息子の部屋(2001年イタリア)

La Stanza Del Figlio

01年度のカンヌ国際映画祭でグランプリであるパルム・ドールを受賞した、
イタリア映画界の才人ナンニ・モレッティが描く、一つの家族を襲う悲劇と再生のドラマ。

僕はこれは実にしっかりとした映画だと思いますし、
勿論、完璧ではないにしろ、一見の価値ある秀逸な作品だと思いますね。

基本的な編集なども含めて、お世辞にも上手い映画とは言えませんが、
深い愛情を持って、常に仲良く暮らしてきた家族が見舞われた、突然襲った悲劇。
まだこれからというときの息子の事故死でした。失望に暮れる一家の心はバラバラになってしまいます。

この手の映画は、えてして劇的な展開を好んで作りたがる傾向にあるのですが、
本作は決して欲張らずに無理をせず、じっくりと微妙な心の揺れ動きを繊細に描いており、
ひじょうにデリケートな問題を見事に真正面から描き切っておりますね。
確かに白黒ハッキリ付けるというタイプの映画ではありませんが、これは逆に真に迫っていますね。
なかなか言葉では言い表せない感覚を、ものの見事に表現した作品と言っていいでしょう。

これができたナンニ・モレッティって、ホントに凄い映画監督ですねぇ。

日本でも当時、拡大上映されて少しだけ話題となりましたが、
大傑作とまでは言わないにしろ、一見の価値ある、今までにありそうで無かった作品と言っていいです。
近親者を失った悲しみ、痛み、そして喪失。それが何たるかを、実に的確に表現できていますね。

特に印象的だったのは、ナンニ・モレッティが自ら演じた父親ジョバンニが
生気を失ってしまったかのように、一人ぼっちで遊園地の遊具に乗り、放心状態になるシーンで、
これは何か視点の定まらず、目的意識を見失った時の表情を、実に鋭く表現できています。
僕はこれはこれで人間らしい姿だと思うんですよね。そういう意味で、ナンニ・モレッティって、
実に深遠なところまで探求した、ヒューマニストと言ってもいいのではないかと思うんですよね。

ただ淡々と描いた映画なので、決して感傷的な内容でもないため、
一部で触れられていた“感動のドラマ”というキャッチも僕はあまり合っていない気がするのですが、
喪失の傷を少しずつ埋めながら、どう立ち直っていくかを、真摯に描いた作品という意味では感動的ですね。

残念ながら日本では、そこまで知名度は高くありませんが、
この映画の監督と主演を務めたナンニ・モレッティは、実に力のある映画人だと思います。
ひょっとすると、やがてはトンデモない大傑作を撮ってしまうかもしれませんね。

実際、前述したように僕はこの映画の姿勢に好感を持ちましたね。
全てが上手くいっていたかのような家族でしたが、実は息子は精神的に不安定な状態で、
父はそれに気づき、できるだけ息子との時間を設けようとしていた矢先で、チョットした悔いが残る最後の時間。
父は常に考えます。「もしも、あの時、訪問診療を断っていれば、息子は死ななくて良かったかもしれない」と。

嵐の如く押し寄せているはずの強い悲しみと、過去の後悔からくる、どうしようもない怒り。
いくら考え、どれだけ自問自答し続けても、決して答えは出ないのですよね。
何故なら、現時点の科学では、人間は過去へは戻れないのだから。息子は決して戻らないのです。

そんな後向きな感情であれど、ナンニ・モレッティは淡々と描き切ってしまいます。
いくらでも挑発的、或いは煽るように描くことはできたと思うのです。
特に息子の納棺の瞬間なども、ただ淡々と描いてしまい、実にアッサリしたものとしている。
それでも高ぶる感情を必死に抑え、まるで冷めたかのように描いてしまう。

でも、この映画は悪い意味で傍観者になっているわけではなく、
明らかにナンニ・モレッティが感情をコントロールしている映画になっていることに、
この映画のメッセージと、ナンニ・モレッティがホントに描きたかったことがジワジワと伝わってきますね。
(事実、彼らの芝居も決して大袈裟な大きな芝居ではなく、実に繊細なものであった)

それは何より、喪失感の強さと、そこからの再生、これに尽きるでしょう。

まるで息子の死を埋め合わせるかのように、怒鳴り合って、ワンワン泣きわめくわけではなく、
何か心に大きな穴がポッカリと開いてしまったように、放心状態になるジョバンニであったり、
チョットのつもりが、数百キロ離れたフランス国境まで若者を送っていくなんてエピソードに全てが表れています。

まぁ本作の前年、カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得したのが、
00年にラース・フォントリアーが撮った『ダンサー・イン・ザ・ダーク』だったものですから、
日本でもカンヌ国際映画祭パルムドールという触れ込みに、本作に対する期待がもの凄く大きなもので、
本作の何とも言えない微妙な感覚に陥る内容に、多くの観客が戸惑ったことだろうと思いますが、
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』とは大きく毛色が異なる作品とは言え、これはこれで価値ある作品だと思います。

あと、本作は日本での宣伝にも問題があって、
あたかも死んだ息子の部屋に、トンデモない大きな秘密があるかのような内容のように
宣伝されていましたが、決して本作はそんな内容の作品ではなく、ごくごく小さな事柄です。

そんなミスマッチも不運な作品であり、ひじょうに分かり難いタイプの作品ではありますが、
イージーな方向に走らない作り手の姿勢と、実に繊細に構成した感情の揺れ動きを表現した作品として、
ナンニ・モレッティが成熟したことを証明する作品であり、高く評価するに値する秀作だと思います。

(上映時間99分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ナンニ・モレッティ
製作 アンジェロ・バルバガッロ
原案 ナンニ・モレッティ
脚本 ハイドラン・シェリーフ
撮影 ジュゼッペ・ランチ
衣裳 マリア・リタ・バルベラ
編集 エズメラルダ・カラブリア
音楽 ニコラ・ピオヴァーニ
出演 ナンニ・モレッティ
    ラウラ・モランテ
    ジャスミン・トリンカ
    ジュゼッペ・サンフェリーチェ
    シルビオ・オルランド
    クラウディオ・デラ・セタ

2001年度カンヌ国際映画祭パルム・ドール 受賞