ニール・サイモンのキャッシュマン(1983年アメリカ)

Max Dugan Returns

夫に先立たれ、思春期の息子を一人で育てる英語教師のシングルマザーが、
車を盗まれ経済的にも苦しい生活の中、突如として28年前に失踪した父が戻って慌てる姿を描いたコメディ。

本作劇場終了後に離婚したため、本作でニール・サイモン脚本の映画のヒロインを最後にした、
マーシャ・メイソンが主演で、彼女の息子役として出演するマシュー・ブロデリックが若い!(笑)
そして、失踪していたはずの父親を演じたが名優ジェーソン・ロバーズで、彼もまた手堅い演技で良い感じだ。

これはある意味で御伽噺であり、まるで『あしながおじさん』を地で行ったような作品だ。
やはりサンタクロースという存在が、文化の中で馴染んでいるだけあって、
こういう“さすらいのお助けマン”みたいな人間が、精神的にも経済的にも恵みをもたらすというのは、
アメリカという国には自然な御伽噺として、サラッと描けるだけの土台があるんですね。やっぱり日本とは違う。

これを日本で同じこと描いても、きっと“サマにはならない”でしょう。
一通り描けたとしても、どこか違和感があるというか、どこか胡散臭い映画になってしまうでしょうね。

元来、日本人は用心深いということもあるでしょうし、家族観というのも欧米とは大きく異なります。
ましてや核家族化の進んだ現代の日本社会に於いて、このような御伽噺が馴染むとは到底思えません。
それはハーバート・ロスお得意のハートウォーミングなタッチで、軽妙に描けてしまうのですから、なんとも羨ましい(笑)。

あまり日本では知名度が高くはないのが残念なのですが、
ハーバート・ロスは実に優れたドラマ系の映画を数多く製作していて、卓越した手腕に定評のあるディレクターだ。
残念ながら映画史に残る名作というほどの評価を受けた作品は無かったですけど、こういう手堅い演出のできる
映像作家は今となってはハリウッドでも貴重な存在で、個人的にはもっと高く評価して欲しい映画人ですね。
(とても残念なことに74歳で2001年に他界してしまいましたが・・・)

おそらく彼の代表作は『グッバイ・ガール』か『愛と喝采の日々』ということになるでしょうけど、
本作もそれらに負けず劣らずの仕上がりの良さだと思いますし、少々不遇の作品という気もします。

何故に邦題に、“ニール・サイモンの”とお約束で付けるのか、よく分かりませんが、
確かにこれはニール・サイモンの軽妙な会話劇で、シリアスになり過ぎない程度に構成するドラマであり、
ニール・サイモンが脚本を執筆したということ自体が、本作の大きなカギを握っていることに間違いなく、
実に丁度良い塩梅にライトで、良い意味で気軽に観れる映画に仕上がっている。内容はシリアスな部分もあるのに。

まぁ、ニール・サイモンの魅力をよく分かっているハーバート・ロスだからこそ、
この仕上がりに出来たというのもあるのでしょう。本作の出来自体は、なかなか良質だと思います。

もっとも、この映画で描かれる父との再会とは、少々奇異なものでヒロインもすぐに父と確信するわけではない。
「黒髪の姿を想像しろ」と父は説得しますが、その風貌は勿論のこと、やたらと大金をチラつかせるあたりも、
あまり安易に信用してはいけないな、という雰囲気が全開。ヒロインの息子は、15歳ですから、すぐに飛びつきます。
父マックスからすれば、彼は可愛い孫。「貧困が人間を作るみたいな考えはやめろ」と言い放ちますが、
第三者から見ても心配になってしまうくらい、マックスは湯水の如く、彼が持ち込んだ大金を使っていきます。

ちなみに、映画の後半で登場するマシュー・ブロデリック演じる孫が好きな野球に特別にコーチをつけるのが、
実際にメジャー・リーグの打撃コーチだったチャーリー・ラウ。腰を横に振らせる独特なスタンスが印象的ですが、
彼はなんと本作劇場公開の翌年に他界してしまったらしく、本作が最初で最後の映画出演となったようだ。

ただ、マックスがアタッシュケースに多額の現金を入れて家に持ち込み、
毎日のようにケースの中身を確認するというのが、なんだか妙で、この羽振りの良さからすると、
真っ先に強盗なんかに狙われそうなやり方で、自分なら怖くて持ち運びできないですね(笑)。
マフィアや警察に追われる立場とは言え、随分と金遣いが粗いのも隠さないので、なんだか軽率に見えてしまう。

まぁ、細かなところを気にしてしまうと、どうしても難点はあると思うのだが、
僕はそれを差し引いても、十分に楽しめる作品だと思うし、DVD 化されずに長らく観賞困難だったのが不思議だ。
(今はVODで、観賞することができるサイトがあり、大変有難いことですねぇ)

思えば、主演のマーシャ・メイソンは70年代後半から80年代にかけては、
ニール・サイモン脚本の映画を中心に、何本かの映画で主演を務めるなど、そこそこ活躍していたんですよね。

冒頭のアニメーションもそうですが、映画のラストシーンのアニメーションにつながる、
車が疾走するシーンも印象的で、演じるジェーソン・ロバーズも強い存在感でなかなか良い仕事ぶりだ。
邦題通り、“キャッシュマン”という存在なのですが、まんま「あしながおじさん」ですね。これは現代の御伽噺です。

ニール・サイモンは少しずつ細部に、ほど良いエッセンスを散りばめていて、
コテコテの御伽噺ではなくて、チョットした混沌と、ピンチを織り交ぜながら映画を引き締めています。
それには、ヒロインに接近するコステロ刑事を演じるドナルド・サザーランドが起用されていて、彼もまた印象的だ。

欲を言えば、本作はコステロが何故にヒロインにそこまで惚れてしまったのかが弱く、
初対面のときの描写も、一目惚れな雰囲気はそこまで出ていないので、ここはもう少しキチッと描いて欲しかった。
映画を最後まで観終わって感じたのですが、ヒロインとコステロのロマンスは少々、中途半端に感じますね。

最初にディナー・デートする日なんて、札束がバッグからこぼれたりと、
色々面白いのですが、なんだか見せ方が中途半端でもっとコミカルなやり取りを観たかったところだ。

まぁ・・・現実にジェーソン・ロバーズ演じるマックスのように、
あんなに次から次へと車やら、高級家具やら、終いには家を改築するという大盤振る舞いを
目の前でされたら、これはこれで困りますわ(笑)。たぶん、色々と疑いの目を持ってしまうと思います。

マックスは過去を悔いている様子でありながらも、娘であるヒロインからも信用を失っている状態で、
なかなか親子関係を修復するのは難しい状況でした。そこを「自分にできることはこれしかない」と言わんばかりに、
次から次へと高級車や高級家具、最新家電を買い与えるのですが、これに反発しないのはニール・サイモンらしい。

欲を言えば、ヒロインがマックスに懐柔するのが、少々早過ぎるようには感じましたけど、
やはりどんな過去があれど父は父であり、その父から孫(ヒロインの息子)との時間を懇願されれば、
彼女なりに出来る唯一の親孝行であるという自覚なのか、やはりマックスを受け入れる気持ちになるのでしょうね。

確かにここで彼女の精神的な葛藤をクローズアップすれば、突如としてシリアスな映画になってしまいますしね。。。

最近はこういうテイストの映画がすっかり少なく、この時代ならではの映画ではありますが、
丁寧に小じんまりと作られたという点で、とても好感の持てる作品です。是非是非、再評価を促したいのですが、
DVD化もされなかったという不遇の扱いを受けていますから、注目を浴びにくい存在ではありますね。

どうでもいい話しではありますが、バイクの運転の練習を公道で行うって発想、よくよく考えればスゴいことですね・・・。

(上映時間98分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ハーバート・ロス
製作 ハーバート・ロス
   ニール・サイモン
脚本 ニール・サイモン
撮影 デビッド・M・ウォルシュ
編集 リチャード・マークス
音楽 デビッド・シャイア
出演 マーシャ・メイソン
   ジェーソン・ロバーズ
   マシュー・ブロデリック
   ドナルド・サザーランド
   ドディ・グッドマン
   サル・ヴィスカノ