メンフィス・ベル(1990年イギリス・アメリカ合作)

Memphis Belle

第二次世界大戦下の1943年、米軍が誇る爆撃部隊としてB−17に乗り込んで、
ブレーメンの武器製造工場の爆撃の任務に就いた10人の若者の葛藤と、任務の現実を描いた戦争ドラマ。

監督は『ジャッカル』などで知られるマイケル・ケイトン=ジョーンズで、
後々の彼の監督作品は少々大雑把な演出の印象があるのですが、本作はそこそこ繊細に描かれている。
映画の前半はなかなかエンジンがかからないようなもたつきがあるが、爆撃の任務のシーンはなかなか良い。

政治的な観点や、歴史観を入れてこの映画を観ると、おそらく楽しむことはできないでしょう。
日本は第二次世界大戦に於ける敗戦国であり、その中で唯一の被爆国となったわけで、
連合国側の戦士たちのツラさを見せられても、愉快に思えない日本人が少なくはないだろうと思う。
かつて01年の『パールハーバー』が劇場公開されたときも、同じような議論があったと記憶していて、
『パールハーバー』のときはかなり過熱化して、映画の出来もありハリウッドの商業主義に否定的な論調が目立った。

たぶん、主人公のデニス大尉がいざ爆撃のときに、標的となる武器工場が煙幕で視認できず、
自分たちの危険を顧みずに旋回して再度、照準を合わせ直す決断をしたり、人道的な判断をしているかのような
描写が逆に日本人感情を刺激する部分もあるだろうなと思います。この辺がハリウッドっぽいところなんですがね。

強いて言えば、デニスらは“メンフィス・ベル”に乗り込んで25回もの任務を遂行し、
全て無事に基地へ帰ってきているという伝説的なクルーであり、劇中、是非その片鱗を見せて欲しかったのですが、
デニスがそんな戦火をくぐり抜けて、仲間たちを無事帰還に導く敏腕であるというのは、この映画では見られなかった。

さすがに25回の出撃で、全て無傷で帰ってきているなんて、伝説だと思うんですよね。
なかなかそんなリーダーいないですよ。ですから、映画の中でその所以をしっかり描かないと説得力がないですよね。

それから前述したように、映画の前半の約1時間はなかなかエンジンがかからない。
青春群像を描いた映画だというのは分かりますが、いくらなんでも若者たちの精神的葛藤を延々と描くのが
どこかスピード感に欠ける構成になっていて、正直言って、これに耐えるというのが難儀な人もいるかもしれない。
この辺は映画全体のバランスを考慮すると作り手も編集段階で気付いていたと思うのですが、そのままにしたんですね。

マイケル・ケイトン=ジョーンズはドラマ描写も出来るディレクターだと思うのですが、
本作の段階では未完成な感じというか、いくらなんでもこの前半と後半のギャップは酷いなぁと思った。

出撃前夜のパーティーなども、兵士たちの士気を高めるために現実にあったことなのだろうが、
この出撃の裏側で盛り上がるドラマがあるわけではないし、ただただ10人の若者の出撃前夜を撮ったというだけ。
ここはもっと掘り下げなきゃいけないところだし、主演のマシュー・モディン演じるデニスももっとクローズアップして欲しい。

そのせいか、このデニス大尉もあまり魅力的かつリーダーシップに溢れる人物に見えないんですね。

実際、軍部からも信頼が厚かったはずですし、帰還してきたら国債購入者集めのために
彼らを利用しようと目論んでいたくらいですから、それだけデニスが信頼できる人物であると説得力を持たないと、
僕は映画として成立しないのではないかと思うんですよね。最後の最後まで、彼のキャラは磨かれませんでした。

映画の中で、デニスらに先行して出撃した部隊の1機が基地への着陸後に、
大爆発するという迫力あるシーン演出があるのですが、あれを見れば誰だって、出撃が怖くなるはずだ。
事実、デニスの部隊の連中もこの事故を見て、絶句していたように、そのすぐ後の出撃は相当な勇気が必要なはず。

この辺はマイケル・ケイトン=ジョーンズがもっとしっかりと“利用”して、
若者たちの不安定な心理を描いて、出撃を目の前にして揺れ動く姿を描かないといけなかったのですが、
本作はサラッと描いているせいか、どうにも訴求しないし盛り上がらない。これはシナリオにも問題あったのだろうけど。

若者たちの出撃を指令して、悲劇も劇的なドラマも見ていた司令官を演じるデビッド・ストラザーンが良い。
おそらく相当な苦悩の中で部隊の帰還を待ち続ける司令官なわけで、戦士を告げた家族からの手紙を大量に保管し、
その中身も覚えているくらい実は兵士のことを想っている。こういう姿にも、やはり戦争の不条理さを感じますね。

ジョン・リスゴー演じるブルース大佐もアクセントが効いている。お手本のような助演だ。
軍の資金集めのためにデニスらの活躍を利用しようとするのですが、彼もまた悪い人間にはなり切れない人情がある。

映画はデニス大尉の部隊が出撃してからは、グッと引き締まって良くなる。
実際に敵軍と対峙するシーンはほとんど無いのですが、それでもいつ命を落とすかという恐怖との隣り合わせ。
上空−30℃という正常な判断力を奪われそうなくらい特殊な環境の中、極限の恐怖と闘い続ける姿が真に迫る。
クルーにはどうしようもない痴話ゲンカのようなこともあるのですが、それでも上手く戦火の緊張感がマッチする。

ブレーメンの市街地上空に煙幕がはられ、攻撃対象の武器工場が視認できないシーンも
なかなか見応えがあり、仲間を危険に晒すような判断をくだしながらも、任務のみを遂行しようとするデニスと
対立するクルーとの攻防も見応えがある。現実に彼らがどこまで民間人の巻き添えを気にしていたかは疑問ですが、
それでも大きな葛藤があっただろう。これでも引っ張っていけるところが、デニスのリーダーシップというところか。

機体の一部に火が点き、そのままでは焼け死ぬと悟ったデニスは、
機体を急降下させて、その際の風で鎮火しようと試みるシーンにしても、なかなか手に汗握る迫力がある。
そうなだけに、繰り返しになりますが、映画の前半のグダグダ具合が凄く勿体なくって、悔まれるところですね。

B−17の機体内部の装備の描写なども、結構細かく描かれているので、
そういうのが好きな人にはオススメできるかな。そもそも、この“メンフィス・ベル”について戦時中に
記録映画として撮ったウィリアム・ワイラーの愛娘のキャサリン・ワイラーがプロデューサーになっているせいか、
当時の情報が反映し易かったのではないかと思います。彼女はどうしても実現させたかった企画だったようですね。

なんせ、ウィリアム・ワイラーは実際にB−17にカメラを持って同乗して記録映画を撮っただけあって、
いろいろな情報をとって、実際の戦闘映像を記録映画の中で採用したという、スゴいことやった人ですからね。
(この撮影途中、激しい空中戦でカメラマンが乗っていた機体が爆撃されて、命を落としている)

まぁ、そういう歴史もあるせいか、欧米のプロパガンダのような映画と解釈する向きもありますが、
それだけで門前払いするのは勿体ない映画かなと思う。少なくとも、映画の後半は真に迫っていて悪くない。
問題は映画の前半を如何に“耐える”かである(笑)。この前半は確かに忍耐を要するくらい、間延びしたドラマだ。

しかし、爆撃機の中で負傷した兵士をすぐに機内で治療することは難しいと悟り、
そんな中でブレーメンの上空からパラシュートを使って降ろして、ドイツ軍に救命してもらうことを検討するのが
実に興味深く、ビリー・ゼーン演じるバルが「それで救われた前例がある」と言っているのが興味深いですね。
ドイツ軍に捕虜になったら、命の保証はないのかと思っていただけに、これが事実なのかが気になるところですね。

そうして、なんとか命からがらブレーメンでの激戦を生き延び、
更に負傷した兵士に“奇跡”が起こるのですが、個人的にはこれは余計だったかな・・・(苦笑)。
ここは正攻法に現実的な落としどころに落ち着かせた方が、映画として上手くフィットしただろうなぁと思う。

とまぁ、映画の後半は見どころが相応にあり、全てがダメな映画だとは思いません。
映画全体のバランスをなんとかしていれば、もっと質の高い良い映画になっていたと思います。

(上映時間107分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 マイケル・ケイトン=ジョーンズ
製作 デビッド・パットナム
   キャサリン・ワイラー
脚本 モンテ・メリック
撮影 デビッド・ワトキン
編集 ジム・クラーク
音楽 ジョージ・フェントン
出演 マシュー・モディン
   エリック・ストルツ
   ジョン・リスゴー
   テイト・ドノバン
   D・B・スウィーニー
   ハリー・コニックJr
   デビッド・ストラザーン
   ビリー・ゼーン
   ショーン・アスティン
   ジェーン・ホロックス
   コートニー・ゲインズ