小さな巨人(1970年アメリカ)
Little Big Man
なるほど、これは確かに普通の西部劇ではない。立派なニューシネマですね。
『俺たちに明日はない』で鮮烈にアメリカン・ニューシネマの時代の到来を告げた、
アーサー・ペンが“リトル・ビッグ・ホーン”と呼ばれる先住民族と白人たちの壮絶な戦いの生き残りである、
121歳で老人ホームで生きているジャック・グラフという老人にインタビューする中で、彼が語るウソのような
先住民族に育てられ、先住民族たちとくっ付いたり離れたりしながら歩んできた日々を回顧するドラマチック西部劇。
主演は当時のアメリカン・ニューシネマが生んだスターの代表格であったダスティン・ホフマンで、
チョイ役に近いのですが、やたらと若いジャックの逞しい肉体にギラギラした部分を見せる婦人としてフェイ・ダナウェーも
出演していて、おそらく彼女は『俺たちに明日はない』からのつながりで、本作にも起用されたのではないだろうか。
半分、コメディみたいな映画ではあるのですが、2時間を大きく超過する上映時間であるにも関わらず、
中ダルみせずにしっかりと見せてくれるのはスゴい。壮大なホラ話しのような様相でもあるので、賛否は分かれるけど、
時にシリアス、時にコミカル、時に切なくといった塩梅に、コロコロと転調しながらも映画全体のバランスは欠かない。
思わずアーサー・ペンって、こんなに器用なディレクターだったったっけ?と疑問を禁じ得ないほどに、上手かった。
この題材で2時間越えになるのは、正直、間延び覚悟で僕は観たのですが、申し分のない配分だったと思います。
映画は幾つかのステージに分かれて構成されていて、若き日のジャックの置かれている環境が
目まぐるしいくらいにコロコロ変わる。特に映画の前半の展開の速さには、ビックリさせられるくらいのスピード感。
まずは幼少時代に姉と共に移動中に先住民たちに襲われて囚われの身となったものの、
先住民の長老から認められて、ヤンチャな男子として先住民たちの集落の中で育てられ成長するところから始まる。
しかし、成人した頃に白人たちの戦いに参加しアッサリ彼だけは投降。自分が実は先住民ではないとアピールして、
白人社会で生きることになったら、牧師の家に居候することになり、そこのご婦人から妙な視線で見つめられドキドキ。
しかし、そんな生活をアッサリと捨てて訳の分からないイカサマな薬を売る詐欺師と行動を共にして、
町を移り歩いては商いに勤しみ、荒くれ者とトラブルになって襲ってきた相手が、なんと生き別れた姉だった。
そこで姉と行動を共にするようになって、自分にはガンマンとしての才覚があることに気付いてからは、
ガンマンとして生きようとするものの、やっぱり所帯を持って落ち着こうとしてスウェーデン人女性と結婚して、
雑貨屋を営むものの事業に失敗し、カスター将軍の助言に従って西部を目指すものの、途中で先住民に襲われる。
今度は一転して先住民の集落に戻って、新たに先住民の女性と結婚して定住するかと思いきや、
集落は白人たちの襲撃を受けて妻子を失い、失意のジャックは再会したカスター将軍の偵察官となって戦いに出る。
とまぁ・・・いろいろと忙しい展開をみせる映画なのですよね。
しかし、この軽いノリでコロコロと変わっていくスタイルが当時としては新しい映画として受け入れられたのだろう。
監督のアーサー・ペンはアメリカン・ニューシネマのパイオニアみたいなディレクターですが、
66年の『逃亡地帯』でその下地は作っていて、前述したように『俺たちに明日はない』で高く評価されました。
ただ、ニューシネマ路線だったのは本作あたりまでで、70年代以降は不思議と創作ペースを落としてしまいました。
本作なんかもそうですが、どちらかと言えば舞台劇のような仰々しさのある演出なので、ここは賛否が分かれるだろう。
個人的にはフェイ・ダナウェー演じる性衝動が抑えられないご婦人の存在なんかは面白いと思ったけど、
彼女のキャラクター造詣もステレオタイプな感じなので、こういう映画とは全く合わないと感じる人も少なくはないだろう。
でも、この大袈裟さほどが本作の醍醐味でもあるのだろうと感じた。だって、壮大なホラ話しなのかもしれないから。
主人公のジャックは老人ホームに暮らす自称121歳で、“リトル・ビッグ・ホーン”の生き残りだというが、あくまで自称。
彼の話しはホラ話しだろうが、真実だろうが映画の本筋には関わらないのですが、昔話は“盛って”話すことが多い。
壮大な昔話を爺さんから聞いているような内容であって、それはそれでドラマティックじゃなきゃ面白くないわけです。
だからこそ、アーサー・ペンの演出も時にコミカルで仰々しさがあって、それが映画の主旨にマッチしている。
当時はそんなことをやっている人がいなかったからこそ、評論家筋からもニューシネマにカテゴライズされたのかも。
思えば、ジャックの話しに出てくるカスター将軍もどこか胡散クサくて、一筋縄にはいかないキャラで興味深い。
達観して予言者のように、ああでもないこうでもないと言うが、結局は大統領になりたいだけの上昇志向の塊。
ハッキリ言って、彼の言っていることはテキトーでアテにはならない。“リトル・ビッグ・ホーン”の交戦の場では、
一気に精神的に崩壊したように、一人戦禍の中で叫びながら、部下たちを鼓舞しているようだが、誰も聞いていない。
もはやカスター将軍が率いた軍の戦いとは言えず、指揮命令系統が完全に崩壊してメチャクチャになってしまっている。
このカオスな状況こそ、アメリカン・ニューシネマの象徴とも言える空気感で、なんとも絶妙である。
この辺がアーサー・ペンが新たなベクトルで映画を撮っていたことの証明で、パイオニアたる所以だと思います。
本作で特筆に値するのは、先住民族の長老を演じたチーフ・ダン・ジョージだろう。
彼はカナダの人のようですが、60歳を超えてからテレビに出演するようになって、本作撮影当時は既に70歳。
本作の後にも『ハリーとトント』やイーストウッド監督作品の『アウトロー』などに出演して、存在感を示していました。
もっとも、本作の印象的な芝居でアカデミー賞にもノミネートされたのだから、その実力も評価されていた俳優さんです。
本作でもラストの少しだけトボけたところを見せるように、ジャックと共に歩いていく姿が印象的だ。
結局、ジャックにとってもこの長老は命の恩人であり、育ての父であるというわけで、リスペクトする存在である。
ひょっとすると、原題にもなっている“Little Big Man”とはジャックが語る、この長老のことを意味するのかもしれない。
ラストにしても、まるで自分の最期を悟ったかのように寝転がるシーンが印象的で
何か不思議な能力を持った長老のように見えるが、どこかコミカルでトボけたところがあるのは笑いのポイント。
このラストなんかは、比較的シリアスに迫っていった感じだったのですが、本作のアーサー・ペンは最後にオチをつける。
そう思うと、アーサー・ペンは本作をあくまでコメディ映画だと捉え、敢えて喜劇のエッセンスを混ぜたのかもしませんね。
主演のダスティン・ホフマンは当時、アメリカン・ニューシネマ世代の俳優としては、
当時のトップ・スターの道を歩んでいた若手俳優の代表格でした。比較的、童顔だったルックスを生かして、
本作でもかなり若い20歳くらいのジャックから演じていて、撮影当時、32〜3歳とは思えないほどの若々しさだ。
実際問題として、ジャックの肉体に熱い視線を送るご婦人を演じたフェイ・ダナウェーの方が年下でした。
そのフェイ・ダナウェイー演じるご婦人が、ジャックの入浴を介助するという謎なシーンが序盤にありましたけど、
このシーンでは一転して艶笑映画のような雰囲気になるのもユニークで、とにかく色々と忙しい映画であります(笑)。
この映画で描かれたことの何処までが事実に忠実に語られているかは、正直言って、よく分からない。
“リトル・ビッグ・ホーン”についてジャックが脚色して語っているかもしれない。史実として語られているのは、
カスター将軍はかなりマスコミ戦略に長けた軍人であり、自身の戦績に関わるプロモーションのためには、
戦場にマスコミを引き連れたりして、故意に彼の武勇伝を記事にさせて、自分をワシントンに売り込むことだけは
異様に熱心だったらしく、そういう意味では本作で描かれたような、どこか信用ならないキャラクターは正しいのかも・・・。
とまぁ・・・これはあくまで寓話として捉えた方がいい作品だと思います。
教訓として、どんな環境や境遇であろうが、それぞれの条件で生き抜くことが尊いことであると描かれています。
確かにジャックは一貫した生き方をしてはいないかもしれませんが、彼なりに平和に暮らしたかっただけであって、
生活を壊されることは望んでいなかったし、何を賭けて闘ったり、誰かと対立したかったわけでもありません。
しかし、周囲があまりに好戦的で血気盛んな人々に囲まれた環境で、また時代性もそういう時代でした。
そんな中で、性格的に人を殺すことはできないジャックなりにどう生き抜くかを描いた作品と言える。
彼のような生き方を卑怯だと批判する人がいるかもしれませんが、ジャックなりに守るべきものは守り抜くわけで、
何を賭けて生きているわけでも、その環境に甘んじて外面だけ良くしている人よりは、立派な素晴らしい人生だ。
とまぁ、皮肉の一つでも言いたくなるほど、中身が伴わない人間が増えると、やっぱり踏み外す人も多くでる。
自分はジャックのような人生も大変だけど、“踏み外す”よりはマシな人生だと思うし、立派なもので尊敬に値すると思う。
(上映時間139分)
私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点
監督 アーサー・ペン
製作 スチュアート・ミラー
原作 トーマス・バーガー
脚本 カルダー・ウィリンガム
撮影 ハリー・ストラドリングJr
音楽 ジョン・ハモンド
出演 ダスティン・ホフマン
フェイ・ダナウェー
マーチン・バルサム
チーフ・ダン・ジョージ
リチャード・マリガン
ジェフ・コーリイ
1970年度アカデミー助演男優賞(チーフ・ダン・ジョージ) ノミネート
1970年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(チーフ・ダン・ジョージ) 受賞
1970年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(チーフ・ダン・ジョージ) 受賞