ミザリー(1990年アメリカ)

Misery

スティーブン・キング原作の同名小説の映画化で、熱狂的な小説家のファンが一方的な想いを募らせ、
残酷で猟奇的なアプローチで、事故に遭い寝たきりになった人気小説家を監禁するサイコ・サスペンス。

熱狂的を通り越して、常軌を逸したファンを演じたキャシー・ベーツがオスカーを獲得しましたが、
終始、寝たきりの小説家ポールを演じたジェームズ・カーンも、凄く難しい役どころでしたが、見事に演じ切っている。

まぁ、正直言って、映画の出来としては傑作というほどではないと思うのですが、
それでもロブ・ライナーの手堅い演出のおかげで、ほど良い緊張感が最後の最後まで持続する心理描写に優れ、
もう少し抑制的にショック描写を表現できていれば尚良かったとは思いますが、よく頑張った映画だと思います。

何より、看護師を名乗るアンを演じたキャシー・ベーツの感情の起伏の激しい芝居は絶品で、
世の中にも、怒りの“導火線”がどこにあるのかよく分からないぐらい感情の波が激しく、周囲を困惑させる人って、
たまにいますけど、その典型的なパターンという感じで、突如として感情が暴走して、一方的に激昂する。
このまくし立てる様子は圧巻で、冷静に聞くと彼女が言っていることはムチャクチャなのですが、
こうも一方的に言われると、相手も冷静さを失って落ち着いて聞くことができず、ただただ圧倒されてしまうでしょう。

しかもサイコパスな目つきを見せるので、何をしでかすかは分からない恐怖を感じて、
アンには何も言えなくなってしまう。その彼女の支配感が圧倒的で、直情的な感情表現が凄まじい。

この辺は、おそらく賛否両論あると思う。アンが映画の序盤から、いきなり激昂するので、
なんだか一方的でついて行けないと感じる人もいるでしょう。個人的には単刀直入な感じで嫌いではないけど、
どうやらスティーブン・キングの原作では、ジワジワとアンの本性が分かっていく恐怖があるそうなので、
小説とのギャップが気になる人にとっては、否定的な意見を持つのかもしれないけど、まぁ映画はあくまで映画ですから。

映画は大きく4つの構成に分かれている。
1つ目は、ポールが単独事故を起こして、瀕死の重傷を負い、彼をアンが助け介抱するエピソードだ。

ポールはポールで、ロッジで完成した原稿を愛車を吹雪の中、走らせて山道を下るのですが、
積雪状態でそれなりに運転が難しい路面状況で、更に吹雪の中、カーブが21kmも続く山道を下るという、
緊張の連続のような運転のところを、随分と軽快に走っていて、ド派手にコントロールを失い、単独事故を起こす。

彼を助け出した自称・看護師のアンは、何故かポールを治療できる環境が家に整っていて、
謎に鎮痛剤などの薬を持って来るという、どこか不気味な感じ。普通に考えれば、医師でもないのに
あんなに充実した薬剤を所有していて、点滴まで打てるなんて変だ。しかし、寝たきりのポールは従うしかありません。

2つ目は、実はポールの大ファンであるというアンが、常軌を逸した行動を予期させるというエピソードだ。

ポールが書いた『ミザリー』シリーズの小説の内容に関しては、隅々まで詳しく記憶しており、
原作者であるポールですら面を喰らうくらいですが、ポールが書いていた新作の原稿を読むと様子が一変します。
内容がまるで気に食わなかったアンは、突如としてポールに対して激昂し暴言を吐きまくり、威圧的な態度をとります。
それまではポールの治療をしてくれるものだと思えたアンが、その逆の行動をとり始めるという豹変っぷり。

あまりの豹変に呆気にとられるポールですが、すぐに「これは危険だ」と察知します。
エスカレートする前になんとかしたいという感情がにじみ出ますが、寝たきりである以上、どうとも出来ません。

3つ目は、ポールが事実上の監禁状態になり、八方塞がりの中でも脱出の糸口を探すというエピソードだ。

肉体的に出来ることは限られているし、常にアンの監視下に置かれているために、猶予は多くはない。
あらゆる観点からアンを出し抜こうと画策しますが、なかなか上手くいきません。孤立無援、次第にポールは焦ります。
この辺の焦燥感というか、解決方法の糸口が見えない展開はなかなか上手く、映画のムードが盛り上がります。

そして最後は、ついにアンの狂気がポールに直接的に向かうというエピソードですね。
ここから一気に映画はクライマックスへと階段を駆け上がっていく、というか...駆け下りていくというか。。。

ロブ・ライナーの起承転結がハッキリとした映画の構成が正解で、実に観易い内容になっている。
映画化する上で無駄になる部分を全て削ぎ落した感じで、映画全体が引き締まった感じでとても良い。
青春映画を撮ったり恋愛映画を撮ったり、コメディを撮ったりとロブ・ライナーはとても器用な人ですが、
本作は他作品と比べても、引けをとらない出来であり、相応にエンターテイメント性もあってバランスのとれた作品だ。

同じスティーブン・キングの原作である『シャイニング』を、スタンリー・キューブリックが80年に映画化しているけど、
本作でのロブ・ライナーもどことなく『シャイニング』に映画の雰囲気を似せつつも、違ったテイストを残している。

「あなたの1番のファンです」がアンの名台詞であったために、映画のクライマックスで
ポールが幻想に悩まされていることを語るシーンで、この名台詞が彼の脳裏から離れないことを象徴している。
これって、普通ならトラウマのように汗噴き出すほどの緊張感に苛まれるシーンのような気もするのですが、
本作でのポールは、どこか「もう慣れたよ」と言わんばかりに、消えないアンの幻影を見続けている、
まるで未だ五里霧中と言わんばかりに、この幻影に対処し切れずに困惑しているかのような表情を見せている。

でも、この不気味さをショッキングなものとして描かないというのは、ロブ・ライナー独自の切り口ですね。
同じシーンをスタンリー・キューブリックが描いていたなら、もっとインパクトのある撮り方をしていたでしょう。
これは別にロブ・ライナーの切り口が間違いであるということではなく、映画の“味付け”の違いなのでしょうね。

映画が進むにつれて、観客も気づかされるところですが、
劇中、アンはポールのファンであり、彼が愛おしいという言葉を聞くので、一人の小説家の熱烈なファンの暴走と
捉えがちなところがあると思うのですが、僕はアンがポールのファンというより、単に“ミザリー”のファンなだけで、
自分の意図しない方向性に“ミザリー”が傾いたことを知ると、ポールを“ミザリー”に危害を加える者として、
排除しようとし、強制的に修正させるという強烈なまでの自分勝手な読者というだけなのだと思いますね。

ポールを介抱していたときは、まだポールのファンのつもりでいたのかもしれませんが、
いざポールが違うベクトルを目指していることに気づくと、ポールを邪魔者として排除しようとするのです。

現実にこういうファンもいると思うし、暴走して事件化することも起こり得ると思う。
特に熱心なファンがいるシリーズなんて、シリーズが肥大化すればするほど、終わり方が難しくなるでしょうしね。

欲を言えば、アニーの過去についてはもっと丁寧に描いて欲しかったかな。
新聞の切り抜きで一生懸命説明しようとしていることは分かるのですが、アニーの過去と“ミザリー”の関係など
何かしらの示唆的なメッセージが強く描かれていれば、アニーの過去の重要性がもっと高まったはずだ。
このままでは、ポールが知る驚愕の事実の一つにしかすぎず、映画の中で重要な位置づけになり切れない。

そうではなく、アニーの過去はポールの監禁に至るまでの過程で、もっと重要な意味合いがあったはず。

本作はほとんどのシーンで、ジェームズ・カーンとキャシー・ベーツの演技合戦なので、
この2人ばかりが話題になっていましたが、地味に行方不明になったポールを捜索する老警察官として、
老いてから映画俳優としてデビューし、遺作となった00年の『ストレイト・ストーリー』で話題となった、
リチャード・ファーンズワースが渋い存在感を示していたり、ポールの編集担当者としてベテラン女優の
ローレン・バコールが要所で出演していたりと、脇役のキャスティングも豪華なことに注目したい。

これも、ロブ・ライナーの人徳の成せる業(ワザ)と言ってもいいのかもしれない。

(上映時間107分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ロブ・ライナー
製作 アンドリュー・シェイマン
   ロブ・ライナー
原作 スティーブン・キング
脚本 ウィリアム・ゴールドマン
撮影 バリー・ソネンフェルド
編集 ロバート・レイトン
音楽 マーク・シェイマン
出演 ジェームズ・カーン
   キャシー・ベーツ
   ローレン・バコール
   リチャード・ファーンズワース
   フランシス・スタンハーゲン
   グレアム・ジャーヴィス
   ジェリー・ポッター

1990年度アカデミー主演女優賞(キャシー・ベーツ) 受賞
1990年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ドラマ部門>(キャシー・ベーツ) 受賞