恐怖の報酬(1953年フランス)

Le Salaire De La Peur

いやはや、これは凄い映画だ。
時代性を考えると、奇跡的な映画と言っていいかもしれません。

アンリ=ジョルジュ・クルーゾーはフランス映画界を代表する名匠の一人ですが、
それまでサスペンス映画を得意分野として活動を続けてきてましたが、
本作は彼にとって、一つの到達点であったと言ってもいいぐらいの名作で、未だにその衝撃は色褪せていません。

僕はイヴ・モンタンがオッサンになってからの出演作は何本か観ているのですが、
この頃のイヴ・モンタンはベテランのシャルル・バネルも真っ青になるぐらい血気盛んで、
ガンガン攻めてくる感じがいいですね。映画の前半と後半で、彼の性格が豹変したようになってしまいます。

イヴ・モンタン演じるマリオは当初、シャルル・バネル演じるジョーと出会い、
久しぶりのフランス人と会ったことに再会し、感激した結果、年上のジョーの子分的役割を果たす決心をします。

しかし、ジョーは若き日こそ犯罪者であったものの、
年老いた今となっては、ただの流れ者であり、若い頃の勢いは持ち合わせてはおりませんでした。

大金を稼ぐことのできるニトログリセリンを運ぶ仕事を引き受けたマリオとジョーは、
様々な感情の変化を見せていきますが、邦題になっている“いつニトロが爆発するか分からない恐怖”と闘い続け、
なんとか無事、火事現場へとニトロを届けようとするわけで、そこに至るまでは様々な紆余曲折があります。

それにしても、この邦題、いろんな考え方ができるわけで、
例えばニトロを積載したトラックを運転するようになってからは、ジョーの視点から見れば、
トラックを動かす前までは、精神的にマリオに対して優位に立っていたはずだったのですが、
いざトラックを運転し始め、ジョーが臆病な表情を見せ始めると、一転してマリオの気は強くなり、
次第にマリオがジョーの行動や言動を圧倒し始め、マリオはかつての仲間ルイージと仲良くし始めます。

そんな扱いを受けて、ジョーは面白くないのですが、
再びトラックのハンドルを握っても、更に強気なマリオの姿にジョーは完全に圧倒されていますね。
そうなだけに、ジョーにとってはニトロの恐怖よりも、次第にマリオの存在自体が恐怖になっていたのかも。

特に映画の終盤にある、トラックの行く手を阻む、
シャルル・バネルが油まみれになりながら、大変なことになってしまうにも関わらず、
そんな状況もそっちのけで、トラックを先に進めようとするマリオの常軌を逸した姿が凄まじいですね。

本作でのアンリ=ジョルジュ・クルーゾーは、実体の伴う物質的な恐怖から、
人間ドラマを浮き彫りにすることにより、次第に精神的な恐怖を強調し始めるようになり、
映画の緊張感の対象を変え、映画の前半と後半で、完全に別な映画へと変身させてしまいます。

ややネックなのは、アメリカの石油会社が遠く離れた製油工場で発生した火事を鎮火するために、
少しの衝撃でも大爆発してしまうニトログリセリンを大量に積載したトラック2台を、険しい山道を夜通しで運転し、
火事現場にニトロを届けて、そのニトロの爆発で起こった爆風で火事を鎮火することがメインなのですが、
その仕事を依頼されるまでのエピソードが約1時間近くあるというのは、いささか長過ぎたかなぁ(苦笑)。

でも、前述したマリオとジョーの不安定な人間関係を表現するためには、
この前日談も絶対的に必要だったわけで、これは僕は描いて正解だったと思いますね。

映画のラストはとても、呆気ないものではありますが、
まるでアンリ=ジョルジュ・クルーゾーは「所詮、人間なんてこんなもの」と言わんばかりに、
実にアッサリと描いてしまうものですから、それまでの緊張感がまるでウソのようなエンディングだ。
でも、これが良いんです。僕はこの映画、クライマックスも含めて、ホントに名画に相応しいと思うんですよね。

もう60年近く前の映画であるにも関わらず、
僕はこれだけダイナミックな映画が製作されていたことに驚かされますね。
確かに本作は人間ドラマを掘り下げて、異様なまでの緊張感を演出する作品ではあるのですが、
随所に派手なシーン演出があることで、特にニトロを使った爆発シーンの表現の巧さや、
崖っぷちからトラックが転落していくなんて、ほぼ一発撮りのダイナミックなシーンがあったりして、
1953年という時代性を考えれば、これはとても前衛的な取り組みだったのではないでしょうか?

こういう「映画だから、こういう映像表現が可能になったんだ」と
アンリ=ジョルジュ・クルーゾーが主張しているかのようですが、やはり前衛的な映像作家でしたね。
後にフランス映画界でも、“ヌーヴェルバーグ”という顕著なニューネシマ・ムーブメントが勃興したわけですが、
見ようによっては、アンリ=ジョルジュ・クルーゾーは“ヌーヴェルバーグ”のパイオニア的存在なのかもしれません。

ちなみに77年にウィリアム・フリードキンの手により、ハリウッド・リメークされていて、
これが随分とエンターテイメント性を加味したリメークだったはずと記憶しているのですが、
今となっては何故か、DVD化されておらず、視聴が困難な作品になってしまったので、是非、もう一回観たい(笑)。

そりゃ...確かに本作のアンリ=ジョルジュ・クルーゾーと比べると、
見劣りする内容だったとは記憶しておりますが、なかなか頑張ったリメークでもあったはずです。
確かに「これ観ちゃったら、そりゃリメークしたくなるわな」と僕も思いますし、それぐらい魅力的なオリジナルですね。

ラストシーンのテイストも含めて、リメークはリメークでウィリアム・フリードキンらしさが出ているので、
確かにウィリアム・フリードキンのキャリアから考えれば、低迷の時代のキッカケとなった作品だけど、
僕はウィリアム・フリードキンは70年代だけは映画監督として冴えていたと思っておりますから(笑)、
77年の『恐怖の報酬』は風化させたくはないし、是非とも忘れて欲しくはない作品なんですよね。

緊張感でいっぱいのサスペンス映画が好きな人には、是非ともオススメしたい一本。

(上映時間147分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
原作 ジョルジュ・アルノー
脚本 アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
撮影 アルマン・ティラール
音楽 ジョルジュ・オーリック
出演 イヴ・モンタン
    シャルル・バネル
    ペーター・ヴァン・アイク
    フォルコ・ルリ
    ヴェラ・クルーゾー

1953年度カンヌ国際映画祭グランプリ 受賞
1953年度カンヌ国際映画祭主演男優賞(シャルル・バネル) 受賞
1953年度ベルリン国際映画祭金熊賞(アンリ=ジョルジュ・クルーゾー) 受賞
1954年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞