硫黄島からの手紙(2006年アメリカ)

Letters From Iwo Jima

硫黄島での激しい戦いを日米双方の視点から描いた2部作のうち、本作は日本の視点から描いた作品。

アメリカの視点から描いた『父親たちの星条旗』は戦争に振り回された3人の若者たちを描いており、
ストレートな戦争映画というわけでもなかったのですが、本作は戦争における戦闘を真正面から描いている。

クリント・イーストウッドは1930年生まれですから、10代の頃に第二次世界大戦を経験しており、
勿論、出征はしていないが、おそらく彼の中では鮮明な記憶として残っているのだろう。
だからこそ本作のようなテーマは彼自身がずっと描きたかった題材だろうし、かなり力が入っている。
ただでさえ難しい、戦争を中立的に描くことに見事に成功している。結論としては、反戦映画と言えるだろう。

しかしながら、敢えて『父親たちの星条旗』と比較するなら...
トータル的な映画の出来としては『父親たちの星条旗』の方が良く出来ていたと思う。
確かに本作も悪い出来ではないのですが、残念ながらムラが感じられる、若干、ラフな出来だ。
撮影期間がわずか40日で完成させたというには、かなり充実した作品のように思えるが、
やっぱり細部ではそういったスケジュールが、結果的に荒っぽさを生んでしまった感が残ります。

まぁ戦闘シーンに関しては『父親たちの星条旗』と比べても、
単純に時間も長く割かれており、当然、映画全体における比重がかなり大きい。
それを考えると、最終的な印象として戦闘シーンのヴォリーム感はかなり多く感じられると思う。

いつもクリント・イーストウッドの映画というと、ドシッとした重みがあるのが特徴ですが、
残念ながら本作はそういったドラマ性の高さが生み出す重さというのは、希薄である。
やはりこれらは企画がキチッと練られなかったのが原因ではないだろうか。
そういう意味では長編になってしまうが、二部作にしないで両作ともある程度、編集し直して合体させ、
一本の映画としてつなぎ合わせた方が良かったかもしれません。そうすれば、もっと訴求したかも。

ただ、それでもやっぱり...これは一流の仕事である。

安直な言い方をすれば、撮影期間40日で戦争映画を撮れと指示されて、
本作ほどの完成度まで持っていくことが、どれほど難しいことかを考えると、かなりの難儀であるとしか思えない。
(別に撮影期間40日という短さは、映画会社の意向というわけでもないだろうが・・・)

それと映画にムラがあると前述しましたが、
平坦なシーンの中に、突出した素晴らしさを持つシーンがあるからこそ、そう感じるのです。

画面の緊張感という意味では、映画の前半はどちらかと言えば弛緩したシーンが多いのですが、
映画も中盤に差し掛かり、硫黄島での戦闘が激化すると、グッと良くなってきます。
特に擂鉢山での集団自決のシーンがいきなりやってくるのですが、これはかなり凄い。
僕は映画の中で、こんなシーンを軽はずみに描くもんじゃないと思っていますが、
このシーンでの極限まで精神的に追い込まれる様子は、かなり真に迫っていると思う。

お国のために命を捧げることが美徳とされていた時代、
例え捕虜となったとしても、どう処遇されるのか分からない状況において、
仲間が次々と自爆し、やがて自分の番がやってくる。
そんな状況に自分が置かれたらとすると、ゾッとしますね。

それだけでなく、映画も後半になると幾つか傑出したシーンがやってきます。
“波”があるんですよね。だからこそト−タル的に考えると、惜しいところで終わっている感じで勿体ない。

『父親たちの星条旗』では戦禍の最中、虚像であるヒーローに祭り上げられながら、
戦争という人々が無駄に殺し合う戦いの理由付けとして利用される若者たちの苦悩を描いていましたが、
この映画にはヒーローは存在しません。歴史にその名を残す、英雄的行動をとったというわけでも、
露骨に犠牲的行為に出て、誰かを救ったというわけでもない。

この映画の登場人物の多くは、家族を本土に残し、
本望ではない戦争の道具として利用され、普通の生活を奪われた人々である。

映画はそんな平和を奪い、戦争の道具へと駆り出された人々の痛みを見事に活写しています。
僕は西郷という若い兵士の身重な彼の妻とのエピソードにおいて、彼自身に出征令が届けられるシーンでは、
妙に心を動かされた。どう考えたって、死に行くような指令であるにも関わらず、
届けに来た女性から大声で、「おめでとうございます!」と言われるものなわけですから、それは複雑な状況だ。

残念ながら、この映画は全ての部門において充実した作品というわけではないと思う。
しかしながら、時にこの映画は鋭い力を持っているシーンがある。

このムラがどうして生まれたのか、僕にはよく分かりませんが、
短期間でパッと撮っても、これだけの映画に仕上がるわけなんですから、
クリント・イーストウッドって凄い映像作家ですね。今やハリウッドで他の追従を許さない域に達しているかも。

ちなみに音楽を担当するカイル・イーストウッドって、クリント・イーストウッドの息子ではないですか。
親子共演を果たした、82年の『センチメンタル・アドベンチャー』が懐かしいですね。

(上映時間140分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 クリント・イーストウッド
製作 クリント・イーストウッド
    スティーブン・スピルバーグ
    ロバート・ロレンツ
原作 栗林 忠道
原案 アイリス・ヤマシタ
    ポール・ハギス
脚本 アイリス・ヤマシタ
撮影 トム・スターン
美術 ヘンリー・バムステッド
    ジェームズ・J・ムラカミ
編集 ジョエル・コックス
    ゲイリー・D・ローチ
音楽 カイル・イーストウッド
    マイケル・スティーブンス
出演 渡辺 謙
    二宮 和也
    伊原 剛志
    加瀬 亮
    松崎 悠希
    中村 獅童
    裕木 奈江

2006年度アカデミー作品賞 ノミネート
2006年度アカデミー監督賞(クリント・イーストウッド) ノミネート
2006年度アカデミーオリジナル脚本賞(アイリス・ヤマシタ) ノミネート
2006年度アカデミー音響賞 受賞
2006年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞作品賞 受賞
2006年度ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2006年度シカゴ映画批評家協会賞外国語映画賞 受賞
2006年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞外国語映画賞 受賞
2006年度サンディエゴ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2006年度サンディエゴ映画批評家協会賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2006年度フェニックス映画批評家協会賞外国語映画賞 受賞
2006年度ユタ映画批評家協会賞外国語映画賞 受賞
2006年度カンザス・シティ映画批評家協会賞外国語映画賞 受賞
2006年度ノーステキサス映画批評家協会賞外国語映画賞 受賞
2006年度ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞 受賞