炎の人ゴッホ(1956年アメリカ)

Lust For Life

37歳という若さで他界した、伝説的なオランダ人画家フィンセント・ファン・ゴッホの
苦悩の生涯を描いた伝記映画であり、名匠ビンセント・ミネリとしては異例なほど硬派な作品だ。

多少、ステレオタイプに描いた傾向もある映画ではありますが、
個人的にはやはりこれは力がある映画だと実感するし、実に見応えがあるドラマと言っていいくらいだ。

ゴッホは1890年に他界してますので、本作製作当時、
既に“昔の出来事”を映画化した感はありますが、さすがにファン・ゴッホが著名人であるためか、
おそらく当時、ビンセント・ミネリからしても、神経質にならざるをえない企画であったことでしょう。

当初は聖職者として研鑽していたファン・ゴッホでしたが、自分が行うべき日々の説教を
一般市民が真面目に聞いてくれないことに強い疑問を抱き、一般市民の窮状を理解しようとします。
そこでファン・ゴッホが考えたのが、自らの趣味であった絵画であったということなのですが、
次第に気難しい性格であったファン・ゴッホのせいか、突発的に湧き上がる発作を抑えられなくなります。
全くの自分の作品を理解されず、画商である弟とも衝突を繰り返し、作品が売れないことに苛立ちを隠せません。

やがて、好きな絵画に打ち込む環境を作ることに興味を抱くようになったファン・ゴッホは、
美術に関する意見を闘わせることに熱中するあまり、周囲との衝突も繰り返すようになります。

アルルに“美術村”を作ることに希望を抱くようになり、
唯一、ファン・ゴッホがリスペクトを示すゴーギャンをアルルに呼び寄せ、2人は共同生活を送るようになります。
しかし、根本的な性格が異なることに加え、色彩を多く使い、労働者を絵にするファン・ゴッホに対して、
色使いは必要最小限、印象派の画家の代表格であったゴーギャンは合うことがなく、すぐに共同生活が破綻します。

孤独を嫌ったファン・ゴッホでしたが、アッサリとゴーギャンは出て行ってしまい、
耳を切るなど自傷行為に及んだファン・ゴッホを見かねた彼の弟は精神病院への入院を勧めます。

ファン・ゴッホ自身、そういった状況を許せなかったせいなのか、
素直に入院したファン・ゴッホでしたが、なかなか孤独な生活には馴染めず、結果的に家庭人としての幸せには
満たされない不遇の晩年を送ることになってしまいます。本作はその晩年を中心に描いています。

『雨に唄えば』などミュージカル映画を中心に活動してきた印象が深いビンセント・ミネリですが、
本作では一転してシリアス一辺倒で押し通す力強い演出に終始していて、イメージを覆してくれますね。
個人的にはビンセント・ミネリがここまでできるディレクターだとは思ってもいませんでしたね。
どこまで事実に基づいた映画かは分からないですが、ファン・ゴッホの晩年には肉薄できていると思いますね。

名優カーク・ダグラスがファン・ゴッホを演じていますが、これは一世一代の名演技と言っていい熱演だ。
ゴーギャンを演じたアンソニー・クインにしても、雰囲気から実在のゴーギャンを研究し尽くした立ち振る舞いで、
ビンセント・ミネリも役者陣に大きく助けられている。本作はキャスティングの勝利と言ってもいい作品ですね。

言ってしまえば、本作で描かれるファン・ゴッホは孤独が耐えられない男だ。
聖職者であった頃は、自傷行為など論外な考えでしたが、孤独を深めると精神的に追い詰められ、
思い悩むと次第に自傷行為や異常行動が顕著になっていき、より追い詰められていってしまいます。
当時は精神医療も発達しておらず、周囲の理解も乏しかったのかもしれません。芸術家ゆえの宿命なのかも。

また、私には美術に関する知見はありませんが、
映画の冒頭とラストにテロップが出てきますが、本物の美術品を数多く撮影で借りたらしく、
事実に忠実に作ろうとする努力が見える作品にはなっていて、それが本作の良さであることは認めざるをえない。

おそらく、この手の画家に関する伝記映画の企画というのは、
数多く上がっていると思うのですが、本作の出来を考えると、そう簡単に上回ることはできないと思いますね。
そういう意味では、本作がビンセント・ミネリのベストワークとなるのかもしれませんね。

その割りに、個人的には本作の評価が低いような気がするのが残念ですね。
この重厚な作り、実に克明かつストレートに綴って、見応えのある仕上がりになっているだけに勿体ないですね。

本作は日本でも舞台劇になっているようですが、
画家を主人公に据えた伝記映画でここまでの出来はなかなかないと思えるだけに、
現状は過小評価かなぁと思えますね。そういう意味で、本作は今一度の再評価を促したいところだ。

ちなみにファン・ゴッホは他界後に評価を上げるという結果が実に皮肉だ。
もし、彼が生前に評価されるようなことになっていれば、彼の人生は大きく変わっていたかもしれません。
前述したように、ファン・ゴッホは孤独に耐えられなかったというだけでなく、承認欲求が強かったのでしょう。
そうなだけに、彼自身、名声とまではいかずとも、彼の美術的センスを共有できる人がいれば、変わっていたでしょう。

実在のファン・ゴッホを知っているわけではありませんが、本作を観る限り、
そういった彼の能力を認めるブレーンがいれば、孤独を深めるということはなかったでしょう。

実在のファン・ゴッホの弟の画商も、ファン・ゴッホが他界した後、すぐに後を追うように亡くなっているそうで、
ファン・ゴッホの名声をコントロールできる人がいなくなったこともあり、皮肉にもファン・ゴッホの死後、
彼の作品が売れて名声を上げれば上げるほど、ファン・ゴッホの作品の贋作が流通するようになります。
それゆえ、真贋の見極めが難しく、ファン・ゴッホ死後100年以上経った今も尚、議論を呼ぶことがあります。
こういった過熱ぶりがファン・ゴッホ生前の時代に、その100分の1でもあれば・・・と思うと、なんだか切ない。

主演のカーク・ダグラスは2017年現在、未だ健在だというから、正直、ビックリだ。
さすがに公の場には姿を現すことは皆無だが、元気だと報じられているから、体は丈夫なのでしょうね。
往年の名優たちが次々と先立ち、寂しいというコメントを出していますが、おそらく役者ではトップの長寿ですね。

ひょっとすると、長寿の遺伝子がある家系なのかもしれません。
とすると、息子のマイケル・ダグラスも長生きするということなのかもしれませんね。

(上映時間122分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ビンセント・ミネリ
製作 ジョン・ハウスマン
原作 アービング・ストーン
脚本 ノーマン・コーウィン
撮影 フレデリック・A・ヤング
   ラッセル・ハーラン
音楽 ミクロス・ローザ
出演 カーク・ダグラス
   ジェームズ・ドナルド
   アンソニー・クイン
   パメラ・ブラウン
   ジル・ベネット
   エヴェレット・スローン

1956年度アカデミー主演男優賞(カーク・ダグラス) ノミネート
1956年度アカデミー助演男優賞(アンソニー・クイン) 受賞
1956年度アカデミー脚色賞(ノーマン・コーウィン) ノミネート
1956年度アカデミー美術監督・装置賞<カラー部門> ノミネート
1956年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(カーク・ダグラス) 受賞
1956年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(カーク・ダグラス) 受賞