの恋愛のエピソードはブラッド・シルバーリングに起きた実話かどうかは知りませんが、
この映画の場合は、やはりジョーが次の人生のステップへと踏み出すキッカケを描くことは重要だったわけで、
ジョーとノックスの恋愛が長く成就するか否かはともかく、ジョーにとってはノックスとの恋愛にかけることは、
彼が前向きに生きていくことの表れであったはずで、本作のメインテーマですらあったはずなんですよね。

あとは、映画の後半でジョーが裁判で証言するのですが、
ここで彼がとった決断と、そんな彼の決断に対するベンらの反応にイマイチ、納得性を持てていないところかな。
ジョーの気持ちはよく分かるが、やはり彼が法廷で発言した内容は、遺族には理解し難い気がしますね。
それを理解し許容したベンらの心情を、もっとしっかり描けていれば、映画は変わっていたと思います。

全体としては、ひじょうに丁寧に作られた映画で好感が持てるのですが、
もう少しジョーの行動や発言に納得性が持たせられれば、映画は訴求力のある内容になっていたでしょうね。
(まぁ・・・撮りながらも、こういった一連のシーンはブラッド・シルバーリングにとってもツラかっただろうけど)

とは言え、前述したようにこれらの難点を補っても余りあるダスティン・ホフマンの好演。
どうやら、あまり評価されなかったみたいですが、僕の中では昨今の彼の出演作としては抜群に良く、
ひょっとしたら88年の『レインマン』以来の好演だったと言っても過言ではないかもしれません。

とまぁ・・・キャスティングには恵まれた作品ではあるのではありますが、
いかんせんブラッド・シルバーリングの演出に問題があるのか、映画に決定打がないのが残念ですね。
しかしながら、愛する人を喪失するにあたって、如何にして前向きな姿勢になっていくかという、
ひじょうに難しいテーマを取り扱った作品として、是非とも多くの方々に観て頂きたい作品の一つだ。

(上映時間116分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ブラッド・シルバーリング
製作 マーク・ジョンソン
    ブラッド・シルバーリング
脚本 ブラッド・シルバーリング
撮影 フェドン・パパマイケル
編集 リサ・ゼノ・チャージン
音楽 マーク・アイシャム
出演 ジェイク・ギレンホール
    ダスティン・ホフマン
    スーザン・サランドン
    ホリー・ハンター
    エレン・ポンピオ
    ダブニー・コールマン
    アレクシア・ランドー

2002年度ラスベガス映画批評家協会賞助演女優賞(スーザン・サランドン) 受賞