ミリオンダラー・ベイビー(2004年アメリカ)

Million Dollar Baby

うーむ...確かにこりゃ、凄いヘヴィな映画ですわ(苦笑)。

04年度アカデミー賞で作品賞をはじめとして、主要4部門を獲得した力作なのですが、
それにしてもクリント・イーストウッドが70歳を過ぎてから、前年の『ミスティック・リバー』といい、
トンデモない映画を2年連続で2作続けて発表したことに、ホントに驚かされる。

本作の重さなんかは、他の追従を許さないレヴェルで重くのしかかる。
これだけの訴求力を持った映画は、おそらく今はクリント・イーストウッドぐらいしか作れないでしょう。

貧しい生活から抜け出すためにもと、カフェでのアルバイトをしながら、
仕事上がりにベテラン・トレーナー、フランキーのボクシング・ジムに通う30歳を過ぎた女性マギー。
8年がかりでチャンピオン寸前にまで育てたウィリーに逃げられたばかりのフランキーは、
「女はゴメンだ」と言い彼女を門前払いしていましたが、彼女のガッツを最初に認めたのは、
フランキーのジムで長年、世話係として奉職してきたスクラップだった・・・。

とまぁ・・・ここまで聞くと、スポ根的なボクシング映画かと思いますが、
映画も終盤に差し掛かると、一気にドドォーーン!と観客を違った世界へと引っ張っていきます。

おそらくこの映画のクライマックスのあり方には賛否両論あるだろう。
確かにこれは生命倫理の観点から言っても、軽率に語れない側面がある。
かつて多くの医療ドラマなどでも、尊厳死の問題については言及されてきましたが、
映画の世界に限って言えば、本作はかなり深く尊厳死の問題に対して肉薄したと言っても過言ではないと思う。

まぁ全米では保守派を中心に劇場公開時、本作をボイコットする流れがあったと報道されましたが、
イーストウッド本人がコメントしたように、僕もこの映画で描かれたことが彼の思想を反映しているとは思わない。

日本でも尊厳死についての議論は以前、多く為されていましたが、
この映画も一概に尊厳死の存在を肯定しているわけではないので、できるだけ多くの方々に観て欲しいですね。
僕にはイーストウッドはこの物語を通して、ベストな答えを見い出せない苦しさを描いていると思うのです。
勘違いしがちなのですが、この映画の主役はあくまでマギーではなく、フランキーなのです。
だからこそカメラはまるで「天国の門」を通るかのようなフランキーの後姿を映す。
そう、フランキーは深夜に病院に行ったはずなのに、病院の扉の向こう側は異様に明るいのです。

それはまるでフランキーが別の世界へと行ってしまうかのように・・・。

もし尊厳死の存在を一方的に肯定した映画なら、僕はこんなラストは描けなかったと思う。
もっと言えば、ラストショットのカットにフランキーが映っていても、何らおかしくはないのです。
イーストウッドが敢えてラストに彼自身を登場させなかったかというと、彼なりの美学という解釈もありますが、
如何に尊厳死が重たい意味合いを持っているかということを、彼自身が痛いほど実感しているからでしょう。

であるからにして、
僕には本作が生きるということの尊厳を軽視しているなどという議論は、全く不毛なものとしか思えない。

観終わった後、お世辞にも良いにも「良い後味の残る映画だ」とは言えないが、
スクラップにストーリーテラーを任せることによって、物語を客観性を持って語っているために、
映画のメッセージが一方的なものではなく、ひじょうに対話的なところがあって好感が持てる。
この辺はクリント・イーストウッドが映像作家として成熟してきた、一番、大きな要因だと思う。

ボクシング・シーンに関しては、僕は素晴らしく良いとまでは思えなかったのだけれども、
マギーの最後の試合となるファイト・シーンはさすがに上手い盛り上げ方でしたね。
老いても尚、お盛んなクリント・イーストウッドらしい覇気の感じられる見事な演出で感心しました。

いたずらに過剰に描いたわけではありませんが、
ボクシング・シーンでは出血することに、ある一定のこだわりを持った描写ですね。
ひじょうに生々しい出血・流血シーンがあるせいで、心理的にこの手の描写がダメな人にはキツいけど、
止血に関しては天才的だったというフランキーの手腕を証明するために、必要なこだわりだったと思います。
これはメイク・スタッフの力も大きいかとは思いますが、イーストウッドのこだわりがあったのでしょうね。

それと、もう一点。
前述したように、この映画の主人公はあくまでフランキーであることを考えれば、
愛情表現の上手くないフランキーを巧みに描いているという点でも感心する。
自身がメガホンを取り、自身で出演するということは、自分をどう描くかということが果てしなく難しいはずなのだ。
それを考慮するに、僕は本作が如何に高い位置で勝負しているかということを痛感します。

ある種、恋愛映画に似た部分はありますが、
僕は本作で描かれたフランキーのマギーに対する愛とは、恋愛ではなく家族愛であると思う。
だからこそ、どうしようもない金の亡者のようなマギーの実の家族を登場させたわけで、
そんな家族のどうしようもない振る舞いを見て、尚一層、フランキーはマギーへの愛を深めます。

重たい映画で好き嫌いはハッキリと分かれるだろうが、
僕はこの映画、ひじょうに力のある作品と思います。たいへん見事な出来です。

(上映時間132分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

日本公開時[PG−12]

監督 クリント・イーストウッド
製作 クリント・イーストウッド
    ポール・ハギス
    トム・ローゼンバーグ
    アルバート・S・ラディ
原作 F・X・トゥール
脚本 ポール・ハギス
撮影 トム・スターン
美術 ヘンリー・バムステッド
編集 ジョエル・コックス
音楽 クリント・イーストウッド
出演 クリント・イーストウッド
    ヒラリー・スワンク
    モーガン・フリーマン
    アンソニー・マッキー
    ジェイ・バルチェル
    マイク・コルター
    ブライアン・オバーン
    モーガン・イーストウッド
    マーゴ・マーティンデイル
    マイケル・ペーニャ

2004年度アカデミー作品賞 受賞
2004年度アカデミー主演男優賞(クリント・イーストウッド) ノミネート
2004年度アカデミー主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度アカデミー助演男優賞(モーガン・フリーマン) 受賞
2004年度アカデミー監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2004年度アカデミー脚色賞(ポール・ハギス) ノミネート
2004年度アカデミー編集賞(ジョエル・コックス) ノミネート
2004年度全米監督組合賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2004年度全米俳優組合賞主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度全米俳優組合賞助演男優賞(モーガン・フリーマン) 受賞
2004年度全米映画批評家協会賞作品賞 受賞
2004年度全米映画批評家協会賞主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2004年度ボストン映画批評家協会賞主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度シカゴ映画批評家協会賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2004年度フェニックス映画批評家協会賞主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度フロリダ映画批評家協会賞主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度サンディエゴ映画批評家協会賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2004年度サンディエゴ映画批評家協会賞作曲賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2004年度シアトル映画批評家協会賞作品賞 受賞
2004年度シアトル映画批評家協会賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2004年度カンザス・シティ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2004年度カンザス・シティ映画批評家協会賞主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞作品賞 受賞
2004年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度セントラルオハイオ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2004年度セントラルオハイオ映画批評家協会賞主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度セントルイス映画批評家協会賞主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度バンクーバー映画批評家協会賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2004年度ゴールデン・グローブ賞<ドラマ部門>主演女優賞(ヒラリー・スワンク) 受賞
2004年度ゴールデン・グローブ賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞