ミルク(2008年アメリカ)

Milk

サンフランシスコ市議として、77年に当選し、
78年11月にサンフランシスコ市庁舎内で、かつて同僚であった市議、ダン・ホワイトに殺害された、
ゲイであることを公表して当選した初めての議員であったハーヴィー・ミルクの想いを描いた政治ドラマ。

彼はニューヨークに暮らしていた時代、自身がゲイであることを隠し、
恋人である男性との交際もコソコソしながら行い、結果として彼が肉体関係を持った4人の男性のうち、
3人が自殺未遂を行っていたという事実を重大に受け止め、ハーヴィーはそれまでの生活を変え、
全てのゲイの人々が自らを誇りに思い、堂々と生活できる環境を求め、政治活動に身を投じることを決意します。

99年にタイム誌は“20世紀を代表する100人の英雄”というテーマで、
ハーヴィーを選出しており、今から30〜40年前という比較的、近い時期にこのような歴史があったと知ると、
セクシャル・マイノリティに対する理解というのは、まだまだ進んでいないということを改めて実感させられる。

本作の監督をした、ガス・ヴァン・サントもゲイであることをカミングアウトしており、
かつては97年に『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』などで高く評価されており、
すっかりハリウッドでも地位を確立した映像作家で、僕も凄く力のあるディレクターだと思っているのですが、
どうしても一つだけ気になるところがあるとすれば、何故か彼は首つり自殺を撮りたがる傾向にあるということ。

正直言って、これはあまり好きな演出ではない。

時に映画を撮影する上で、どうしても避けては通れないことがあるのは認めますが、
どうもガス・ヴァン・サントの映画を観ていると、好んでこういうシーンを撮っているようにしか思えない部分がある。
本作なんかは、僕にはあまり必要性が高くはないようにしか思えず、「どうして、こういうことすんだろう?」と、
撮ったガス・ヴァン・サントの見識を疑いたくなってしまう。撮るにしても、もっと良い撮り方があるだろう。

こういうのをリアルだと言って褒めるというのは、個人的には違和感を感じるんですよね。
別にガス・ヴァン・サントも悪意があって、こういうシーンを撮っているわけではないだろうけど、
言い換えると、こういう演出に抵抗が無いという感覚に、どうも僕はついて行けないんですよね。

それを除けば、本作の出来は極めて高く、実に充実した作品だと思う。

まぁ・・・多少は、ハーヴィーの姿を美化して描いた節はあるのだろうが、
これ本作で描かれたことが事実であれば、“20世紀を代表する100人の英雄”に選ばれるのも頷ける。
こういう歴史は少なからずとも、日本でもあったのだろうけど、ここまで行動できた人物は聞いたことがありません。

何せ、ゲイの公民権を失わないためとは言え、
ゲイのコミュニティを自らまとめ、巨大な勢力へと束ねて闘うということを、現実にしたことが素晴らしい。

まぁ、どうやらゲイの代表という存在に留まらず、政治家としての野心もハーヴィーにはあったらしいけど、
それでも当時としても、これだけ行動力があって、保守層に必死に抵抗するシンボルとして、
サンフランシスコの一つの象徴となったことは、実に偉大である。後にも先にも、おそらく彼だけだろう。

本作はアカデミー作品賞含む、主要8部門でノミネートされましたが、
やはり2度目のアカデミー主演男優賞受賞となった、ミルクを演じたショーン・ペンはやはり凄い。
ルックスはそこまででもないが、立ち振る舞い、喋り方など実在のハーヴィーにかなり似ている。
おそらくかなり研究したのでしょうけど、本作でのショーン・ペンにはオスカーの価値ありましたねぇ。

ミルク自身、選挙に勝つことを意識して選挙活動に身を投じ、
異なる選挙区から出てきたダン・ホワイトの存在に、どこか親近感を感じていたのか、
当初はホワイトに故意に近づこうとしますが、どこか同性愛者に冷たいホワイトとの間に
次第に微妙な距離が生じ始め、やがて世間から注目を浴びるハーヴィーとの距離は大きくなってしまいます。

注目度の高いハーヴィーに対して、期待されて市議となったホワイトは
政治家としてなかなか上手くいかず、経済的にも困窮してしまったホワイトはハーヴィーに敵意を見せ始めます。

結果的にホワイトは78年11月にサンフランシスコ市庁舎で前代未聞な犯行に及び、
警察に逮捕されるのですが、計画的殺人ではなかったとの判決が出て、何故か7年しか服役していません。
この裁判に激怒したハーヴィーの支持者であった同性愛者のコミュニティが、暴動を起こしています。

7年間の服役を終えて、出所することが話題となったホワイトですが、
当時のサンフランシスコ市長が、「彼にはサンフランシスコに戻ってきて欲しくはない」とコメントを出したものの、
ホワイトは家族のいるサンフランシスコに戻ってくるのですが、さすがに時代が変わっていたせいか、
周囲はホワイトに対して冷たく、なかなか上手くいかなかったことから、ホワイトは自ら命を絶ってしまいます。

ガス・ヴァン・サントはホワイトの描き方に関しては、かなり配慮しているような気はしましたね。
できる限り彼の主観が入らないように気をつけている感じで、これは映画にとって良い方向に機能したかな。

どうやら、シナリオも高く評価されたみたいですが、
この映画の場合は、むしろオーソドックスなシナリオをガス・ヴァン・サントが上手くバランスをとり、
嫌味にならない程度にハーヴィーのドラマを演出できたことに功績があると思う。
ガス・ヴァン・サントでなければ、ここまで魅力的な映画には仕上がらなかったのかもしれません。

ただ、欲を言えば、映画のラストはもう少し上手くまとめて欲しかった。
気になることがあるとすれば、前述した首つりシーンと、このラストのパンチの無さだろう。

おおむねノンフィクションであることを考えると、大きな脚色が無いのは当然だし、
奇をてらったラストではないことには好感が持てるけれども、少しストレート過ぎたかなぁ。
そういう意味で、フラッシュ・バックで描き、ドキュメンター感を強めたあたりも作為は感じるけど、
個人的にはフラッシュ・バックにはせず、70年から時系列を追って語った方が良かったかなぁ。

しかし、未だにセクシャル・マイノリティとされる方々が苦しんでいることはあるけど、
ゲイであるということが理由で解雇するということが、条例になるなんて、今ではさすがに考えられないけど、
なんでもエスカレートする傾向がある昨今を思うと、こういう時代が来ても不思議ではないのかもしれません。

ハーヴィーの没後30年で本作が映画化されたわけですが、
そういう昨今のドラスティックな社会風潮に警告を与える、意義深い映画なのかもしれません。

(上映時間128分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

日本公開時[PG−12]

監督 ガス・ヴァン・サント
製作 ダン・ジンクス
    ブルース・コーエン
脚本 ダスティン・ランク・ブラック
撮影 ハリス・サヴィデス
編集 エリオット・グレアム
音楽 ダニー・エルフマン
出演 ショーン・ペン
    ジェームズ・フランコ
    ジョシュ・ブローリン
    エミール・ハーシュ
    ディエゴ・ルナ
    アリソン・ピル
    ルーカス・グラビール
    ヴィクター・ガーバー
    デニス・オヘア

2008年度アカデミー作品賞 ノミネート
2008年度アカデミー主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度アカデミー助演男優賞(ジョシュ・ブローリン) ノミネート
2008年度アカデミー監督賞(ガス・ヴァン・サント) ノミネート
2008年度アカデミーオリジナル脚本賞(ダスティン・ランク・ブラック) 受賞
2008年度アカデミー作曲賞(ダニー・エルフマン) ノミネート
2008年度アカデミー衣装デザイン賞 ノミネート
2008年度アカデミー編集賞(エリオット・グレアム) ノミネート
2008年度全米映画俳優組合賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度全米脚本家組合賞オリジナル脚本賞(ダスティン・ランク・ブラック) 受賞
2008年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞助演男優賞(ジョシュ・ブローリン) 受賞
2008年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
2008年度ニョーヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(ジョシュ・ブローリン) 受賞
2008年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度ボストン映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度ボストン映画批評家協会賞脚本賞(ダスティン・ランク・ブラック) 受賞
2008年度サンフランシスコ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2008年度サンフランシスコ映画批評家協会賞監督賞(ガス・ヴァン・サント) 受賞
2008年度サンフランシスコ映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度サンフランシスコ映画批評家協会賞脚本賞(ダスティン・ランク・ブラック) 受賞
2008年度セントルイス映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度デトロイト映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度サウス・イースタン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2008年度サウス・イースタン映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度サウス・イースタン映画批評家協会賞脚本賞(ダスティン・ランク・ブラック) 受賞
2008年度フェニックス映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度オースティン映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度ヒューストン映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞脚本賞(ダスティン・ランク・ブラック) 受賞
2008年度オクラホマ映画批評家協会賞脚本賞(ダスティン・ランク・ブラック) 受賞
2008年度ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞主演男優賞(ショーン・ペン) 受賞
2008年度インディペンデント・スピリット賞主演男優賞(ショーン・ペン) ノミネート
2008年度インディペンデント・スピリット賞助演男優賞(ジェームズ・フランコ) 受賞
2008年度インディペンデント・スピリット賞撮影賞(ハリス・サヴィデス) ノミネート
2008年度インディペンデント・スピリット賞新人脚本賞(ダスティン・ランク・ブラック) 受賞