クレイマー、クレイマー(1979年アメリカ)

Kramer vs. Kramer

1979年度アカデミー賞に於いて、作品賞含む主要5部門を獲得した不朽の名作。

ニューヨークに暮らすテッドとジョアンナの夫婦は結婚生活8年目。
可愛い息子ビリーがいながらも、仕事に忙しいテッドは家庭に無関心。
そんな日々にジョアンナは不幸を悟り、家庭を捨てて、家を出てカリフォルニアへ向かう。

映画はニューヨークのアパートに残されたテッドとヘンリーの日々を描いているのですが、
多忙な生活を強いられながらも、テッドはビリーの面倒を一人でみようとチャレンジします。
しかし仕事では失敗続きで、ビリーとの関係もしっくりきません。
やがて致命的な失敗を犯したテッドは仕事を解雇され、薄給な職へと転じます。
ビリーの成長を目の当たりにする日々に、父親としての充実感を感じ始めた矢先、
ジョアンナが再びテッドの前に現れ、ビリーの養育権を主張して裁判に訴えます・・・。

映画の出来としては大きく秀でたという感じではないにしろ、これはひじょうに良い映画だと思う。
さり気なく映る、冬のニューヨークのロケーションもマッチしており、映画を見事に彩っている。

ただ僕がこの映画を観ていて、ひじょうに気になったのは、
映画がフェアに映らないことだ。具体的に言うと、この内容では多くの観客がテッドに同情的になるだろう。
映画の最初の構成はもっと工夫しても良かったかもしれませんね。
そもそもジョアンナが家出するに至るまで、テッドは家庭に無関心で仕事に打ち込んだわけで、
それをジョアンナが不満に感じ、何にも変え難い寂しさを感じていたことは否めない。

そこを映さずして、どうやってこの内容をフェアなものに描くのでしょうか?

本作は劇場公開時、アメリカの離婚問題にメスを入れた社会的な問題作として捉えられましたが、
シングルファザーの苦悩や悲哀を、やや悲観的に描き過ぎた傾向があり、
さすがにこの内容では誰もがジョアンナに同情的になれないだろうし、むしろ反感を覚えるでしょうね。

僕はこれがある以上、どうしてもこの映画をフェアだとは思えないのです。

ジョアンナは当時で言う、フェミニスト的な部分があって、
それまではアメリカにおいても女性は家庭に収まって、家を守るという概念が強かったのですが、
彼女は外の世界へと出て、自分を見つめ直した上で、自らも定職に就くことを熱望します。
精神的に不安定になったがゆえ、彼女は息子を家に置いたまま出て行きます。

そこから如何にテッドが努力して、それまで足りなかった部分を埋めようとするかを描いているのですが、
生活環境を変えることを強いられてもテッドはビリーを捨てずに、父親になろうとしたわけですから、
彼のような父親像もまた、フェミニストから求められている父親像に近いんですよね。

だから、それでも裁判に訴えてでも養育権を主張するジョアンナの姿を見て、
フェミニストの方々は当時、どのように思ったのだろうか?

やはり映画として、こういう視点的な偏りを生んでしまっては、
社会的な問題提起としては模範的ではないと判断せざるをえないのですよね。

ダスティン・ホフマンは70年代を代表するスター俳優の一人ですが、
おそらく本作はそんな彼の70年代を総括する大熱演と言っていいだろう。
撮影時、自身も私生活で離婚問題を抱えていたためか、随分と現実味溢れる説得力ある素晴らしい芝居です。

ダスティン・ホフマンって、67年の『卒業』で最初に評価されたわけで、
僕は彼をいわゆるアメリカ・ニューシネマ上がりの俳優だと思っているのですが、
僕は本作でほぼ完全にアメリカン・ニューシネマは終息したと思っています。
そういう意味では本作はアメリカン・ニューシネマ、最後の作品です。
ニューシネマの多くは若者たちの苦悩であったり、従来とは異なったアプローチがあったわけですが、
本作ではそんな若者たちが家庭を持ち、深刻な社会問題の温床となっている点を鋭く描いています。
おそらく映画の中で離婚問題を真正面から取り扱ったのは、本作が初めてだろう。

そして翌80年に公開された『普通の人々』が評価されたことで、
80年代に入り、映画界が新たなステージに突入したことが明白になっていきます。
ニューシネマ・ムーブメントが巻き起こって10年強、既に若者たちは若者ではなくなっていたのです。
そういう意味で、僕は本作が最後のアメリカン・ニューシネマだと思っております。

だからこそ余計に映画のラストシーンが忘れられないんですよね。
まぁどうとでも解釈できるラストなのですが、まるで名残惜しむかのようにニューシネマを終わらせた感があります。

ロバート・ベントンは67年の『俺たちに明日はない』の脚本家として評価されましたが、
映画監督のキャリアとしては本作で初めて評価された結果となり、80年代以降、何本か監督作があります。
熱心な映画ファンの間では彼の作品を高く評価する人もいますが、僕はチョット懐疑的な部分もあるかな。
84年の『プレイス・イン・ザ・ハート』は良かったけど、それ以外はイマイチな作品ばかり。
彼が撮る映画のカラーが固定されてしまっているのが、僕の中では大きなハードルとなっていますね。
本作なんかは結構、良い仕事っぷりなのに後が続かないのは残念だなぁ。

まぁいずれにしても、本作が時代を切り取る社会派映画としては優れていることは事実。

(上映時間105分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ロバート・ベントン
製作 スタンリー・R・ジャッフェ
原作 アベリー・コーマン
脚本 ロバート・ベントン
撮影 ネストール・アルメンドロス
編集 ジェラルド・B・グリーンバーグ
音楽 ヘンリー・パーセル
出演 ダスティン・ホフマン
    メリル・ストリープ
    ジャスティン・ヘンリー
    ジェーン・アレクサンダー
    ジョージ・コー
    ハワード・ダフ
    ジョベス・ウィリアムズ

1979年度アカデミー作品賞 受賞
1979年度アカデミー主演男優賞(ダスティン・ホフマン) 受賞
1979年度アカデミー助演男優賞(ジャスティン・ヘンリー) ノミネート
1979年度アカデミー助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
1979年度アカデミー助演女優賞(ジェーン・アレクサンダー) ノミネート
1979年度アカデミー監督賞(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度アカデミーオリジナル脚本賞(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度アカデミー撮影賞(ネストール・アルメンドロス) ノミネート
1979年度アカデミー編集賞(ジェラルド・B・グリーンバーグ) ノミネート
1979年度全米脚本家組合賞脚色賞<ドラマ部門>(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ダスティン・ホフマン) 受賞
1979年度全米映画批評家協会賞助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
1979年度全米映画批評家協会賞監督賞(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
1979年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ダスティン・ホフマン) 受賞
1979年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(ダスティン・ホフマン) 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞脚本賞(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(ダスティン・ホフマン) 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ賞助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(ロバート・ベントン) 受賞