マイノリティ・リポート(2002年アメリカ)

Minority Report

本作の企画が立ち上がった当時、鳴り物入りで映画雑誌などで取り上げられていて、
フィリップ・K・ディックの原作をスピルバーグが監督するということで、期待値も高かった記憶があります。

ただ、スピルバーグは本作の前年に『A.T.』で賛否両論であったためか、
なんだか微妙な感じで劇場公開に至ったような気がしましたけど、そこそこヒットはしていました。
とは言え、スピルバーグの監督作品としては代表作として挙げられることもないですし、今は影が薄い作品に思える。

僕は結構好きなんだけどな、この映画。そりゃ、フィリップ・K・ディックみたいな多くのファンがいる、
SF小説家の短編小説の映画化ともなれば、原作のファンから厳しい意見をぶつけられることもあるだろうけど、
本作は純然たるエンターテイメントとして、実に立派に成立してます。尺の長さは気になるけど、なかなか面白いと思う。

映画は“プリコグ”と呼ばれる3人の犯罪預言者が、確実な殺人予言が出来るということで、
実験的にワシントンDCで、これから起こる殺人事件を未然に犯人確保するということが現実になった2054年。
実験開始から6年が経ち、“プリコグ”を保有する犯罪予防局の取り組みを、アメリカ全土に広めようとする動きを前に
ウットワーという査察官が入り、犯罪が起こる前に犯人を検挙するという手法に問題がないのか、調査を始めます。

そんな調査に警戒心を強める局長バージェスは、犯罪予防局の担当主任であるジョンに注意するよう伝えます。
しかし、ジョンは6年前に市民プールで息子を誘拐され、以来、妻と別居し薬物中毒になるという問題を抱えていた。

ジョンの私生活での問題も察知したウィットワーですが、ある日、“プリコグ”が予言した殺人事件の
犯人がジョンであり、被害者はジョン自身、まったく知らない人物であるということを知り、ジョンは同僚たちの
追跡を交わしながら、“プリコグ”の予言に誤りが起こる可能性はないのか、単独で調査を行い始めます。
映画はジョンの逃走劇を、実にスリリングに描いており、2時間を大きく超える上映時間であるも、中ダルみしない。

途中で網膜スキャン(?)を欺くためにと、怪しげな眼科と交渉して、
違う人物の眼球と入れ替える手術を受けたりして、摘出した眼球をビニールに入れて持ち歩くなど、
結構グロい描写もあるにはあるのですが、映画全体のバランスを上手くとっている印象で、クオリティは高いと感じた。

スロープのようならせん状の廊下を、眼球だけがコロコロ転がっていったり、
犯罪予防局がゲロ吐かせ装置みたいなものを武器として使っているなど、半ばギャグのようなシーンもある。

この辺が深刻になり過ぎないスピルバーグの良さでもあるのかもしれないけど、
僕個人としての意見としては、あくまでシンプルに追いかけっこやアクションに注力して欲しかったというのが本音。
映画の中盤になる、ジョンがダウンタウンっぽい雰囲気の場所のアパートに逃げ込むシーンで、追跡者ともみ合い、
上の階の床に突き破ってしまうシーンなんかは、少々ギャグっぽく描き過ぎましたね。あれでは完全にコメディです。
ただ、厄介なところは本作のカラーに完全に馴染み切っていないですね。あそこだけコミカルに描くのは、不可解です。

ああいう演出は如何にもスピルバーグらしいなぁと思う反面、本作にはそういう“遊び”はいらなかったなぁ。
もっとダークなSFアクションに徹しても良かったと思うのですが、スピルバーグにもこだわりがあるのかもしれない。

科学は再現性が必要...というのが一般的な考えですが、一方で実験をやると感じますが、
特に生物学的な分野では必ずしも100%そうなる、という結果が得られるわけではない。そのために統計を使う。
多くが有意差検定をやったりしますけど、こういう実験結果の中には外れ値や、不都合な結果というのがあるものです。

本作のタイトルにもなっている、Minority Report(少数報告)とは正しく、その不都合な結果のこと。
期待されない結果になった少数事例というわけで、一般にリスク・コミュニケーションをとる上では、重要なものです。
この少数報告を如何に把握するかで、想定外を減らすということになるし、リスクを的確に把握することになります。

本作の少数報告で焦点となるのは、“プリコグ”が見る殺人予言が現実にはそうならなかった事例が
どれだけあるのかということで、これは人がやることですので、ウィットワーが指摘した通り、
犯罪が起こる前に未然に身柄を押さえてしまうことで、明らかに未来が変わり、殺人が起きない未来に変わる。
これでは“プリコグ”の予言の正しさを検証できないわけで、ロジック的にはとても面白い着想点だったと思います。

やっぱり、本作もヤヌス・カミンスキーのカメラは良いと思う。特にシリアスなスピルバーグの映画にはよく合う。
ヴィジュアル的な彩りを一切排し、どこか寒々しく無機質なデザインと色使いに執着し、近未来感を演出している。
おそらく、こんな2054年は訪れないだろうと思えてしまうけど、それでもこのヴィジュアルの統一感は実に素晴らしい。
(いわゆる“銀残し”という処理を施していて、敢えて彩度の低い映像にして独特なヴィジュアルになっている)

少々、イージーな意見ではありますが...僕はフィリップ・K・ディックの原作を読んでいたわけではないにしろ、
この映画で描かれる罠にハメられたジョンを事件の真相が、あまりに安直過ぎる気がした。これはウィットワーの
扱いにも同様のことが言えて、映画の結構早い段階で「おそらく、こんな結末だろう」という思えてしまうのが残念。
(そして、その勝手な予想の通りに、映画が進行してしまう・・・)

ウィットワーは重要人物として描かれていて、演じるのも当時売り出し中だったコリン・ファレル。
実際に本作にとって、重要な役柄ではあったのですが、なんとなく途中から彼の運命が読めてしまう。
これは怪しさ満点のマックス・フォン・シドーが出演しているからこそ、尚更そう思えてしまったのでしょうけど・・・。

主人公ジョンがピーター・ストーメア演じる怪しげな医師を頼って、眼球の手術を受けに行くシーンで
まぶたを治具で開いて眼球を露出させるシーンは、まるでジョンが拷問を受けているかのような演出でグロテスクだ。
このシーンなんかは、『A.T.』でキューブリックの遺志を引き継いだスピルバーグなりのオマージュなんかもしれない。

劇場公開当時は、「スピルバーグのヤッツケ仕事だ」みたいな酷評を読んだ記憶もありますが、
僕は最初に本作を観る前に、そういった意見を読んでいたせいか、そこまで高い期待を持ってなかったおかげで、
予想を遥かに上回る充実度を誇る作品で、これはヤッツケ仕事などといったレヴェルの作品ではないと思います。

やはりフィリップ・K・ディックのような熱心な原作者のファンがいる場合は、映画化が難しいですね。
本作も短編小説の映画化とは言え、映画としての常識的な尺に収める必要があるので、制約があるわけですね。

そのため、如何に脚色するかということがポイントで、その中には映画流にアレンジすることになるわけです。
その点、本作も同様に脚色しているでの、おそらくフィリップ・K・ディックの世界観が好きな人からすれば、
チョット違うなぁと思える部分が多く出てくる。しかし、僕はスピルバーグなりに原作へのリスペクトはあると思う。
ある一定の不条理さというのが込められていて、主人公が薬物中毒であるという設定も原作通りに残している。

ちなみに、スピルバーグのどういう想いが込められていたのかは分からないが、
映画の中では、89年から北米で展開していたレクサスの自動車工場内を主人公が逃走するというシーンがある。
本作が劇場公開された際は、日本ではまだレクサスのブランドを展開していなかったのですが、2054年という未来に
レクサスが事業展開されているという設定で、スピルバーグが映画を撮っているというのが、なんとも面白かった。

それから、本作で描かれた2054年像という意味では、網膜スキャンが多用されているという点や
商業施設や駅などに行くと、個人に向かって話しかけてくる広告があるなど、なんとも興味深い未来として描かれる。
2002年には無かったけど、現代ではデジタルサイネージといった広告が一般化されてますから、もっと時代が進むと
本作で描かれたような個人に対応した液晶広告というのが、広く実用化される時代が来るのかもしれませんね。

主演のトム・クルーズは相変わらずの大活躍。少々、アクションが物足りないかもしれませんが、
珍しくメンタル的にダークな部分がある男を演じていて興味深い。個人的には“プリコグ”でリーダー的な存在である、
アガサを演じたサマンサ・モートンが印象的だっただけに、クライマックスはもっと見せ場を作ってあげて欲しかったが、
単に犯罪予知のためだけに登場するキャラクターなので、これ以上の工夫は難しかったのかもしれませんね。

トム・クルーズとサマンサ・モートンが2人が逃走してデパートに逃げ込むシーンでは、
アガサが“プリコグ”としての能力をフルに使って、追跡者たちに見つけられないように、徹底して予知しまくって、
ジョンが紙一重で見つからないように逃げていくシーンが面白い。ヤケになったのか、予知して未来を変えまくる。

これが出来るなら、アガサと行動を共にしていたら絶対に捕まらないような気がするのですが・・・(苦笑)。

(上映時間145分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 スティーブン・スピルバーグ
製作 ボニー・カーティス
   ジェラルド・R・モーレン
   ヤン・デ・ボン
   ウォルター・F・パークス
原作 フィリップ・K・ディック
脚本 ジョン・コーエン
   スコット・フランク
撮影 ヤヌス・カミンスキー
音楽 ジョン・ウィリアムズ
出演 トム・クルーズ
   コリン・ファレル
   サマンサ・モートン
   マックス・フォン・シドー
   ロイス・スミス
   ピーター・ストーメア
   ティム・ブレイク・ネルソン
   スティーブ・ハリス
   キャサリン・モリス

2002年度アカデミー音響賞 ノミネート