メメント(2000年アメリカ)

Memento

ある怪我が原因で、それ以降に起こった数分前の出来事ですら忘れてしまう、
脳の障害に悩まされる男が、妻をレイプし、惨殺された事件の真相を追う姿を描いたサスペンス映画。

劇場公開当時、革新的なリワインド・ムービーとして大きな話題となった作品で、
確かにそれまでは無かった斬新な編集技法をとった作品であり、これは新鮮な映画ではあります。
監督のクリストファー・ノーランも前作『フォロウィング』の時点で、存在感ある作品を撮っていましたが、
本作では更に規模の大きな作品に挑戦したにも関わらず、ひじょうにしっかりと出来た作品だ。

08年に『バンテージ・ポイント』が製作され、
何本かリワインド・ムービーが製作されるようになりましたが、いずれもイマイチな出来でした。

それらに比べると、本作はひじょうにスマートでアイデアに溺れることなく、
しっかりと映画を作り込もうとする意図が感じられ、各エピソードのつながりもひじょうに良い。

そりゃ凄い革命的な映画とまでは言えないと思っているのですが、
数分前の出来事を忘れてしまうという障害のため、トンデモない事態を引き起こしてしまう様子を
チョットしたアイデア一つで、上手く映画を構成することによって、斬新さを演出しているのは感心しましたね。

おそらくシナリオも良く書けているのでしょうが、
それ以上に本作は編集が大変だったでしょうね。エピソードのつぎ目の編集が凄く上手くって、
実にスムーズにシークエンスできているからこそ、この映画は魅力的なものになったと思いますね。

言ってしまえば、この映画、真実を探っていくスタンスをとっているのですが、
実は事件の真相はどうでもいい映画になっているのです。だからこそ、話題を呼んだのでしょうね。
実際、観てみれば分かるのですが、実に真相が不透明な形で描かれ、映画が終わってしまいます。
そんな観客の注意を逸らすような手法をとることにより、掴みどころの無い映画になっており、
これが逆に映画をミステリアスに磨き上げ、映画を大きく見せることに成功していますね。

この映画の本質ってのは、正にここにあって、
真実を探ることがメインテーマの映画と見せかけておきながら、実は最後の最後まで
その真実を語らないという作り手の“焦(じ)らし”を楽しむ映画なんですね。

こういう映画だけでなく、例えば02年の『インソムニア』のように、アイデア頼りではなく、
正攻法で勝負した映画の出来も良かっただけに、クリストファー・ノーランの手腕は本物だと思いますね。

この映画の主人公は前述のように、数分前の出来事も忘れてしまうという、
「短期記憶」から「長期記憶」へと変換できないどころか、「短期記憶」もできない障害に悩まされ、
目の前で起こった出来事や、対面した人々の特徴を体中にタトゥーを入れたり、メモしたりと、
何とかして記録に留めようとする男なのですが、彼の目的は本来的には殺害された妻の復讐でした。

しかし、映画の中で主人公自身が吐露している通り、
彼は本来の目的すら、途中から「あれ、オレは何をやってるんだ?」と立ち止まってしまいます。

これがまた映画のストーリーをよりかく乱するセオリーで、
主人公の行動を巻き戻していくうちに、尚更、彼が何をしたいのか、よく分からなくなってくるから面白い。
クリストファー・ノーランのマジックはここにもあって、巻き戻しによって、本来なら物語の発端が明らかに
なってくるはずなのに、逆によく分からなくなってくるというのが、ある意味でユニークな展開だ。

映画のキー・マンと言えば、キャリー=アン・モス演じる謎めいた女性ナタリーですね。
彼女も何かを企んでいるような振る舞いをしており、映画をかき乱すキャラクターの一人だ。
彼女はもとより、刑事と名乗るテディも重要な登場人物なのですが、彼らは主人公の障害を知り、
それに慣れてしまい、「前も言ったよな...」という気持ちを見せながらも、主人公と話しをします。
ところが彼らの場合、そんな主人公の障害が彼らにとって計算外の結果を招くんですよね。

実際、これに惑わされた(?)観客が多かったためか、
本作は数多くのリピーターを生むほどの大ヒットとなり、今尚、根強い人気を誇る作品であります。
(本作なんかは口コミで評判が広まり、結果的にヒットにつながったという好例でしょうね)

一つだけ、クギを刺すとすれば...
前述したように、僕は別に本作を革新的な映画だとは思わない。演出自体は、極めてオーソドックスだ。
この映画が新鮮に感じられるのは、発想の転換がストーリーを逆に語るという点で顕著だからだ。
その発想の転換がこの映画の勝利を意味しているのですが、僕が本作で見逃して欲しくないのは、
決してクリストファー・ノーランがその発想の良さに溺れず、映画をキッチリ撮ったということだ。

どうしてもこういう映画が発表されると謎解きに話題がいってしまうのですが、
この映画の醍醐味がそれだけで終わってしまうのは、とても残念なことで、
映画は瞬間をかけ合わせたものであるという点で言及するならば、ナタリーが主人公に殴られ、
すぐに部屋に戻ってくるシークエンスで顕著なのですが、ガイ・ピアースの短期記憶がリセットされ、
何もかもが手探り状態で動いている、その表情をしっかり見逃さずに観て欲しい。
映画だから出来た表現、それをクリストファー・ノーランは確実に本作の中で捉えているのです。

ただここは思い切って言おう。
僕は同じクリストファー・ノーランの映画なら、どちらかと言えば...
『フォロウイング』や『インソムニア』の方が好感を持っていて、映画としても好きかな。

それは冒頭の巻き戻しの映像が、やや蛇足的に感じられたからかもしれませんね。
厳しい言い方かもしれませんが、あれは普通に撮った方がずっと良かったと思います。

(上映時間113分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 クリストファー・ノーラン
製作 ジェニファー・トッド
    スザンヌ・トッド
原案 ジョナサン・ノーラン
脚本 クリストファー・ノーラン
撮影 ウォーリー・フィスター
編集 ドディ・ドーン
音楽 デビッド・ジュリアン
出演 ガイ・ピアース
    キャリー=アン・モス
    ジョー・パントリアーノ
    マーク・ブーンJr
    スティーブン・トボロウスキー
    ジョージャ・フォックス
    ハリエット・サンソム・ハリス

2001年度アカデミーオリジナル脚本賞(クリストファー・ノーラン) ノミネート
2001年度アカデミー編集賞(ドディ・ドーン) ノミネート
2001年度ロサンゼルス映画批評家協会賞脚本賞(クリストファー・ノーラン) 受賞
2001年度インディペンデント・スピリット賞作品賞 受賞
2001年度インディペンデント・スピリット賞監督賞(クリストファー・ノーラン) 受賞
2001年度インディペンデント・スピリット賞助演女優賞(キャリー=アン・モス) 受賞
2001年度インディペンデント・スピリット賞脚本賞(クリストファー・ノーラン) 受賞