海の上のピアニスト(1998年イタリア)
La Leggenda Del Pianista Sull'oceano
アメリカ〜イギリスを大西洋をまたいで何度も往復する豪華客船ヴァージニアン号で、
赤ん坊のときに捨てられ、黒人機関士に船の中で育てられ、やがてはピアニストとしての腕を開花させ、
生涯、ヴァージニアン号から降りることが無かった“1900”と呼ばれた、伝説的なピアニストを描いたヒューマン・ドラマ。
『レザボア・ドッグス』、『フォー・ルームス』などで注目されていたティム・ロスを主演に据えて、
生涯、ただの一度も船から降りることがなかった凄腕ピアニストを描くことで大きな話題となり、映画はヒットしました。
監督は『ニュー・シネマ・パラダイス』で映画ファンから支持を得たジュゼッペ・トルナトーレで、
この手の映画を仕上げる手腕には定評があって、日本の映画ファンでも彼の監督作品のファンは少なくないです。
まぁ、出来の悪い映画ではないと思いますけど、個人的にはそこまでの感動は無かったかなぁ。
ラストの決断自体にも賛否はありそうですが、途中からプルーイット・テイラー・ビンス演じるマックスがメインになる。
勿論、彼がストーリーテラーのような役割を担っているので、彼の視点で映画が進んでいくことには異論はないけど、
やっぱりメインは“1900”の生きざまであって欲しいし、映画として押すべきところはしっかりと押して欲しかった。
最後の展開について言うと、あまりにアッサリさせ過ぎていて、まったくと言っていいほど盛り上がらずに終わってしまう。
これはこれで本作の特徴なのかもしれないけど、もっと観客の心を強く揺さぶる力強さが欲しかったなぁ。
どこかミュージカル的なタッチというか、ファンタジーとして描くのが散見されるのですが、
これらが僕の中では合わないというか...どうにも場違いな演出に見えてしまって、賛同できない部分があったなぁ。
本作のハイライトなのかもしれませんが、大揺れの船の中で主人公が平然とダンスホールへ歩いて行って、
グランドピアノのキャスターのストッパーを外して、ピアノを弾くシーンで船の揺れにシンクロするように
ピアノごと右往左往して動きまくって、それでも主人公が淡々とピアノを弾き続けるシーンなんかは象徴的ですけど、
僕にはこういう演出はまったく賛同できないなぁ。まぁ、これがミュージカル映画だというのなら理解できますけど、
本作のように伝記映画として風格を作り上げなきゃいけない内容なのであれば、こういう演出はしないで欲しい。
さすがに縦横無尽にダンスホールをピアノが動き回り、ホールを飛び出して廊下を都合良く駆け抜けて、
壁に突っ込むというのはやり過ぎに映った。色々な意見はあるだろうけど、僕はもっとストレートに描いて欲しかった。
あくまで本作はファンタジーとして描かれているのだろうけど、もっと自然な形で描いて欲しい。
それから、もっとしっかり描いて欲しかったのは、主人公の存在はこの客船に乗った人にしか分からないわけで、
陸地ではあくまで口コミでしかない存在。しかも凄腕のピアニストという設定だからこそ、伝説的な人物でもある。
生まれながらにして船から下船したことがなく、外の世界を知らない主人公であるにも関わらず、
ダンスホールで夜ごと演奏するバンドたちの影響で、音楽の素質を磨いて、ほぼ独学で凄腕のピアニストになった。
だからこそ、有名なジャズ・ピアニストが彼に挑戦状を叩きつけること自体、実はスゴいことなのだろうと思います。
だからこそ、映画の後半で描かれた主人公が突如として「下船する」と決断して、荷物をまとめて下船のための
タラップに足をかけるシーンは本来的にはとっても大きな意味を持っていたと思うのですが、これもアッサリ終わらせる。
これは結局、映画のクライマックスへつながる大きなポイントであったわけですし、
スゴく大事なシーンだったわけですから、主人公にとっては大きな決断であったはずだし、下船できなかった後も
彼にとっては深く考えさせられる出来事だったはずだ。この大きかったであろう決断は、もっと深掘りして欲しかった。
まぁ、僕が観たのは大幅に編集されたアメリカ・ヴァージョンを鑑賞したので、
アメリカ・ヴァージョンよりも45分ほど増強された本国イタリア・ヴァージョンであれば、この辺は充実しているのかも。
さすがにこのままでは、急ぎ足でクライマックスに突入してしまったかのようで、なんだか勿体ない感じがしましたね。
それでも主人公を演じたティム・ロスは彼のキャリアからしても、代表作と言っていい熱演でしょう。
さすがに実際に演奏したわけではないようですが、それでもピアニストとしての振る舞い、姿勢がとても美しい。
何かを悟ったかのようなクライマックスで、マックスと会話を交わす彼の姿もなんとも忘れ難い印象が後を引きます。
こうして、しっかりと主人公のキャラクターを作り上げたのはジュゼッペ・トルナトーレの功績と言っていいでしょう。
ただ、『ニュー・シネマ・パラダイス』の世界的な高評価のおかげで、少し持ち上げられすぎ・・・のような気もする。
(こんなこと言うと、ジュゼッペ・トルナトーレの映画のファンからは怒られそうだけど・・・)
そうそう、前述した地上の有名なジャズ・ピアニストが主人公に挑戦状を叩きつけに来るシーンは良いですね。
ダンスホールを取り囲む廊下を歩いてくるシルエットを上手く利用して、「どんな奴がくるのか?」とワクワクさせられ、
タバコを片手にバーカウンターに行き、唯我独尊という雰囲気でピアノに座る主人公をどかせるだけの迫力がスゴい。
そこから2人はお互いに駆け引きをしながら、ピアノの腕を競い合うかのように演奏するわけですが、
この緊張感、迫力はとても良く演出できていて、おそらく本作で最も優れたシーンだったのではないかと思いました。
こういう姿を描くからこそ、主人公の伝説は具現化されて、台頭に渡り合う勇気を示した素晴らしいシーンだったと思う。
ジュゼッペ・トルナトーレもこれまで、こういった映画を撮れるんですね。是非、この緊張感を生かして欲しかったかな。
映画が作られた時期がタイムリーだったこともあってか、なんか少しだけ自分の中で『タイタニック』とカブる。
『タイタニック』も豪華客船がテーマであり、ダンスホールあり、お抱えのバンドが乗船しているという設定でした。
この時代の一つのフォーマットだったのかもしれませんが、そんな栄華の世界でしか生きていないというのは
実にミステリアスなことで、それをジュゼッペ・トルナトーレ的には途中で主人公が一目惚れする少女に重ねたのだろう。
主人公が勝手に彼女が眠る寝室に忍び込むというエピソードは少々気持ち悪くもあり(苦笑)、
これは現代的な感覚で言えば、否定的な声が集まりそうな気もしますが...それは一旦置いておいて、
彼女に声をかけたくてもなかなか出来ないもどかしさ、そして外の世界を知る女性への憧れ。それは尊い感情だと思う。
だからこそ、これは主人公の「下船する」という気持ちに直結するわけなのですが、
外の世界への感情と葛藤しつつも、常に華やかな世界で生き続けてきた主人公が厳しい実社会へ出ることの
難しさに加えて、逆に一般人から見ると「一体どんな気持ちなのだろうか?」と不思議に思う気持ちが交差します。
そして同時に表れるのが、ジュゼッペ・トルナトーレのアメリカに対する憧れの気持ちもあると思う。
当時のまだ厳しいアメリカの一般社会での暮らし、ましてや移民になれば尚更ですが、下船していく女の子の姿に
心惹かれつつも、どこか彼女をアメリカの象徴として見ていたかのように憧れの眼差しをも送る主人公が印象的だ。
映画の冒頭でも描かれますが、20世紀初頭のヨーロッパ人にとってアメリカへの渡航は憧れでもあり、
新たな希望を見い出すための“大航海”でもあったのだろう。当時はGPSなんてないし、どこを航行しているのかも
乗船客は分からず、自由の女神を見てニューヨーク...つまり、アメリカへ到着したことを悟るという流れなのだろう。
このとき、自由の女神を見る瞳は妙にキラキラしているように見える。彼らにとっては、憧れの地であるからなのだ。
こういう姿を見ると、如何にこの頃のアメリカが良い意味での影響力を持っていて、
人々が成功する希望を象徴する土地であったかを物語るものであるわけで、今よりもキラキラ眩しい国だったのだろう。
(まぁ、今のアメリカという国も良くも悪くも強い影響力を持った国であり、国際的なイニシアティヴも持ってますがね)
そうなだけに、これはホントにところどころにある過剰な演出がどうしても気になって仕方がないんですよね・・・。
もっと純粋にジュゼッペ・トルナトーレの憧れのような感情を表現していれば、映画はもっと良くなったと思うのです。
そんな人々の憧れの土地であり、主人公にとっても何度も来ている国で、
好きな少女が降り立った土地であるアメリカ。それでも彼は下船する決断をし切ることができない意味は重たいのだ。
だからこそ、船に留まることを決意した彼のマインドを映画としてはもっと肯定的に描いた方が良かった気もするし、
レコードを録音するエピソードにしても、なんだか中途半端にしてしまいとっ散らかった後半になってしまったのも残念。
でも、本作は熱心なファンも多い作品ですので、好きな人はスゴくハマる作品なのだろう。
エンニオ・モリコーネのミュージック・スコアも印象的で、彼が音楽を担当したのも本作にとっては大きなポイントでした。
(上映時間121分)
私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点
監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
製作 フランチェスコ・トルナトーレ
原作 アレッサンドロ・バリッコ
脚本 ジュゼッペ・トルナトーレ
撮影 ラホス・コルタイ
編集 マッシモ・クアッリア
音楽 エンニモ・モリコーネ
出演 ティム・ロス
プルーイット・テイラー・ビンス
メラニー・ティエリー
クラレンス・ウィリアムズ三世
ビル・ナン
ピーター・ヴォーン
イーストン・ケイジ
コリー・バック
1999年度ゴールデン・グローブ賞音楽賞(エンニオ・モリコーネ) 受賞