マネーボール(2011年アメリカ)

Moneyball

オークランド・アスレチックスのGMであるビリー・ビーンが着目した、
セイバーメトリクスを多用した野球を展開し、ワールド・シリーズ制覇を目指す姿を描いた伝記ドラマ。

監督は05年に『カポーティ』で評価されたベネット・ミラーで、野球を題材にしたハリウッドお得意の映画とは言え、
淡々と静かに野球界のビジネスの側面を描いたため、極めてドラマ性の高い作品となっていて、野球シーンは少ない。

日本のプロ野球でも、北海道日本ハムファイターズがセイバーメトリクスを参考に、
独自のベースボール評価システムを構築して、今となっては多くの球団でもセイバーメトリクスの考えを学び、
ある程度は統計に基づいた野球を展開するようになりましたが、未だにデータと経験の議論は絶えませんね。

最近ではお互いの良い部分を採り入れつつ実践するスタイルがメインになりつつある気がします。
どちらか一方に偏った方法論だと、なかなか長続きしない時代になってきたように感じますが、
これは勝手な持論かもしれませんが、多くの要素が絡み合うスポーツであり、且つ長く続くリーグ戦ともなれば
多くのチームが絡んでいるがために、これで絶対勝てるという方程式を作ることは、なかなか難しいのだろうと思う。

本作は別にセイバーメトリクスを肯定する目的でも、否定する目的でもなく、
新しい風を野球界に採り入れ、弱者の理論でどう勝つか、という大きなテーマに挑んだ男の物語というだけです。

実際、主人公のビリー・ビーンは運営予算としては、他球団に大きく劣るオークランド・アスレチックスという
チームのGMとして運営を任されるものの、次々と主力選手がFAで退団する中で永続的に勝てるチームを
作っていくかというミッションを課せられ、他球団と同じ“普通のやり方”では通用しないという危機感を抱いていた。

ビリーはもともと高校時代に有望なプレーヤーとして将来を嘱望される存在であり、
メジャーリーグのスカウトが突如として自宅に現れて、スタンフォード大学への推薦が約束されている中で
「進学かプロ入りか、どちらか選べ」と人生の選択を強いられてしまい、プロ入りを決断した過去がある。
しかし、野球選手として大成することはできず、素材に目をつけて良いことを並べて入団させるだけのスカウティングに
強い疑問を持ち続けていたわけで、アスレチックスもスカウティング方法の見直しを迫ったところ、猛反対を喰らう。

資金力のある球団であれば、それで良かったのかもしれませんが、
所詮は野球は点取りスポーツの競技であることを考えて、如何に効率良く点を取るかということだけ考え、
別に大物選手や“掘り出し物”を狙う必要はないのではないかと考え、出塁率の高いプレーヤーを集めようとします。

おそらくですが...この時のビリーと彼のアシスタントの論理は、今は反対されるところもあるでしょう。

特に日本の野球では盗塁や送りバント、進塁打を重要視する側面は今でも強いのですが、
本作で描かれるビリーの目指したチーム作りは、あくまで出塁率重視であり、盗塁は積極的には仕掛けない、
送りバントはしない、相手の送りバントは無理に刺しにいかない、守備はほどほどに出来ればいいというものでした。

これらの良いとこ取りをして、その時代に合った野球を目指したチーム編成を行うことは、
今やメジャーでは当たり前のアプローチとなっており、本作でも“金満球団”のように描かれていた、
ニューヨーク・ヤンキースでさえ今はセイバーメトリクスの考えを採り入れ、マネーボールの時代が本格到来しました。

実は本作で描かれたオークランド・アスレチックスも本作が映画化された頃には、
それまでチーム戦術として否定的であった送りバントや盗塁を、使うチームになっており、データ野球も変化している。
でも、僕は時代の流れってそういうものだと思う。新たな発想が出てきて、周囲から否定されながらやり遂げ、
成功するものもあれば失敗するものもある。そんな成功したものでも、新たな課題にブチ当たれば、低迷期が訪れ、
時にかつてのスタイルに戻したり、融合したりして、再びチームが上昇することもあるわけで、別に固執することはない。

結局はその時々の野球のスタイルに合わせて変化し、勝てばいいというわけで、
セイバーメトリクスにしても当たり前ではありますが、あくまで手段でしかなく目的ではないわけですね。
その時々によって、勝つための方法論は変わっていくは当たり前の話しで、実はかつてのやり方が良いということも
あるわけで、一概に何が正しく何が間違っているとも言い切れない。結局は、その時々の野球とチームに何が必要で、
何が合っているのかということを的確に見極め、そのための資源を如何に集めることができるか、ということである。

現代で言う、マネジメントのセオリーなのかもしれませんが、僕はそんなに難しく考える必要がなく、
結局どれだけ柔軟に出来るのか、ということだと思う。運も良かったのかもしれないが、ビリーの思い切った判断が
無ければ、当時のアスレチックスのチームは変えられないし、勝てる土台を作れなかったというだと思います。

とは言え、この時のビリーの方法論でワールド・シリーズに進出できて、優勝できるチーム作りができたのかと
言われると、僕には正直言って分からないですね(笑)。アスレチックスはワールド・シリーズの常連でもないし、
地区大会も頻繁に優勝できているわけではないですからね。それどこか、チーム成績の低迷もあってか、
観客動員数が伸び悩み、今となっては本拠地移転の報道もあって、色々と揺れているのは事実ですからね。

ちなみに2024年現在、ビリーは球団の副社長兼オーナー付きのシニア・アドバイザーとして球団に残っています。

本作の中でも、結構、キワどいところが描かれていて、もともとメジャーの選手であったビリーが
GMということで、現場の監督にスタメンを具体的に指示したり、勝手に放出したりと、結構な現場介入ぶり(笑)。
これだけ強引なGMがいたら、今なら週刊誌沙汰かもしれませんね(苦笑)。日本の球団にも、似た話しがありました。

それだけGMという立場は強権的にやろうと思えば、出来る立場であるということなのでしょうけど、
実際問題としてどこまでやるか、というのはチームやGMの人柄によって大きく異なるところでしょうけどね。

セイバーメトリクスが開発されたのは1970年代らしく、アメリカでも長らく見向きもされていなかったのですが、
アスレチックスでビリーが採り入れたことでアメリカでも注目されるようになります。ただ、日本では前述したように、
セイバーメトリクスをベースにしただけであって、完全に統計に基づく選手起用や戦術を練るというほどではない。
そういう意味で、日本ではヤクルト・スワローズ監督時代の野村 克也が提唱した“ID野球”が馴染みあるだろう。

長らく日本の野球界はKKD(経験・勘・度胸)が優先されていた世界で、それが日本の野球の先進化を
妨げてきたとまで言われていましたが、野村 克也は捕手としての経験から培われた感覚で、打たれる確率の低い
配球を集めたデータから分析し、そこから組み立てたり、シチュエーションに応じて考える野球を求めたものです。
野村 克也曰くは、かつてドン・ブレイザーから教わった“シンキング・ベースボール”に強い影響を受けたもので、
相手の癖や性格、調子を見極めて、状況に応じたプレーをしていくというもので、やっぱりアメリカ野球の影響でした。

ですので、アメリカではかなり早い段階から野球は頭を使う競技であると、認識して行動していた人がいたということ。

通常の野球映画を期待されてしまうと、少々キツいかもしれない。野球シーンに臨場感は希薄だし、
どこか平穏に淡々とドラマ描写を重ね、ひたすら人事の話しに終始している感じのせいか、異色な内容ではある。
別にセイバーメトリクスの詳細や、分析手法の詳細に触れている映画でもないので、物足りなさもあるのかもしれない。

ただ、弱者の理論の一つとも言える、予算をかけない編成のチームが莫大な予算を投じて
陣容を揃えたチームに勝つという醍醐味を描くという点で、トータル的に充実した作品として評価されるべきだと思う。
本作を観るだけで、ベネット・ミラーの器用さと繊細さと大胆さ、それぞれが見事に調和した能力を発揮している。

ひょっとしたら、プロ野球チームのGMを主人公にした映画というのは初めてかもしれない。
今までの野球映画では、どちらかと言えば、嫌なキャラクターとして描くということが多かったように思えるけど、
本作ではある種のギャンブル的な賭けにでざるをえないほどに追い込まれ、常に苦悩するようなキャラクターで
選手にトレードなど移籍を通告するでも、非情になり切らなければならないストレスを描いているのも興味深い。

それまでは仲間だと思っていた同僚からも、痛切に批判や非難を受け、目の前を去って行くツラさもある。

そして、そんな非情なビジネスマンの表情を見せながらも、彼には別れた元妻がいて、
離れ離れに暮らすことを強いられてしまった、愛娘もいる。常にマスコミからは強い批判に晒されて、
娘からも仕事の心配をされることも精神的負担となり、立場上の精神的な孤独と闘い続ける表情もあるのです。

そんな人間臭さを描きつつも、この映画のスゴいところは甘過ぎないラストを用意している点だ。
つまり、映画の中ではビリーの夢は道半ばなのである。夢は、彼の描いたチーム編成でワールド・シリーズ制覇。
これは達成してこそ、ビリーの夢は成就したと言えるのだろう。アスレチックスの今後に注目したいところですね。

(上映時間133分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ベネット・ミラー
製作 マイケル・デ・ルカ
   レイチェル・ホロヴィッツ
   ブラッド・ピット
原作 マイケル・ルイス
原案 スタン・チャーヴィン
脚本 スティーブン・ザイリアン
   アーロン・ソーキン
撮影 ウォーリー・フィスター
編集 クリストファー・テレフセン
音楽 マイケル・ダナ
出演 ブラッド・ピット
   ジョナ・ヒル
   フィリップ・シーモア・ホフマン
   ロビン・ライト
   クリス・プラット
   ケリス・ドーシー
   スティーブン・ビショップ
   ブレント・ジェニングス
   ニック・ポラッツォ

2011年度アカデミー作品賞 ノミネート
2011年度アカデミー主演男優賞(ブラッド・ピット) ノミネート
2011年度アカデミー助演男優賞(ジョナ・ヒル) ノミネート
2011年度アカデミー脚色賞(スタン・チャーヴィン、スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) ノミネート
2011年度アカデミー音響調整賞 ノミネート
2011年度アカデミー編集賞(クリストファー・テレフセン) ノミネート
2011年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ブラッド・ピット) 受賞
2011年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ブラッド・ピット) 受賞
2011年度ニューヨーク映画批評家協会賞脚本賞(スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) 受賞
2011年度ボストン映画批評家協会賞主演男優賞(ブラッド・ピット) 受賞
2011年度ボストン映画批評家協会賞脚本賞(スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) 受賞
2011年度ラスベガス映画批評家協会賞脚本賞(スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) 受賞
2011年度シカゴ映画批評家協会賞脚色賞(スタン・チャーヴィン、スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) 受賞
2011年度サンディエゴ映画批評家協会賞脚色賞(スタン・チャーヴィン、スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) 受賞
2011年度デトロイト映画批評家協会賞脚本賞(スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) 受賞
2011年度オクラホマ映画批評家協会賞脚色賞(スタン・チャーヴィン、スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) 受賞
2011年度カンザス・シティ映画批評家協会賞脚色賞(スタン・チャーヴィン、スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) 受賞
2011年度デンバー映画批評家協会賞主演男優賞(ブラッド・ピット) 受賞
2011年度アイオワ映画批評家協会賞主演男優賞(ブラッド・ピット) 受賞
2011年度ジョージア映画批評家協会賞主演男優賞(ブラッド・ピット) 受賞
2011年度ジョージア映画批評家協会賞脚色賞(スタン・チャーヴィン、スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) 受賞
2011年度トロント映画批評家協会賞脚本賞(スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン) 受賞