アラビアのロレンス(1962年イギリス)
Lawrence Of Arabia
これは至高の名画だ。長い...いや長過ぎると批判されるかもしれないが(笑)、
本作は一度は観ておくべき名画として、声を大にしてオススメしたい。それくらいに素晴らしい大作だ。
監督はデビッド・リーン。巨匠と言われる所以は本作にあると言っても過言ではない。
62年度アカデミー賞では作品賞含む、主要7部門を獲得するなど、当時から高い評価を受けましたが、
デビッド・リーンの大作志向が良い意味で炸裂した作品であって、これはホントに美しいフィルムだと思います。
オリジナル・ヴァージョンは3時間27分ですが、後にデビッド・リーンが再編集した完全版だと、
更に20分は追加になっていて、一気に観るとさすがに疲れますが(苦笑)、観終わった後の充実感は半端ない。
映画はいきなり、田舎町をオートバイで疾走するオレンスが映り、自転車を避けるためにハンドルを切り、
猛スピードで路外に逸脱する単独事故を起こして死亡するという衝撃的なシーンに始まり、オレンスの葬儀になる。
そこでの生前のオレンスの評判は賛否両論。ここで伝説的な男として描かれるのかと思いきや、オレンスの影を
暗示するかのような評判も描かれていて、オレンスという男のことを単純には語れない予感がする始まりだ。
そう、オレンスはとにかく前進するという意思の強い男ではあったが、とても我の強いところがあり、
最前線では彼は時に厄介者に見え、英軍でも変わり者扱い。ただ、オレンスの信頼を得ていたところは、
アラブの言語や文化、地理に明るいことであり、アラビアの覇権を獲得するために英軍はオレンスに現地の民族に
取り入って彼らを懐柔し、英軍への協力を取り付ける任務をオレンスに与えますが、そう簡単には事が運びません。
それでもアラビアを探求する心が強かったオレンスはハリト族のアリらを従えるまでに信頼を得て、
更に盗賊のような生活をしていたアウダ・アブ・タイ率いるハウェイタット族とも合流、オスマン帝国が支配する
港町であるアカバを内陸から進行する作戦を立てて、見事に奇襲に成功し、アカバを制圧し支援を英軍本部に求める。
英軍内では少佐に昇進するオレンスでしたが、更に侵攻する中でオスマン帝国の捕虜となり、
拷問にあうことでオレンスの心は少しずつ変化していきます。英軍の指令により、ダマスカスへ進軍する中で
オレンス率いるアラブ人たちの軍隊は残虐な戦闘を行ってしまい、オレンスは大きなショックを受けて、
自ら職を辞して、帰国することを英軍本部に申し出ます。オレンスは大佐に昇進するものの、アラブを去っていく。
デビッド・リーンの演出は時に繊細、時に豪快。ニコラス・ローグのカメラも実に美しく、光の入れ具合が良い。
砂漠地帯でのロケ撮影は過酷なものであっただろうと想像できますが、この撮影は素晴らしいものがあります。
特に映画の中盤にあった、アカバ侵攻を成功させたオレンスがラクダにまたがったまま、
夜の赤く染まる波打ち際のショットの叙情性は至上のものであり、このシーンは映画史に残る素晴らしいカット。
オレンスも色男というわけでもないし、勇壮な男というわけでもない。演じるピーター・オトゥールも不思議な雰囲気を
持った役者さんであり、実に絶妙なキャスティングだったと思うのですが、これは難しい仕事だったと思うんですよね。
女性がほとんど登場してこない映画ですので、男臭い映画なのかと思いきや、そういった感じも押し出さず、
ピーター・オトゥールも若干ユニセックス的な雰囲気を感じさせつつも、ホモセクシャルなニュアンスはごく僅か。
オレンスが拷問にあうオスマン帝国の将軍にそういった表現があるものの、あまり深掘りすることなく終わる。
(但し、拷問に耐えているのかが微妙な表情を浮かべるピーター・オトゥールが、なんとも奇妙だけど・・・)
映画はただただオレンスが冒険心を燃やして、前進していく姿をドキュメントするような感じで、
デビッド・リーンの実直なところが、良い方向に機能した作品ですね。これは多くの映像作家が強く影響を受け、
リスペクトを表明している作品なのが、納得の完成度である。長いので体力は必要ですが、一度は観るべき作品だ。
スピルバーグも新作映画撮影に入る前には、必ず観返す作品として挙げており、
それくらいの強い影響を持った作品で、特に撮影に関しては他のお手本となるような作品と言っていいと思う。
やはりアラブ侵攻には政治的意図が勿論あったことは言うまでもありませんが、
当時の西欧の人々にとって、アラブは雄大なロマンを感じさせる土地だったのでしょうね。アフリカも同様ですが。
観方によれば、本作は当時の英軍の侵攻を正当化するプロパガンダ映画だという指摘もあるにはありますが、
個人的には本作にはそこまで政治色強いイメージは無くって、あくまでオレンスの冒険のみにフォーカスした感じ。
そんなオレンスの冒険は、彼の心のロマンを満たすものであった。しかし、それが途中で破れてしまう儚さ。
それゆえ、オレンスは自分の思いを前面に出して行動したため、英軍本体から見れば、厄介者扱いでした。
そんなオレンスのロマンは周囲の環境、アラブの取り巻く環境の難しさから、夢破れてしまったような想いに浸る。
映画のクライマックスでアラブの土地を離れるオレンスの、複雑な想いを象徴するかのような表情が印象的だ。
なんとも数奇なオレンスの冒険でもありましたが、彼はすっかりアラブ人と化して振る舞っていたため、
疫病が流行して衛生状態が悪化し、死者が溢れる収容施設にいたオレンスは、施設にやってきた英国人医師に
平手打ちを喰らってしまいます。勿論、この医師は正体が英軍のオレンス少佐であると認識はしていない。
そんなオレンスが英軍の施設にやって来て英雄視されるやいなや、この医師は平手打ちしたアラブ人と同一人物と
気付かずにオレンスに自ら握手を求める。そんな医師が事故死したオレンスの葬儀で悪評に怒るというから、面白い。
そんなオレンス、上司であるアレンビー将軍に自ら職を辞すと意思表明しますが、
オレンスが作り上げた人間関係を利用して、侵攻することしか考えていなかったアレンビーはオレンスを持ち上げて、
次なるミッションを遂行させることにするズル賢さが象徴的だ。それにしても、実在する人物がモデルなのかは
不明なのですが、この時代の軍部にドライデンのような顧問がいたというストーリー設定が実に興味深いですね。
とすると、この時代から既に陰で戦争の糸を引いていた“顧問”がいたのかもしれません。
このドライデンがオレンスのアラブに対する造詣の深さを評価し、彼を派遣することを推薦していますし、
その目論見通りの働きをオレンスが行ったからこそ、アレンビーはドライデンの意見を聞くようになっているわけです。
こういう立ち位置で軍の運営に影響を与える人物を描くというのは、歴史的にも大きな意味があることだと思う。
ストーリーも映像も何もかもがスペクタクルですが、アウダ・アブ・タイを演じたアンソニー・クインも
スペクタクルな存在に映る。とにかくスケールがデカい映画ではありますが、それでいて雑な描写は一切なし。
アラブ人から見れば、オレンスは砂漠のロマンに魅せられていたとは言え、所詮は侵略者でしかない。
それでもオレンスの情熱と実力で、アラブ人たちに慕われて統率していく姿は圧巻そのものでスペクタクルだ。
オマー・シャリフ演じるアリと仲良くなり、次第に友情を超えたような感覚が芽生えることになり、親交を深めます。
そこにアウダ・アブ・タイも加わって、それぞれの部族が思想をぶつけ合い、意見が合わないこともあるのですが、
それでも彼らが団結してアカバを陥落させたり、ダマスカスを目指したりする姿には、心動かされるものがある。
このアリを演じるオマー・シャリフも見事でしたね。顔の濃さを生かした役柄で、この雰囲気はなかなか出せない。
そしてオレンスとの微妙な関係性も印象的で、アラブの地を去り行くオレンスを“見送る”シルエットが忘れられない。
結局、オレンスは拷問にあったことと、政治的な軋轢にアラブの同胞たちと演じることを嫌ったのだ。
おそらくですが...オレンスは途中でおのずと気付いたのではないか。「ここは自分の土地ではないのだ」と。
従って、誰が統治すべきなのか考えれば、自分の出る幕ではないと気付き、一気に彼の熱は冷めてしまうのです。
正直、僕も飽きっぽいところがあるので、これはよく分かる(苦笑)。もう冷め始めると、一気に興味を失ってしまう。
もともと、オレンスもアラブの土地を統治したくて乗り込んできたわけではないですからね。
自分が生きるべき場所は別にあるのだと、自覚した途端にオレンスの情熱はもの凄い勢いで冷めていくわけです。
でも、この選択は正しかったと思いますよ。次第に仲間割れを感じさせるシーンが増えていっていましたしね。
オレンスのこういう性格もまた、僕は人間臭くて好きですけどね。過剰に美化する感じじゃないのが、また良い。
これはデビッド・リーン、一世一代の大傑作と言っていい名画だ。こういう映画こそ、リバイバル上映して欲しい。
完全版のBlu−rayを持っていますが、自分の家のテレビで観ても充実した見応えと感動があるのですが、
本作の場合は大きなスクリーンで、大迫力の音響設備で鑑賞すべき作品でしょう。その価値ある作品です。
ただ、あまりに長いので、映画館で観るときはそれなりの時間の休憩が欲しいところではありますがね・・・(苦笑)。
(上映時間207分)
私の採点★★★★★★★★★★〜10点
監督 デビッド・リーン
製作 サム・スピーゲル
原作 T・E・ロレンス
脚本 ロバート・ボルト
撮影 フレデリック・A・ヤング
ニコラス・ローグ
音楽 モーリス・ジャール
出演 ピーター・オトゥール
アレック・ギネス
オマー・シャリフ
アンソニー・クイン
ジャック・ホーキンス
アーサー・ケネディ
ホセ・ファーラー
クロード・レインズ
アンソニー・クエイル
1962年度アカデミー作品賞 受賞
1962年度アカデミー主演男優賞(ピーター・オトゥール) ノミネート
1962年度アカデミー助演男優賞(オマー・シャリフ) ノミネート
1962年度アカデミー監督賞(デビッド・リーン) 受賞
1962年度アカデミー脚色賞(ロバート・ボルト) ノミネート
1962年度アカデミー撮影賞<カラー部門>(フレデリック・A・ヤング) 受賞
1962年度アカデミー作曲賞(モーリス・ジャール) 受賞
1962年度アカデミー美術監督・装置賞<カラー部門> 受賞
1962年度アカデミー音響賞 受賞
1962年度アカデミー編集賞 受賞
1962年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
1962年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(オマー・シャリフ) 受賞
1962年度イギリス・アカデミー賞監督賞(デビッド・リーン) 受賞
1962年度イギリス・アカデミー賞撮影賞<カラー部門>(フレデリック・A・ヤング) 受賞
1962年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
1962年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞(ピーター・オトゥール) 受賞
1962年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(ロバート・ボルト) 受賞