真夜中のカーボーイ(1969年アメリカ)

Midnight Cowboy

決して好きな映画というわけではないのですが、
これはこれでとても印象深い映画であり、当時の空気感でなければ描けなかった傑作だ。

本作は当時、ハリウッドで隆盛していたアメリカン・ニューシネマの代表作となり、
主演のダスティン・ホフマンの文字通り、神業的な名演技で映画は伝説的なものになっている。

本作での撮影でダスティン・ホフマンは咳き込む芝居に熱が入り過ぎて、
ホントに吐いてしまったり、半ばアドリブ的に市街地でタクシーを怒鳴り散らしたりと、
幾多の名シーンに貢献しており、映画の最後の最後では彼の熱演が大きな効力を持ってくる。

69年度の映画賞レースで高い評価を受けただけでなく、
アカデミー作品賞を受賞したことから、当時、成人指定のレイティングを受けていた作品としては、
実に異例の出来事だったわけで、如何に当時の映画界が変わろうとしていたかを象徴しています。

監督のジョン・シュレシンジャーはイギリス出身の映像作家で、
65年の『ダーリング』で高い評価を受けて、ハリウッドに渡って本作のメガホンを取るチャンスを得たのですが、
67年以前は不可能であったと言ってもいい、過激な性描写を交えながら、テキサスの田舎町から
ジゴロに憧れて、世界を代表する大都市ニューヨークへ出てきた男の理想と現実を描いています。

おそらくジョン・シュレシンジャーの最高傑作であり、
結局、彼は本作以上の作品を手掛けることはできなかったのではないかと思いますね。

ダスティン・ホフマンにしても、本作がベスト・アクトと言う人も多いのではないかと思います。
それぐらいの力演であり、ニューヨークの底辺に生きる男の生きざまを熱演って感じです。
特に圧巻なのは、徐々に徐々に弱っていくリコを表現しているあたりで、薄らと汗を浮かべながら、
如何にも体調が悪そうな雰囲気を出しながら、歩けなくなり、階段から落ちるシーンもなんだか凄いです。

それでも、決して弱音を吐かなかったリコですが、
やはりホントに体調が悪くなり、身体を言うことをきかなくなってくると、
不安げにジョン・ボイト演じるジョーに本音を吐露する姿を観ると、なんだか切ない気持ちにさせられます。

最初はリコがジョーを騙したせいもあってか、
リコに強気に出ていたジョーですが、次第に共にする時間が長くなり、
僅かな時でも共に苦しい時間があったせいか、ジョーとリコは強い友情で結ばれていきます。
その友情があるがゆえ、リコが最後に懇願した、「フロリダへ行きたい」という願いを叶えてやろうと、
身体がすっかり弱り、言うことをきかなくなったリコを、なんとかして南へ連れて行こうとする姿も切ない。

しかし、決して善き人間ではなかったためか、
或いは運命がそうさせるのか、着実に身体が弱っていくリコをどうしても止められません。

既に都会化が進んでいた当時のニューヨークの寒々とした街並みが印象的で、
まるで見捨てられたかのように、社会の掃き溜めにいながらも、必死にもがき苦しむ彼らの生活を
まるであざ笑うかのように、フロリダの陽気な空気がスクリーンいっぱいに輝くときには、
映画史に残ると言ってもいい、あまりに切ない印象深いエンディングが、本作のフィニッシュを飾ります。

この映画の成功から、こういう破滅的なエンディングが流行っており、
この体制に反抗するかのように生きても、所詮は排除されてしまうかのような末路があるという展開が
実に数多くの映画で見られるようになりましたね。如何にもアメリカン・ニューシネマを象徴するラストなんですね。

映画で終始、流れるハリー・ニルソンの Everybody's Talkin(うわさの男)がやはり良い。
元々は、フレッド・ニールというシンガーの曲のカバーらしいのですが、やはりハリー・ニルソンの甘い声が映え、
何度聴いても、この映画を象徴する曲になっている。当初はヒットしなかったらしいのですが、
どうやら、この映画の主題歌として使われ、映画が封切りになった途端に、曲もヒットしたらしいですね。

あとは、これだけどこか寂しい内容であることを象徴するかのような、
映画のエンディングで流れる、物悲しいミュージック・スコアも印象的で、これはジョン・バリーによるものだ。

まぁそういった物悲しさは、全て長距離バスに乗って、
大都会ニューヨークに大きな夢を抱いてやって来たジョーが、それまで抱いていた夢や憧れを
次々と片っ端から裏切られて、結果的には社会の底辺での生活を強いられるという皮肉さに反映されるのですが、
リコのアパートに居候することになるのですが、このアパートの生活環境がまた凄まじい状況なんですね。

部屋は荒れ果てているだけでなく、ボロいせいもあってか、
壁や床、家具など至るところが見るからに不衛生な感じで、いるだけで病気になりそう。
そんな中で、リコが病に伏すわけですから、ニョーヨークでの生活は全く明るい要素が見当たらないのです。

結局、大都会ニューヨークに大きな夢や憧れを抱いてやって来たジョーでしたが、
リコの生活に助けられた部分があるもの、夢破れ、結果的にはフロリダを目指すというのが、また皮肉。

ジョーはなんとかリコに憧れのフロリダの地を踏ませてやろうと
友情に目覚める姿が実に感動的なのですが、そこでもやはり大きな障害が立ちはだかります。

この辺は当時のベトナム戦争が泥沼化した後という、時代の空気ですかね。
どこか抑圧された空気と、正に新時代が到来しようとする空気、この二つが入り混じって、
生き抜くのが難しい時代になっていたことを見事に象徴していると思います。
そういう意味で、ジョン・シュレシンジャーはホントに良く描けたと思いますね。文字通りの最高傑作でしょう。

男が売春に走るというのは、従来でもよくあったとは思うのですが、
この映画は男の売春行為そのもの、ホモセクシャルなど、それまでの映画界では描けなかった、
或いは描きづらかったファクターを、真正面から描いており、正しくこれはニューシネマだったんですね。
今となっては、アメリカン・ニューシネマを代表する一本ですが、ホントにこれこそ“ニューシネマ”ですね。

ジョーを演じたジョン・ボイトは当時、新人俳優でしたが、
昨今の悪役でよく目立っているのとはまた違った、若さ溢れる魅力があり、
当時の目線から見ても、チョット田舎者って感じではありますけど、とてもフレッシュな存在感ですね。

リコを演じたダスティン・ホフマンは言うまでもなく名演技。
前述したように、カリスマ性溢れる芝居であり、彼の芝居そのものが映画をブラッシュ・アップしている。

リコはとてもセコい泥棒ではあるが、気が弱い面もあり、
特にジョーに捕まって、ジョーを部屋に居候させるときの表情、それから足が完全に言うこときかないと
ジョーに告白するときの表情など、その一つ一つが観客の胸を打つ力がある。
それも本作のダスティン・ホフマンの場合は、そこまで大袈裟な芝居に見せないのも特筆に値する。

とても充実した作品であり、今尚、多くの方々から愛される理由がよく分かる名画だ。

(上映時間113分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 ジョン・シュレシンジャー
製作 ジェローム・ヘルマン
原作 ジェームズ・レオ・ハーリヒー
脚本 ウォルド・ソルト
撮影 アダム・ホレンダー
美術 ジョン・ロバート・ロイド
編集 ヒュー・A・ロバートソン
音楽 ジョン・バリー
出演 ダスティン・ホフマン
    ジョン・ボイト
    シルビア・マイルズ
    ブレンダ・ヴァッカロ
    ジョン・マッギーヴァー
    バーナード・ヒューズ
    ジェニファー・ソルト
    ボフ・バラバン

1969年度アカデミー作品賞 受賞
1969年度アカデミー主演男優賞(ダスティン・ホフマン) ノミネート
1969年度アカデミー主演男優賞(ジョン・ボイト) ノミネート
1969年度アカデミー助演女優賞(シルビア・マイルズ) ノミネート
1969年度アカデミー監督賞(ジョン・シュレシンジャー) 受賞
1969年度アカデミー脚色賞(ウォルド・ソルト) 受賞
1969年度アカデミー編集賞(ヒュー・A・ロバートソン) ノミネート
1969年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
1969年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ダスティン・ホフマン) 受賞
1969年度イギリス・アカデミー賞監督賞(ジョン・シュレシンジャー) 受賞
1969年度イギリス・アカデミー賞脚色賞(ウォルド・ソルト) 受賞
1969年度イギリス・アカデミー賞編集賞(ヒュー・A・ロバートソン) 受賞
1969年度イギリス・アカデミー賞新人賞(ジョン・ボイト) 受賞
1969年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ジョン・ボイト) 受賞
1969年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ジョン・ボイト) 受賞
1969年度ゴールデン・グローブ賞有望若手男優賞(ジョン・ボイト) 受賞