ミッシング(1982年アメリカ)

Missing

これは実に素晴らしい、圧倒される大傑作だと思う。

確かに派手さはない地味な映画です。いつもは『Z』などでは政治的にシニカルな笑いで、
茶化す部分があるのがコンスタンチン・コスタ=ガブラスの監督作品なのですが、本作はシリアス一辺倒だ。
どうやら実話をモデルに映画化したということで、あまり派手な脚色を施すことは選択しなかったようですね。

73年、チリで起きた軍事クーデターの最中にアメリカ人男性が行方不明となった事件をモデルにして、
実はこのアメリカ人男性は、国際的に報じられていないクーデターを起こした勢力と米軍が内通している事実を知り、
それを察知した米軍側も、逮捕したアメリカ人男性の処罰を黙認していたのではないかと疑いを持つ様子を描きます。

この映画、何より僕が感銘を受けたのは、政治的な部分が人命をも飲み込んでしまう恐ろしさなど、
社会派映画としての側面に於いて優れた訴求力を持っているということもあるのですが、
それ以上に、遠く離れた異国の地で親世代の価値観では到底理解できない左翼的な息子と彼の妻が
現地でどういった足跡を残していたのかを知るにつけ、義理の娘と衝突しながらも次第に打ち解け合い、
純粋に親として行方不明となった息子を追い求める姿をドキュメントした作品として、もの凄い力を持っていることだ。

そして、その力強さと対極するように、映画のラストでは急に観客を突き放す。
これはコンスタンチン・コスタ=ガブラスらしいところではあるのですが、それでもこのやるせなさは突き抜けている。

空港の搭乗口へと続く長い連絡通路を、ゆっくりとした足取りでどこか力無さげに歩く後ろ姿が
何よりもこの映画の中身を雄弁に物語っている。僕は本作のこのラストは、映画史に残る名シーンと言っていいと思う。
行方不明の息子を探し続ける父を演じたジャック・レモンは、こういう静かな映画で静かな芝居をさせても実に上手い。
本作のハイライトではありますが、大勢の聴衆がいるスタジアムで息子にマイクで呼びかける姿は、なんとも切ない。

おそらく幾度となく親子は衝突したのでしょう。息子はまるで親の言うことは聞かなかったのだろう。
そんな息子のことを親も拒絶していたのかもしれない。しかし、それでも異国の地で行方不明ともなれば、
普段は言わなかったことを言い、沸き立つ感情を抑えられなくなる。そんな人間らしさを、実に巧みに表現している。

映画の前半で描かれていますが、本作は軍事クーデターが起き、戒厳令が敷かれて、
夜間外出禁止令が出ている市街地の緊張感を、見事に表現できている。この緊張感は半端ないものだろう。
街を練り歩く軍人たちはやりたい放題やってるし、怪しげな外国人は片っ端から逮捕拘束してしまう身勝手さ。
そんな中で、現地の情勢をアメリカはじめ世界各国へ知らせたいとジャーナリストたちが残って活動しますが、
いつ自分たちが目をつけられるか分からない、得体の知れない恐怖をなかなか上手く画面に吹き込んでいますね。

ジャック・レモン演じる行方不明になった息子を探し続ける父エドワードは、
ニューヨークで成功したビジネスマンであり、合衆国政府を信じている、いわゆる保守層である。
だからこそ、反政府的とも解釈されかねない息子夫婦の行動・思想を理解できないところがあって、
義理の娘のSOSを聞き業を煮やしたようにチリへ渡航してきている。しかも出国前にはアメリカで議員に働きかけ、
チリでかなり優遇されるように根回しをしてきており、国を味方につければ事件は解決すると信じているのである。

それは決して間違った手段だとは思わないし、アメリカ国民という立場からすると、当然のことでしょう。
どんな手段をとるにしても、息子を無事に取り戻すという目的が達成されればいいのですから。

しかし、その目論見は見事に裏切られる。在チリの大使館連中は全くアテにならず、
怪しげな軍人たちもウロチョロする環境であり、調査を依頼してもロクすっぽ行動せずに、適当な報告をする。
オマケに義理の娘は感情的になって、現地の大使たちといがみ合いになり、捜査は一向に進展しません。

本作はそんなジレったい捜査の過程をジックリと描いており、何とも言えないニュアンスのラストに向っていく・・・。

この虚しくも、物悲しいラストがあるからこそ、本作は傑作になった。この無情感、虚脱感が何とも言えない。
明日への希望など微塵も感じさせないラストではあるが、体制に飲み込まれ翻弄された人々の想いというのを
言葉ではなく後ろ姿で表現するという素晴らしいラストだ。親身を装って、いい加減なことしか言わない連中に
振り回されるだけの映画と言えば、それは否定できないのですが、本作はこのラストのためにある作品と言っていい。

勿論、コンスタンチン・コスタ=ガブラスのことですから政治的なメッセージが無いわけでもないのだろうけど、
本作で最も強く描きたかったであろうことは、このラストの後ろ姿そのものであったのではないかと思います。
足取りに力強さなど微塵も感じさせませんが、僕はこんなに力強いラストはなかなか無いものだと思っています。

確かに大きな組織である国家を相手にするサスペンスだと思うと、少々見劣りするだろうけど、
僕は本作の主旨はそこじゃなく、否定的に考えていた息子夫婦の足跡を辿るにつれ、それをなんとか拾い集めて、
無事に奪還しようとするものの、時機が遅すぎた現実の残酷さ、それを拾い集める虚しさにあるような気がします。
幾度となくフラッシュ・バックの中で「このタイミングでなければ・・・」という考えを巡らせられる構成になっていて、
往々にして人生とはそういうものですが、あらためて人生とは後悔の連続であると僕は思わせられましたね。

そう聞くと、後ろ向きな映画に聞こえるし、確かにポジティヴな映画とは言い難い。
社会派映画としての表情もあるので、明るい映画を観たい人には向かないかもしれませんが、
息子の足跡を一つ一つ辿りながら、なんとか近づこうとする姿が何とも痛ましくも、感動的ですらあると思います。

同じ年に『ブレードランナー』の音楽で評価されたヴァンゲリスが、本作のメインテーマを作曲していて、
どこか物悲しくも彼らしい美しさある旋律なのですが、このメインテーマの曲も映画を彩っていて、実に素晴らしい。

本作はアカデミー作品賞にノミネートされ、カンヌ国際映画祭ではグランプリを獲得しました。
対外的な評価は十分に得たとは思いますが、やはり本作で出色なのはジャック・レモンの味わい深い芝居だろう。
当時、若手女優としてブレイクしていたシシー・スペーセクとのガップリ四つになった芝居合戦も見応え十分だ。
僕は喜劇役者としてのジャック・レモンも好きだけど、本作のようなシリアスな映画のジャック・レモンの方が良いと思う。

映画の序盤では、業を煮やして現地にやって来たように見えて、政府関係筋に手を回せば
色々とやってくれるはずで、必ず見つかるはずと信じていたものの、次第にそのような現実ではないことに気付き、
単独で動き出すものの、民間人が伝手の無い異国の地で行動しても、なかなか上手くいかないもどかしさに変わる。

本作のスパイスが利いているなぁと感じたのは、エドワードが「合衆国がお前らを野放しにするわけがない!」と
警告をして帰国の途につくわけですが、こんな酷い仕打ちにあいながらも尚、国を信じるということを捨てられない。
別にエドワードが洗脳を受けているわけではないのですが、ビジネスで成功しているという彼の背景もあるのだろう。
人はそう簡単に変わることができないということの証左でもあるかもしれないが、国を信じても息子は帰って来ない。

映画の前半で描かれていますが、戒厳令が敷かれ夜間外出令が出ているにも関わらず、
夕方になって移動手段を失ってしまったことが原因で、帰宅することは勿論のこと身を寄せる場所も無く、
軍隊がうろつき、その辺で虐殺行為を行っている中で屋外で逃げ回らなければならないシーンは、凄まじい緊張感。

外国人であるがゆえ、ターゲットにされる可能性が高く、安全な場所の確保は必須である。
そういう意味で、エドワードの息子夫婦は警戒心が足りなくも見えるが、それでも大使館の仕打ちは酷い。
現地に滞在する自国民を保護する様子もなく、安全情報を出すわけでもなく、何のために存在しているのか分からない。

映画のラストシーンで、図々しくも大使館の職員が“送料”について話すシーンにも腹が立つ。
ただ、これが現実なのだろう。妙に生々しく、本作の作り手が敢えて誇張しないスタンスであることを象徴する。

救いが一切ない映画ではありますが、シリアスな社会派映画好きな人にはオススメしたい作品です。
ギリシア出身のコンスタンチン・コスタ=ガブラス監督の一つの到達点とも言うべき傑作であると思います。

(上映時間122分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 コンスタンチン・コスタ=ガブラス
製作 エドワード・ルイス
   ミルドレッド・ルイス
原作 トーマス・ハウザー
脚本 コンスタンチン・コスタ=ガブラス
   ドナルド・スチュワート
撮影 リカルド・アロノビッチ
音楽 ヴァンゲリス
出演 ジャック・レモン
   シシー・スペーセク
   ジョン・シーア
   メラニー・メイロン
   チャールズ・シオッフィ

1982年度アカデミー作品賞 ノミネート
1982年度アカデミー主演男優賞(ジャック・レモン) ノミネート
1982年度アカデミー主演女優賞(シシー・スペーセク) ノミネート
1982年度アカデミー脚色賞(コンスタンチン・コスタ=ガブラス、ドナルド・スチュワート) 受賞
1982年度イギリス・アカデミー賞脚色賞(コンスタンチン・コスタ=ガブラス、ドナルド・スチュワート) 受賞
1982年度イギリス・アカデミー賞編集賞 受賞
1982年度全米脚本家組合賞脚色賞<ドラマ部門>(コンスタンチン・コスタ=ガブラス、ドナルド・スチュワート) 受賞
1982年度ロンドン映画批評家協会賞作品賞 受賞
1982年度ロンドン映画批評家協会賞監督賞(コンスタンチン・コスタ=ガブラス) 受賞
1982年度ロンドン映画批評家協会賞脚本賞(コンスタンチン・コスタ=ガブラス、ドナルド・スチュワート) 受賞
1982年度カンヌ国際映画祭パルム・ドール 受賞
1982年度カンヌ国際映画祭主演男優賞(ジャック・レモン) 受賞