クレイマー、クレイマー(1979年アメリカ)
Kramer vs. Kramer
1979年度アカデミー賞で作品賞含む主要5部門を獲得した不朽の名作。
これは7歳の子どもを育てる夫婦の結婚生活が破綻したために、仕事人間だった主人公が
突如としてシングルファザーとして息子の面倒を看ることになり、仕事に支障をきたしながらも父親としての務めを
果たすことに目覚めて孤軍奮闘しながらも、今度は別れた妻から養育権をめぐって裁判を起こされる姿を描きます。
監督は脚本家出身のロバート・ベントンで、本作では妻から別居を告げられることで
家庭を顧みなかった男としての反省と、子どもを一人で養育しながら仕事で社会的地位を獲得していくことの難しさ、
いざ裁判となってしまうとお互いに消耗戦となってしまうことのジレンマ、子どもにとって父も母も必要であることなど、
一組の夫婦の離婚をテーマにして、様々な視点から色々な問題があることを、極めて穏やかな視点で描いている。
社会派映画としての側面が評価されていたと思うのですが、やはり主演のダスティン・ホフマンも名演技だろう。
妻のジョアンナ役のメリル・ストリープも本作が出世作となったことは間違いなく、彼女もまた印象的ですね。
正直言って、この夫婦の是非はこの映画を観ただけで断罪したくはありません。
これはどうしても仕方がないことではありますが、映画の視点が父親のテッドがメインになっているせいか、
この映画の中で描かれたことだけで妻ジョアンナのことのすべてを判断してしまうことはフェアではないと思える。
そのせいか、この映画でとても気になったことは、どうしてもジョアンナが自分勝手に映ってしまうというところかな。
映画を観る限りだと、ほとんどの人がテッドの頑張りに対して同情的な目で見てしまうことになるだろう。
映画の中でも少し語られてはいますが、ジョアンナもジョアンナなりに長く悩んでいたとのことですし、
テッド自身の反省として、ジョアンナの意見をしっかりと聞くことができていなかったという落ち度はありますが、
映画の大半はジョアンナが一方的な通告で息子を置いて家出して、カリフォルニアから帰ってきたら彼氏を作って、
生活の基盤ができたら今度は息子の養育権をめぐって裁判を起こす。これは、えらく一方的なものに観えてしまうかな。
強制的にシングルファザーとならざるをえなかったテッドからすれば、日常生活の家事もやらなければならないし、
息子も学校に預けっ放しというわけにもいかず、家で一緒に過ごせば、母親の不在を痛感する時間は苦痛でもある。
そんな苦難を乗り越えて、息子と向き合って孤軍奮闘するものの、そんなときに裁判を起こされ、会社も解雇される。
テッドがそれだけ有能な人材なのかは分からないが、少なくとも元々の仕事では厚遇を受けていたし、
会社の役員になることも約束されていたわけで、精神的に難しくなった息子と向き合うことで仕事に支障をきたし、
副社長に快く思われず解雇に至ったことも事実であり、離婚が彼の人生を一変させてしまったことは否定できない。
これら一連の流れを観ていくと、どうしたってテッドに対して同情的な視点になってしまうことは免れない。
だからこそ、フェアな視点を保つとすれば、ジョアンナの不満についても序盤にしっかりと描いた方が良かったとは思う。
しかし、本作には当時、アメリカで半ば社会問題化していた子育て世代の離婚というものにフォーカスして、
その理不尽さや生み出す問題に切り込むという大きな使命があったのだろうから、フェアな視点を持つというよりも、
シングルファザーという目新しい存在にスポットライトを当てて、それを貫き通すことの難しさを描きたかったのだろう。
その意味では、ジョアンナのことも台頭に描いてフェアな視点を貫くとか、そんな気は無かったのかもしれませんね。
本作ではダスティン・ホフマンがシナリオにかなり意見をぶつけてきたそうで、
撮影時も彼のアイデアは多く反映されているそう。そう思って観ると尚更ですが、彼はとても良い表情をしている。
これがオスカー俳優たるものということなのかもしれないが、当時としてもかなりの意欲作だったのだろうと思う。
当時のアメリカ社会の核家族の在り方を指し示す意味でも、影響力の強い作品になることを自覚していたのかも。
この映画を観ていて、スゴく印象に残ったのは家庭人としてのテッドの成長ですね。
最初は息子の朝支度をやっていても、日用品の買い物に行っても、どこか不釣り合いな感覚が拭えなかったし、
息子のリクエストで好物のフレンチトーストを作っても、卵の殻はコップの中に入れてしまうし、パンの大きさを考えずに
フレンチトーストの漬け液を入れる容器をチョイスするし、コンロに乗せたフライパンの取っ手を素手で触って火傷する。
踏んだり蹴ったりで、何をやっても上手くいかないとは正にこのことで、息子からしても面白くはない。
ところが積極的に家事を行ったこともあり、テッドは徐々に息子との距離を縮めていき、家事も上達していきます。
本作は実にさり気なく描いているのですが、そんなテッドが最後の朝食を作るときには
卵の殻はキレイに割って、実に慣れた手つきだし、パンの表面積をキチンと把握して漬け液の容器をチョイスしてるし、
コンロに乗せたフライパンの取っ手にはしっかりとカバー素材を付けて手をかけて、落ち着いた様子で料理する。
これはこれでテッドの成長と言っていいと思う。仕事人間一辺倒だった以前の彼であれば、あり得なかったこと。
それと、裁判のシーンはステレオタイプに描くことなく淡々と描いている感じで、これも正解だったと思う。
お互いの弁護士が、お互いの欠点を指摘し合って、“禁じ手”のような発言を繰り出しながら応酬するなど、
精神的に消耗戦になることは分かり切っているけど、それでもお互いに弁護士に任せざるを得ないために裁判は進む。
そんな中でジェーン・アレクサンダー演じるジョアンナの友達で、やはりシングルマザーの女性が
裁判官に発言を咎められても、自身の主張を最後まで言い通してジョアンナに思い直すように言うシーンは良かった。
このシーンはただ単に感情的になって言った台詞でもなく、自然と言わさったような感覚で、嫌な過剰さが全く無い。
一連の裁判のシーンはお互いの弁護士に、「やり過ぎだ」と言われかねないような応酬がありながらも、
決して過剰に何かが描かれたり、煽動的な内容に陥ることなく、実に自然な形で淡々と描かれていて良かったですね。
こういうシーンを観ると、本作が社会派映画として果たすべき役割をしっかりと果たしているなぁと実感させられます。
また、これはテッドとジョアンナのポリシーだったのだろうけど、裁判の証言台に子どもを立たせない姿勢も賛同できる。
確かに無理に夫婦の形にこだわって、不幸せな家庭を続行させることもどうかとは思うが、
一方で子どもが就学期に離婚するということは、その家庭にとてつもない衝撃をもたらすことは想像に難くない。
特に子どもにとっては、父も母も対等に必要なわけで、特にこの家庭は生まれながらに片親だったわけではない。
しかも、子どもは7歳というまだまだ両親の愛を受け、共に過ごす時間が必要な時期であり、
両親の不和は子どもに大きなショックを与えることは不可避である。その事実をロバート・ベントンは真正面から描き、
それでも離婚し別々の道を歩み、更に裁判で養育権を争うということの不条理を目を逸らさずに描き切りました。
ラストシーンに賛否はあるかもしれませんが、ここだけはハッキリとした結論を導かなかった...
いや、ひょっとすると導けなかったというのは当然の結果なのだろう。勿論、本作に原作があるということもあるけど、
それ以上に何か結論を提示することよりも、問題提起することに意義があったのだろうから、この終わり方が良かった。
(どうやら原作はむしろ、ハッキリとした結論を出しているようで映画のような問題提起性は無いみたいですが・・・)
ネストール・アルメンドロスのカメラは総じて素晴らしい。冒頭のメリル・ストリープの苦悩の表情にしても、
ラストシーンでのエレベーターの扉が閉まるエンディングにしても、彼のカメラが物語るエッセンスがとても強いと感じた。
そういう意味ではロバート・ベントンも幸運だったとは思うが、総じて狙い通り撮れた作品だったのではないだろうか。
なんでも過剰ではなく、この手の映画は特に丁度良い塩梅というのがあって、それを掴むことの重要性を実感する。
メディア批判をする類いの映画でもありませんが、過度に観客の涙を誘うようなタイプの映画になることもありません。
子役のジャスティン・ヘンリーは本作の存在が大きくなり過ぎたせいで、子役のまま終わってしまいましたが、
撮影当時8歳とは思えない表現力で、子どもらしく言うことを聞かない感じも生々しくて、とても上手く表現できている。
父親役のダスティン・ホフマンとの息もピッタリと合っていて、撮影前に相当にコミュニケーションをとったのだろう。
まぁ、子どもの視点からすると生みの親であって育ての親でもあるテッドとジョアンナ、
大人の都合で別居する、離婚すると突然言われて、それまでの当たり前の生活が目の前から無くなってしまい、
突如としてどちらかの親とのみ暮らせ、と言われてもどちらかなんて選べないし、受け入れられるわけがないですよ。
それでも人は生きていかなければならないなんて第三者は言うけど、そんな簡単なことじゃないことは明らかなことだ。
(上映時間105分)
私の採点★★★★★★★★★☆〜9点
監督 ロバート・ベントン
製作 スタンリー・R・ジャッフェ
原作 アベリー・コーマン
脚本 ロバート・ベントン
撮影 ネストール・アルメンドロス
編集 ジェラルド・B・グリーンバーグ
音楽 ヘンリー・パーセル
出演 ダスティン・ホフマン
メリル・ストリープ
ジャスティン・ヘンリー
ジェーン・アレクサンダー
ジョージ・コー
ハワード・ダフ
ジョベス・ウィリアムズ
1979年度アカデミー作品賞 受賞
1979年度アカデミー主演男優賞(ダスティン・ホフマン) 受賞
1979年度アカデミー助演男優賞(ジャスティン・ヘンリー) ノミネート
1979年度アカデミー助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
1979年度アカデミー助演女優賞(ジェーン・アレクサンダー) ノミネート
1979年度アカデミー監督賞(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度アカデミーオリジナル脚本賞(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度アカデミー撮影賞(ネストール・アルメンドロス) ノミネート
1979年度アカデミー編集賞(ジェラルド・B・グリーンバーグ) ノミネート
1979年度全米脚本家組合賞脚色賞<ドラマ部門>(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ダスティン・ホフマン) 受賞
1979年度全米映画批評家協会賞助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
1979年度全米映画批評家協会賞監督賞(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
1979年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ダスティン・ホフマン) 受賞
1979年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(ダスティン・ホフマン) 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞脚本賞(ロバート・ベントン) 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(ダスティン・ホフマン) 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ賞助演女優賞(メリル・ストリープ) 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(ロバート・ベントン) 受賞