宇宙からの脱出(1969年アメリカ)

Marooned

これは...なんか、スゴい映画でした(笑)。

ヒューストンの宇宙基地から華々しくロケットで打ち上げられ、宇宙空間に長期間滞在することで
様々な実験を行うというミッションを受けた3名の宇宙飛行士たちであったものの、さすがに疲労の色が隠せず、
作業上のミスが増えたことでNASAのコントロールタワーは、3人を地球へ帰還させることを決め、その指示を出すも
宇宙船にトラブルが発生したようで地球へ自力で帰還できなくなる。残された酸素との闘い、たまたまやってきた
台風直撃によって救助ロケットを打ち上げることに難儀する様子を描いた、SFサスペンスというわけです。

この映画が製作された時期は、米ソ宇宙競争が激しかった時期であり、
1961年から実行されていた“アポロ計画”が社会的に大きな注目を集めていた時期でしたから、
本作の注目度も高かったのではないかと思える。それをジョン・スタージェスが監督したわけで、期待しちゃう(笑)。

終始、息詰まるような展開ではありますけど、僕はまずまず面白い映画だったとは思いますね。
欲を言えば、ヒューストンの基地に集められて、苦しい状況を聞かされても手足を出せずに心配して待っている、
宇宙飛行士の妻を描くシーンでは物足りなさがあって、もう少し肉薄しても良かったのではないかと思いますが、
こう言ってはナンですが、ジョン・スタージェスにそこまで細かい部分を求めるのは、少々酷な話しだったかもしれない。

この映画の何がスゴいって、ヒューストンの基地で計画の総監督者として指揮していたグレゴリー・ペックだ。
彼は年長の科学者という設定で、計画中のあらゆる判断を下す立場にあって、ホワイトハウスにも顔が利くようだ。

だからこそ、直接ホワイトハウスと交渉しているわけですが、宇宙飛行士たちに個人的な思いがありながらも、
実に事務的に非情な通告をしたりして、映画の中では憎まれ役に回っているのですが、とにかく印象が悪い男だ(笑)。
露骨に酷いことを言ったり、感情的になったりするわけではないのですが、どんなにツラい選択でもどこか他人事。
壮大なプロジェクトを俯瞰した立場からしか見ていないから、こんな感じになってしまうのかもしれませんが、
政府が威信をかけた他国との宇宙競争に打ち勝つという命題から、人間的な心を失ってしまったように事務的な対応。

これは観客にとっても心象が良くないキャラクターであるのは否定できず、
映画の主人公としてもどうかと思うのですが、何と言ってもハリウッドを代表する紳士で好漢であったはずの
グレゴリー・ペックがこんな心象の悪いキャラクターを、実に堂々と演じているというのがなんとも意外な展開ですね。

自身が指揮する計画で打ち上げた宇宙船が自力で帰還できないという、絶望的な状況であるにも関わらず、
どこかプロジェクトリーダーという立場を保身しようとするようなニュアンスを感じるし、宇宙飛行士を助けようと
必死に手を尽くそうとしているようには見えないのですが(苦笑)、ヒューストンの有能な部下のおかげでアイデアが
実行に移され、救助船の打ち上げ準備を始める。しかも、ソ連の宇宙船も救助に参加してくれるという幸運もあった。

それでも、ヒューストンに台風が直撃すると知ると、グレゴリー・ペックは突如として悲観的になり、
マイナスなことしか言わなくなる。どんな手を尽くしてでも、宇宙飛行士を助けようとする信念が感じられないというのも
なんだかスゴいリーダーだという気がしますけど、アッサリと「(酸素を残すために)誰が犠牲になるか決めろ」と
宇宙船に通告したりと、現代の感覚ではあり得ない割り切りぶりと、冷酷非情で事務的な対応が如何にもという感じ。

“木を見て森を見ず”のように、各論ばかりを追い求めて俯瞰しない人も困りものですが、
実際の社会でありがちなのは、“森を見て木を見ず”なのか分からない専門的な各論にファジーな感じで口出しして、
担当者が困り果ててメチャクチャにされてしまい、結果何も達成できないということも数多くあるような気がします。

特にマネジメントを求められると、俯瞰しなければならない反面、細かいところを勉強しようという気にはならない。
そのせいか、聞きかじりの情報と自分の知っている知識・情報のみから口を挟むため、基本が押さえられていない、
且つアップデートされない情報で、各論を語ろうとして、誤った計画を立ててしまい、本来得るべき成果も得られない。

往々にして、手段が目的化してしまうということが現実世界でもあることで、
問題解決の手法とかが企業でもよく勉強しろと言われますけど、勿論それはそれで大事なことではあるんだけど、
ついつい問題解決の手法や目標管理が目的化してしまって、達成すべきことを全く達成できていないということも多い。
(打ち合わせのための打ち合わせ、とかやっちゃっていること...結構あったりするんだよなぁ・・・)

べつに本作のグレゴリー・ペック演じる科学者が、専門性の無い人間だなんてわけじゃないんだけど、
立場が人を変えてしまう典型例なのか、彼が本来、計画を達成するために必要不可欠な宇宙飛行士たちを
安全に宇宙空間に送り届けて、数々の実験をさせてデータを採り、無事に地球に帰還させ家族のもとへ帰すというのが
このプロジェクト・リーダーの最大の使命であったはずだ。しかし、その最大の使命に彼は執着しようとしていない。

それはどうしても、彼に人間的な心が欠落しているのか、リーダーとしての責任を負いたくないのか、
真意はよく分からないけれども、まぁ・・・ホワイトハウスに自分の功績をアピールしたいのだろうと見えちゃうんだなぁ。

何気に映画の途中で描かれていますが、彼が車を運転していて警察官に職質で停められて、
免許証不携帯で事情聴取を受けるとか、一見するとどうでもいいことに映画の時間を費やしているように感じますが、
これはこれで彼の仕事以外の部分はまったくの杜撰で、少々社会性に欠ける部分があることの証左であるのかも。

宇宙船に残る酸素が3名分、十分にあるという状況ではないことから、
3名のうち1名が命を犠牲にしてでも、2人は生き残ろうと究極の選択を迫られる宇宙飛行士たちの思いは痛切だ。
もっとも、映画はそんな非情な宣告を受けて、おそらく全員が心拍数爆上がりで、「死にたくない」という思いにかられ、
宇宙船を修理できるということに希望を持てない状況を悟ってしまい、徐々に精神をやられていくという構図に陥る。

明確に感情的になったり、クレージーな行動をとったりするわけではありませんが、
どこか女々しく弱音を吐いたり愚痴ったりする、実に人間的な部分を見せる宇宙飛行士たちの会話は妙に印象的だ。

正直、これだけで映画を進めるのは難しいから、ヒューストン側でグレゴリー・ペック演じる科学者のような
ややトンデモな人物を挿し込むことで、映画にメリハリをつけようということかもしれないが、結果的にこれは賛否両論。
それでいて、それぞれの心理的な駆け引きだとか細かいことをジョン・スタージェスが得意としているならまだしも、
実際のところはそんな感じでもないので、本作の課題としてはヒューストン側と宇宙船側で上手く絡み合わないことだ。

これでヒューストン側、特にプロジェクト・リーダーとしての苦悩が描かれれば、もっと絡み合ったと思うのですが・・・。

とは言え、やや斜陽な存在となってしまった作品でありながらも、そこそこ健闘したSF映画と言っていいと思う。
こんな内容の映画が60年代後半に作られていたことが驚きだし、70年代に入ってからのカルトSF映画ブームの
先駆けのような香りが残る作品だ。無重力の映像表現にしても、当時の出来る工夫を凝らしたように見えて面白いし。

ただですね・・・やっぱり宇宙にバンバン人が送られる前に作られた映画ですので、
色々と現実との乖離はあるでしょうし、映像表現としても「1969年当時の」という前提で鑑賞することは必要です。
これが現代に同じ内容で作られれば、それはヤバい映画だということになりますが、本作はあくまで1969年に製作。
この当時の宇宙に対する認識や宇宙工学の進展を思うと、結構ギリギリのところを攻めた作品なのだろうと思います。

ですから、現代の目線で見ればキビしい評価にしかならないでしょうから、そこは気を付けなければならないです。

僕は正直、ジョン・スタージェスの監督作品としてはまずまずの出来と言っていいのではないかと思いました。
細かいことは得手ではないディレクターだと思っていたので、最初っから違う目線で見ていたというのもあるかも。
とは言え、宇宙飛行士たちに安全な場所から究極の選択を強いるという、不条理さ満開なテーマには肉薄している。

そんな不条理な状況であっても、その不条理さを緩和しようともせず、淡々と事務的に宇宙船に通告するリーダー。
このドライな部分がアメリカなのか知りませんが、そんな奇異にも思える構図を実に堂々と描いているのが斬新(笑)。
良く言えばどんな状況にも冷静に判断するプロフェッショナルなのかもしれないが、こんな役割にはなりたくない(笑)。

少々、極端な例かもしれませんが...2013年の『ゼロ・グラビティ』の原型とも思えなくはない作品であり、
本作も21世紀に解釈し直せば、もっと違うアプローチで撮られたのかもしれない。それでも、この科学者については
ブレずに冷徹かつ事務的に宇宙船と交信するというキャラクターを変えずにいて欲しいし、このスタイルは貫くべし(笑)。

(上映時間128分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ジョン・スタージェス
製作 M・J・フランコビッチ
原作 マーチン・ケイディン
脚本 メイヨ・サイモン
撮影 ダニエル・L・ファップ
編集 ウォルター・トンプソン
音楽 エルマー・バーンスタイン
出演 グレゴリー・ペック
   リチャード・クレンナ
   デビッド・ジャンセン
   ジーン・ハックマン
   ジェームズ・フランシスカス
   リー・レミック
   マリエット・ハートレイ
   スコット・ブラディ

1969年度アカデミー撮影賞(ダニエル・L・ファップ) ノミネート
1969年度アカデミー特殊視覚効果賞 受賞
1969年度アカデミー音響賞 ノミネート