野のユリ(1963年アメリカ)

Lilies Of The Field

シドニー・ポワチエが黒人俳優として初めてアカデミー主演男優賞を獲得したヒューマン・ドラマ。

本作の誕生自体が、既にハリウッドでニューシネマ・ムーブメントの予兆を感じさせる流れであったと思う。
シドニー・ポワチエは1946年に初めてブロードウェイに出演し、50年代からは本格的に映画俳優としての
キャリアを積み始めたのですが、本人曰く、「当時のスタジオにいた黒人は、私だけだった」とのことで、
おそらく黒人俳優として初めてハリウッドでスターダムを駆け上がったのはシドニー・ポワチエだろう。

そういう意味で、彼は白人社会の視点から見て、理想的な黒人像だったとも言えるが、
彼がパイオニアとしてハリウッドで実力を発揮して、相応の地位を築かなかったら、もっと遅れていただろう。

本作製作当時だと、どうしても黒人俳優が出演していれば人種差別をテーマにした作品になるだろう。
しかし、本作の凄いところは肌の色の違いを語る部分はあるにせよ、人種差別をテーマに掲げなかったところだ。
監督のラルフ・ネルソン自身も、建設会社の社長役で出演しているのですが、本作で登場した人物は全員、
主人公を敬遠したり、差別的態度や言動をとったりしない。そりゃ、当時はまだ人種差別が今以上に蔓延っていた
社会であっただろうし、こういったスタンスを偽善的だと言う人もいるだろうが、本作のラルフ・ネルソンはもっと先を
見据えているようで、全く人種差別を気にすることがない世界を描くことで、全てをフラットに描こうとしている。

とは言え、差別意識というよりも本作はあらゆる観点からのマイノリティについて触れているように思う。

映画は主人公の黒人青年ホーマーが運転する車が田舎道でオーバーヒートを起こし、
水を求めて数人のシスターが集団生活を送る家に立ち寄るシーンから始まります。年長のシスターは荒野の土地に
何故か教会を建てたいという強い信念を持っており、ホーマーを見て「神様が与えてくれた恵みだ」と言い、
屈強な肉体と基礎知識を持つホーマーに、教会建設を行うよう仕向けて、同情的になったホーマーも引き受けます。

ホーマーがシスターたちの生活に入り込んだら、彼女らに肩入れして教会建設を引き受けるのですが、
それは厳しい生活を強いられる東欧から何故かアリゾナの荒野に移住してきて、英語も喋ることができずに
苦労しているシスターがいることに同情し、ホーマーが彼女たちに英語を教えるということが、大きな契機となります。

そうなると、いざシスターたちとの共同生活になれば、ホーマーは完全にマイノリティの立場になる。

勿論、ホーマーは黒人であり、他のシスターたちは白人であるという人種マイノリティになる。
そしてホーマーは男性であり、女性しかいないシスターとの生活に戸惑うところはあるだろう。
ホーマーはあくまで一般人であり、家にはシスターしかいません。食事の物足りなさを嘆く姿が、それを象徴する。

あらゆる面で少数派であったホーマーでしたが、彼は自分を貫き、教会建設という同じベクトルを向き始めます。
しかし、課題は山積であり、まともな職人はいない、建材も資金も大幅に不足しているという、厳しい状況でした。

そんな逆境にもめげずに前へ進む歩みを止めないように、奮闘するホーマーでしたが、
それでも劇中、途中で投げ出して立ち去ってしまう。まぁ、そんな姿も人間らしい部分と言えるのではないだろうか。
しかし、何も完了していないことに負い目を感じ、精神的にリフレッシュしたホーマーは戻ってきて、再び動き始める。
象徴的なのは、本作のラストでもホーマーは「オレは前へ進むよ」と言い、何かを達成したら次の目標に向かい始める。

そんな前向きな姿をシドニー・ポワチエが演じることに、大きな価値があったということなのでしょう。
これは皮肉で言っているわけではなく、彼は虐げられた立場であり、時代的にはまだ不利な状況にありながら、
どうすれば柔和な感じで、黒人俳優が彼の後をついてスターになっていけるかを、常に模索していたのではないか?

本作もそんな当時の彼の想いからすると、正しくピッタリな内容の作品であり、
「こんな黒人だったら、友達になりたい」と白人に思わせることが出来たのかもしれない。こういった懐柔の仕方は、
賛否があるだろうし、何故、白人たちに迎合する形で取り入る必要があるのか、という疑問があるけれども、
当時のシドニー・ポワチエが置かれた状況、立場からすれば、こういった出演作をチョイスすることは最善だったと思う。

僕は本作でのシドニー・ポワチエの仕事ぶりは、高く評価されるべきものだったと思うし、
アカデミー主演男優賞という栄誉に相応しい仕事ぶりだったと思う。これは間違いなく、時代を動かした作品です。

こうして黒人俳優をリードするナイフガイというポジションを作り上げたシドニー・ポワチエでしたが、
本作で彼が演じたホーマーという人物のキャラクター的には、多くの人々が想像している以上に軽い男でした。
受け答えも知性を感じさせるというより、若さを感じさせる部分が大きいし、結構、愚痴りまくっているのも意外なところ。

こんな軽い感じの若者を演じているシドニー・ポワチエというのも、なんだか貴重な気がしますねぇ。

シドニー・ポワチエがリードして歌う、「エェェェイ、メン!」の歌は吹き替えらしいのですが、
この歌は印象に残ること間違いなし。この歌声が響く中で、徐々にフェードアウトしていくラストも秀逸で、
何故か映画のエンド・クレジットに入る前の“THE END”の文字が、“AMEN”に変わるという斬新な試みもあります。
映画の内容自体も当時としてはセンセーショナルでしたし、斬新な試みもあったりして、勇気のいる仕事だったと思う。

それから現代の感覚とは正直言って、ズレているところもある作品だし、
宗教や信仰の在り方を問うテーマも内包されていて、内容的には結構スピリチュアルな内容ですね。
あまり小難しいことを言及しているわけではありませんが、無神論者には不評な中身であるでしょうね(苦笑)。

敢えて言うなら・・・本作を感動作という触れ込みで紹介しているのを読んだことがありますが、
僕にはドラマ系の映画と言えば、それはそうだけど...多くの人々の涙を誘うようなタイプの映画ではなく、
どちらかと言えば、黒人青年と移住してきたシスターの交流を、ユーモラスに描いた作品という感じでコメディ寄りだ。

それゆえか、ラルフ・ネルソンの演出もシリアスになり過ぎることなく意識して作られた感じで、
上映時間の短さもあって、とてもコンパクトにまとまっており、映画のスピード感も快調。クドクドと描かないのです。
言うなれば、異文化コミュニケーションのようなもので徐々に青年のユーモアがお互いのギャップを埋めていくのです。

ウィーク・ポイントとしては映画としての決定打はないところで、その辺はキビしいところ。
やはりドラマ性が高い作品というよりは、シリアスだったり社会派映画にならないように、明るく前向きにユーモラスに
撮ったためか、どうにも強く心揺さぶるようなものがあるわけではなく、これが名シーンというほどのものも無い。
故に、どうしてもシドニー・ポワチエが初めてオスカーを獲った映画、という位置づけから脱せられないのは少々残念だ。

そして黒人俳優のパイオニアとして頑張り続けたシドニー・ポワチエが最初に高く評価されたのが、
人種差別のテーマを全く抱えていない作品だったというのも意外な気がしますが、結果として彼の代表作となりました。

色々と社会性あるテーマが近接しているようなストーリーなんだけど、敢えて平和に描いている。
人間同士のやることですから、お互いに感情をぶつけ合って、そこからドラマが生まれるものではありますが、
本作はその真逆を行ったようなアプローチで、色々と思うところがありながらも、波風立てずに平和にやろうとする。
そういう意味では、ホーマーのよな若者があんなに落ち着いているというのも、にわかに信じ難いとこはあるけど、
感情をぶつけ合う姿を観るというのも、正直、疲れるものではありますから(笑)、たまにはこういう映画も良いですね。

そういう路線を狙っていたのか、本作のラルフ・ネルソンは実に落ち着いた良い演出をしている。
ラストに妙に説教クサくなったり、無理にメッセージ性を込めようとしている様子もなく、実に平穏に映画は終わる。
こういう感覚を否定する人もいるだろうけど、僕はこれはこれで本作の特徴だと理解しているせいか、“有り”だと思う。

たださ、どうでもいいことだけど・・・シスターも教会の全てをホーマーに作らせようとするなんて、
ホントにムチャ振りにしか見えなかった。しかも、気の優しいホーマーに選択権がないかのような雰囲気(苦笑)。

まぁ、お金も資材の無い中で女性しかいない環境では、教会など建てることはできないだろうから、
絶望的な状況の中で現れたホーマーだったから、彼女たちにとっては絶好の救世主に見えたのだろうが、
さすがにこの依頼を全てまるっと受けちゃうなんて、ホーマーはどれだけお人好しなのだろうと思ってしまった(笑)。

これだと、逃げ出したくなる気持ちはよく分かるし、彼にとってメリットは無いということになる。
しかし、それでも成し遂げたものが無いまま去ってしまうのは忍びないと、戻ってきて人集めをし始めるあたり、
ホーマー自身も放浪生活に身を投じながらも、誰かから頼られるということ自体、無かったことで嬉しかったのかも・・・。

(上映時間91分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ラルフ・ネルソン
製作 ラルフ・ネルソン
原作 ウィリアム・E・バレット
脚本 ジェームズ・ポー
撮影 アーネスト・ホーラー
編集 ジョン・W・マッキャファーティ
音楽 ジェリー・ゴールドスミス
出演 シドニー・ポワチエ
   リリア・スカラ
   リサ・マン
   アイサ・クリノ
   スタンリー・アダムス
   ダン・フレイザー
   ラルフ・ネルソン

1963年度アカデミー作品賞 ノミネート
1963年度アカデミー主演男優賞(シドニー・ポワチエ) 受賞
1963年度アカデミー助演女優賞(リリア・スカラ) ノミネート
1963年度アカデミー脚色賞(ジェームズ・ポー) ノミネート
1963年度アカデミー撮影賞<白黒部門>(アーネスト・ホーラー) ノミネート
1963年度ベルリン国際映画祭主演男優賞(シドニー・ポワチエ) 受賞
1963年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(シドニー・ポワチエ) 受賞
1963年度ゴールデン・グローブ賞国際賞 受賞