炎の人ゴッホ(1956年アメリカ)
Lust For Life
37歳という若さで他界したオランダ人の伝説的画家フィンセント・ヴァン・ゴッホのタフな生きざまを描いた伝記映画。
ゴッホは印象派の代表的な画家ですが、僕は美術で「1」の成績を取ったことがあるだけに
まったくゴッホの詳しいことは分からないし、絵画を鑑賞して感想を述べる能力はゼロと言っていいくらい(苦笑)。
監督は50年の『花嫁の父』などで知られるビンセント・ミネリで、本作はかなりの力作と言っていいですね。
映画で描かれるゴッホは典型的な芸術家肌の人間だったのか、宗教の伝道師として教会から派遣されて、
田舎で活動するために自ら懇願し、現地では現地の炭鉱マンと一緒になって貧困生活を送って本部から睨まれ、
突如としてシングルマザーに「一緒になろう!」とプロポーズしたりと、とにかく感情にすぐ訴える情熱的な男だ。
やや年齢も重ねて見えるカーク・ダグラスがゴッホを演じたということもあってか、
随分なオッサンがギラギラしている印象なのですが、確かに邦題の通り“炎の人”と言えば、そうかもしれない。
しかも途中からは精神を病んでしまったということで、自身の耳を切り落とす自傷行為にでたり、
自ら志願して精神治療を施す療養所に入所したり、特に晩年は激動の時間を過ごしたと言っても過言ではないだろう。
正直、この映画はそういったゴッホの激動の日々を観ているだけで、それなりにお腹いっぱいになるような作品です。
それと、ゴッホと同じ時代に活動したゴーギャン役としてアンソニー・クインってのも、実は豪華な映画ですよね(笑)。
僕はあんまり詳しくないから分かんないですけど、ホントにゴーギャンと仲良かったのかな?とは思いましたけどね。
そんな2人の個性的な名優をまとめたビンセント・ミネリの手腕も立派なもの。得意のミュージカルではないけど。
それから、この映画を観ていて意外だったのは、ゴッホの画家としての活動には弟テオの存在が大きかったこと。
テオが画商として活躍していて先んじて、パリに出てバリバリの画商として有名になり、ゴッホを支援していました。
また、ゴッホにとって精神的支柱でもあったことは否めず、ゴッホの人生の節目でテオは大きな影響を与えていました。
ゴッホはとても難しい人間であり、ある種“流れ者”のような人生しか歩めない性分でありながらも、
孤独に苦しんでいて自分独りで生きていけるようなタイプでもないという、正反対な面を兼ね備えた(?)人物である。
現代社会なら、切り捨てられてしまいそうな生き方しかできず、しかも何事にも激情型なところがあるため、
感情表現は上手くなくって、友人も恋人もできずに孤独な人生に苦しむ。これでは、なかなか理解されないだろう。
好きなことをやれば芸術家肌なので、何事にも凝り性なところを見せるし、特に絵画はプロの腕前だ。
そこに目を付けていたテオも、兄のゴッホに絵を描くように薦めてはいたが、残念ながら絵はなかなか売れません。
そんなジレンマの中、精神症状はドンドン進行していくゴッホは行きずりのシングルマザーと同棲するなど、
おそらく多少なりとも脚色された内容なのでしょうけど、文字通り波乱万丈な人生を歩んでいることは間違いない。
ゴッホが絵に熱中して、どのようにして上達していったのかについてはキチッと描いて欲しかったなぁ。
あくまでゴッホの生きざまにこだわって描いたというのは分かるんだけど、あまりに絵のことに触れなさ過ぎている。
これでは印象派の画家ゴッホに興味があって本作にたどり着いた、彼のファンにとっては物足りない作品だろう。
そういう意味では、画家ゴッホというよりもゴッホの人物像に迫った映画という色合いの方が強いのだけれども、
本作でカーク・ダグラスが表現するゴッホは終始、熱烈なほどに情熱的なのでこういうのがウザいと感じる人には
結構ツラい内容なのかもしれないですね。多少なりとも芝居もステレオタイプに見えるところがあるので、尚更のこと。
とは言え、映画的には見応え十分だし、エピソード量の割りにはコンパクトに上手くまとまっている。
アービング・ストーンの原作の良さは十分に詰まっていると思うし、このビンセント・ミネリの手腕は見事だと感じる。
賛否はあれど、これだけ著名な画家の伝記映画ですから、ビンセント・ミネリにとっても大きな挑戦だったはずですね。
その挑戦に見事に応えたのは素直にスゴいと思う。ビンセント・ミネリは決してミュージカルだけの人ではないのだ。
本作では途中、ゴッホが絵に没頭することよりも、彼自身が作品を作り上げる環境を如何に作るか、
という点についてクローズアップしていくことになります。それがキッカケで家族や周囲の人々と衝突することになり、
アルルという場所に彼曰く“美術村”を作るというヴィジョンを掲げて動き始め、ゴーギャンらを呼んで共同生活をします。
しかし、半ば飲むことを楽しみとして生きるゴーギャンと波長が合うかと言われると、それは微妙なもので
自分の興味があること以外はものぐさな性格であるゴッホの不衛生極まりない生活にゴーギャンは苦言を呈します。
しかも、もがき苦しむような社会的メッセージ性の高い題材を絵にするゴッホに対して、
印象派の代表格として色彩を最小限でも、最大限のことを表現しようとするゴーギャンとはまるで違う絵の方向性。
こんな調子で2人の共同生活は長続きをするわけがないというのがセオリーで、アッサリとゴーギャンは出ていきます。
ここでもゴーギャンを必死に止めるゴッホでしたが、ここでもやっぱり孤独には耐えられず、精神を病んでしまいます。
こうしてゴッホが精神的に追い込まれていく過程は、実に見事に描かれており素晴らしいと思う。
個人的には、ビンセント・ミネリが人間の内面を掘り下げるというイメージが無かったので、少々意外な作風でした。
(いえ...大変失礼な僕の勝手な印象だったのですが、てっきりミュージカル中心の人だと思っていたので・・・)
『アラビアのロレンス』でもカメラマンの一人を務めていたフレデリック・A・ヤングが本作のカメラを担当してますが、
ややチープなセット撮影が中心になってしまっていましたけど、ハッキリした色使いが良い具合に作用していますね。
そして、何より主演のカーク・ダグラスが表現するゴッホが賛否あるとは思うけど、僕は素晴らしいと思った。
情緒不安定で激情型なゴッホの性格を上手く表現していて、観ていて疲れるけど(笑)、そう思わせる情熱がスゴい。
こういうカーク・ダグラスの力演を引き出したのがビンセント・ミネリの手腕なのかもしれないけど、見応えは十分だ。
そう、エピソードもそれなりに詰まっているし、相応のヴォリューム感を感じさせる映画の骨格で見応えがある。
それなのに上映時間としては、2時間とチョット。そこまで長いと感じさせずに、相応の見応えがあるというのは良い。
まぁ、ゴッホをはじめとして登場人物のほとんどの感情表現が大きめなのもあって、半ば力技とも言える映画ではある。
その力技もあって、ヴォリューム感が演出できているというのもあるかもしれませんが、この構成力は見事だと思った。
興味深いのはゴッホにとっては弟テオが必要不可欠な存在であり、テオがいなければ何もできないくらい、
テオに対する精神的な依存はとっても大きかったということだ。これは映画の最後にも、そんなニュアンスが残ります。
テオのあらゆる面での支援がなければ、ゴッホが絵画に没頭する環境が生まれなかったし、画家として飛躍する
キッカケを得ることもできず、ゴーギャンらとの交友もなかったと思える。これは大きなポイントであると思います。
おそらく、実際のゴッホの晩年はもっとスゴかったのだろうなぁとは思います。
そこに弟テオが果たした役割は大きかったのだろう。精神を完全に病んでしまい、狂気的な部分もあったそうだから。
本作でも耳を落とすという衝撃的なエピソードも描かれていますが、ゴッホにとって自由が奪われるというのも苦痛で、
それまでに伝道師としての理想と現実のギャップに悩んだり、芸術観と合わないゴーギャンとはつい衝突してしまう。
それが結果として自傷行為にまで至っていたのですから、当時は他人に対してもゴッホはかなりキツかっただろう。
そんな狂気を内包したゴッホとの葛藤ともなると、また別な映画が一つ作れちゃいそうなほどのテーマですね。
歴史に名を残すくらいの芸術家ですから、どこか突き抜けた非凡なものがないと、これだけの人物になりません。
だからこそ、本作でカーク・ダグラスが表現した狂気的な側面こそ、ひょっとするとゴッホの実像に近いのかもしれない。
まぁ、映画で描かれるゴッホを観ていると、これがどれだけ現実を反映しているのかは判断つかないけど、
仮に若い頃にゴッホに伴侶となる女性との良い出会いがあれば、かれの人生はきっと大きく変わっていたでしょう。
勿論、偏屈かつ狂気的な部分のあるゴッホの性格に耐えられるのか、という疑問も無くはないのですが(笑)、
それでもゴッホに妻子がいて、孤独になることがなければ...ゴッホの内面はここまで屈折していかなかったかも。
これは一つの運命の分かれ道だったかもしれませんが、そう思うと彼の不遇な晩年がなんとも切ない。
ちなみに本作は映画のオープニングとエンディングに、共にテロップが流されますが、
数多くの美術館や美術関係機関から絵画の提供を受けており、その協力なくして撮影できなかったとのこと。
スタッフにそういった伝手があったからこそ実現したのでしょう。確かに当時としては異例なことだったのかもしれない。
(上映時間122分)
私の採点★★★★★★★★★☆〜9点
監督 ビンセント・ミネリ
製作 ジョン・ハウスマン
原作 アービング・ストーン
脚本 ノーマン・コーウィン
撮影 フレデリック・A・ヤング
ラッセル・ハーラン
音楽 ミクロス・ローザ
出演 カーク・ダグラス
ジェームズ・ドナルド
アンソニー・クイン
パメラ・ブラウン
ジル・ベネット
エヴェレット・スローン
1956年度アカデミー主演男優賞(カーク・ダグラス) ノミネート
1956年度アカデミー助演男優賞(アンソニー・クイン) 受賞
1956年度アカデミー脚色賞(ノーマン・コーウィン) ノミネート
1956年度アカデミー美術監督・装置賞<カラー部門> ノミネート
1956年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(カーク・ダグラス) 受賞
1956年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(カーク・ダグラス) 受賞