栄光のル・マン(1971年アメリカ)
Le Mans
これは結構、特殊な映画だと思います。
私生活でもカー・レースが大好きで人並外れた情熱を注いでいたスティーブ・マックイーンが熱望して、
自身のプロダクションで製作されたフランスのル・マンで行われる24時間耐久レースを真正面から描いた作品。
徹底してストイックにル・マン耐久レースを描いていて、カー・レースが大好きな人には楽しめる作品でしょう。
これはマックイーンの情熱が作らせた映画であることは間違いなく、なかなか出来ることではありません。
レースに発生するクラッシュのシーンにしても、その後、数秒後にエンジンに引火して燃えてしまうシーンにしても、
その迫真の映像に鬼気迫るものすら感じさせ、本作でマックイーンがこだわったのは本物の感覚なのだろう。
実際、本作はマックイーンが経営していたソーラー・プロダクションという自身のプロダクションで製作していて、
莫大な投資をした作品でしたが、劇場公開されるやいなや、興行的には大失敗してしまいプロダクションは解散。
おそらく以降のマックイーンの俳優活動にもそれなりに影響を与えてしまった作品になってしまったのでしょう。
本作は当初、マックイーンはかつて『大脱走』などで組んでいたジョン・スタージェスに監督を依頼し、
それで企画が進んでいたのですが、ドラマ部分を描いて映画を厚くしようとしたジョン・スタージェスに対して、
車をメインにしてドラマを深掘りする気はなかったマックイーンと対立して、結局、監督は交代することになりました。
マックイーンの主張も、この映画の中身を観ればよく分かります。あまり余計なことを描かなくとも、
十分にドラマとして成立してるんです。マックイーンは背中と目ですべてを語るタイプの役者さんですから。
確かに映画としてドラマティックというのとは少し違うかもしれないけど、マックイーンのロマンが溢れんばかりだ。
ドキュメンタリー・タッチとも少し違うのですが、それでも当時としては珍しいくらいカット割りを多用して、
レーサーの緊張感を演出したり、あらゆる工夫を凝らしていて好感が持てる。この頃にはあまり無いアプローチです。
本作の撮影は実際のレースを映した映像と、映画のための撮影を組み合わせたらしい。
それが結果として手に汗握るような緊迫感溢れるレースの駆け引きを表現できていて、実に素晴らしい映像だ。
これは撮影もそうですが、編集もかなり大変だったでしょう。特にCGが使える時代でもなかったので尚更のこと。
そしてビックリするほど、登場人物のセリフが少ない(笑)。主演のマックイーン演じるレーサーが、
別れた妻と僅かにドラマっぽい描写があるので、その際に二言三言、会話を交わすのですがそれ以外は、
耐久レースの中でドライバーが交代するときに、伝達事項を喋るだけという、映画史に残るセリフの少なさだと思う。
まぁ、この別れた妻とのエピソードなんかももっと掘り下げても良さそうなんだけど、この2人に何があるわけでもない。
こういうところがジョン・スタージェスとマックイーンの間の衝突を生んだところなのでしょうが、
お互いの主張は分からなくはない。よほどのカー・レース好きじゃないと楽しめないフィルムになってしまうことを
危惧したジョン・スタージェスに対して、分かる人が分かればいいと開き直ったマックイーンではなかったのだろうか。
実際、僕も本作はよほどの車好き、カー・レース好きじゃないと楽しめない映画になっていると思います。
だから万人ウケはしないだろうし、お世辞にもエンターテイメント性に優れた作品とは言い難いという印象ですね。
しかし、マックイーンには万人に媚びるような映画にする気なんてサラサラ無かっただろうし、それは観て明らかだ。
おそらく今の時代だったら、ここまでワガママな企画は通らなかったでしょうね(笑)。
いくらマックイーンがスターとは言え、この時代だったからこそ製作に進めることができた企画という感じがします。
60年代後半からは車をメインにした映画が何本か作られており、実際にヒットした作品もありました。
マックイーン自身も車好きで有名でしたし、68年の『ブリット』は伝説的とも言えるカー・チェイスが有名になり、
後年の映画に強い影響を与えました。マックイーン自身がスタントも兼ねるなど、車の運転にはこだわりがありました。
なんせ本作の原型は60年代半ばに既に映画化に向けて動いていたものの、66年にジョン・フランケンハイマーが
『グラン・プリ』を製作してたので、わざわざ撮影を遅らせるほど賭けていました。興行的失敗はショックだったでしょう。
ところで、映画の前半にル・マンのルールを丁寧に説明しているのですが、
レースは24時間でどれだけ長く走ることができたかを競っていて、1台の車につきドライバーは2名の選任。
1人で連続して4時間以上運転することはできないために、交代するわけですが、取らなければならない休憩時間も
決まっていて、レース全体では1人で14時間以上運転してはいけないということが基本ルールとなっているらしい。
ずっと同じコースを延々と周回するわけですが、耐久レースなので車両やタイヤは摩耗していくし、
天候や気温は微妙に変化します。ライバルと接近したり離れたり、状況は刻一刻と変化しますから、
ドライバーは環境の微妙な変化に敏感な人間でなければ務まりませんし、咄嗟に臨機応変に対応することを
求められるわけで、体力的にも感覚的にもとても繊細かつタフなことが資質として備わっているべき大変な職業だ。
僕はこの映画を観るまでは知らなかったのですが、レーサーは数秒の炎に耐えられるように
耐火服を着てハンドルを握っているんですね。要するにクラッシュした際は、ガソリンに引火するまでの数秒が
運命を分ける“勝負”というわけで、その数秒を耐えるための耐火服なんですね。運転しづらそうですがね・・・。
それをストイックにマックイーンが演じるからこそ“絵”になるわけで、やはりマックイーンは唯一無二の存在だ。
(実際、歌の歌詞にも登場したりするほどスティーブ・マックイーンは、アメリカにとっては孤高のスターなのだ)
レースドライバーが休憩を取るスペースがトレーラーハウスのようで、これが現実なのかもしれませんが、
これでは十分な休養がとれそうもないですね。どうせなら、もっと良い休憩スペースを用意してあげればいいのに、
と素人目には思っちゃうのですが、ひょっとするとドライバーがレースの緊張感を保つためなのかもしれませんね。
前述したようにストーリーなんて無いし、ちっともエンターテイメントっぽくはなく、
マックイーンにシビれることができる車好き限定映画なので、万人には薦められない。でも、僕はそこは許せる。
マックイーンの金のかかった道楽に近い映画であって、商業的に失敗したのもショックだっただろうけど、
彼は映画を完成させた達成感はスゴかっただろうし、後悔なんてしてなかっただろう。僕が本作で気になったのは、
せっかくル・マンの耐久レースの宿命でもあるのか、レースしている感覚に乏しく、順位は分かりづらいことでした。
まぁ、なんとなく分かるは分かるのですが、それにしてもそれぞれのドライバーの順位が分かりにくい。
ゲーム感覚でもいいのですが、それぞれの順位が分かり易いと、ゴールのシーンはもっと盛り上がったと思います。
それから、どうせならドライバーだけではなくピットクルーたちの苦闘などにもスポットライトを当てて欲しかった。
余分なドラマは不要としても、レースを作り上げているのはピットクルーの苦労もあってこそですからね。
本作のようにル・マンの現実を映したいのであれば尚更のこと、裏方さんにも注目して描いてほしかった。
この辺はマックイーン本位に撮影が進んだせいなのか、脚本でも盛り込まれずに終わってしまったのは残念。
修理するシーンがあるにはあるのですが、タイヤ交換だってシビアな判断を迫られるのだろうし、
運転しているドライバーからの情報でピットクルーが用意する内容が変わるのだろうし、幾多の無駄もあるのだろう。
段取りの善し悪しでピット入りする時間が変わってくるのだろうし、これはこれでノウハウを必要とするものなはずだ。
マックイーンなりに“本物”にこだわったのだろうから、是非、裏方さんの現実にもスポットライトを当てて欲しかった。
どうやら劇中のクラッシュ・シーンは実際にル・マンのレースで起きたクラッシュを参考にして撮影したらしい。
コースアウトした車が横転したり、スピンしながらコース外に飛び出したり、確かにこれは死を覚悟する競技ですね。
それまでのマックイーンの趣味でもあったことに加えて、本作の撮影で運転に自信をつけた(?)マックイーンが、
ル・マンの耐久レースに出場したいと主張したそうなのですが、周囲が猛反対してそれは諦めさせたそうです。
残念ながらマックイーンは1980年にガンで他界してしまい、生涯、その希望を叶えることはできませんでした。
それが良かったか悪かったかは分からないけれども、実際に映画を作ってしまうくらいなのですから、
並みの車好きではない。その中でもル・マンの耐久レースはマックイーンにとっても特別なものだったのでしょう。
ちなみに本作がソフト化された際の特典映像にも出演していましたが、息子のチャド・マックイーンも父親と同様、
俳優の傍ら、カー・レーサーとしても活躍していましたが、残念ながら2024年に64歳の若さで他界してしまいました。
(上映時間109分)
私の採点★★★★★☆☆☆☆☆〜5点
監督 リー・H・カッツィン
製作 ジャック・N・レディッシュ
脚本 ハリー・クライナー
撮影 ロバート・B・ハウザー
ルネ・ギッサールJr
音楽 ミシェル・ルグラン
出演 スティーブ・マックイーン
ヘルガ・アンデルセン
ジークフリート・ラウヒ
ロナルド・リー=ハント
リュック・メランダ
フレッド・アルティナー