キッズ・リターン(1996年日本)

カツアゲに明け暮れていた高校生2人が、
カツアゲ相手から依頼されたボクサーにブチのめされたことからボクシングジムに通うものの、
血気盛んな1人はドロップアウトし、ヤクザの道を歩み始め、残された1人がボクサーとして評価を高め、
お互いに好対照な人生を歩み始めるものの、お互いに苦難が待ち構えている姿を描いた青春映画。

後に“世界のキタノ”として、北野 武の映画は一つのブランドとなって確立されますが、
それは言ってしまえば、97年の『HANA−BI』がカンヌで評価されてからの話しで、
本作はそんな『HANA−BI』の前に撮っており、かの有名なバイク事故の後に撮った最初の作品だ。

まぁベタベタな映画なんだけれども(笑)、僕もこの映画は称賛に値すると思いますね。

何より、この映画の根底を支える躍動感溢れるリズムが良い。
確かに、あまりにベタベタなストーリー展開などに、模範的・教科書的になり過ぎた傾向は見られるが、
それが映画自体の価値を損なうものでは断じてないし、若さゆえのエネルギーを見事に活写できている。

若き頃、北野 武自身がジム通いをしたためか、ボクシング・シーンにはこだわりを見せており、
特に打ち込むときの音が良いですね。これは観客に体感させることのできる音と言っていいと思う。

個人的には倒れこむシーンなどをスローモーション処理することに賛同はできないのですが、
一方では、動きの鋭さを上手く工夫しながら表現できている。これは見事な演出ですね。
何が良いって、カットの取り方が良いんですよ。でも、ありがちな短いカットで割ってしまう表現ではなく、
ボクサーの動きの区切りの付け方が上手くって、ポイントを押さえた上手い撮り方をしている。

僕がずっと日本映画に望んできたことって、こういう演出そのものであって、とっても嬉しい映画ですね。

この映画、日常的なシーンの空気を見事に表現できていますね。
例えば学校のシーンにしても、学校での独特な空気というのを見事に表現できていると思うし、
煙たい居酒屋、たらふく食べさせてくれそうな空気漂うラーメン屋など、画面に漂う空気が素晴らしいですね。
これはリアルである云々という次元ではなく、まるで画面の向こう側の匂いが伝わってきそうな感覚で、
これ日常の一コマを端的に切り取って、映画に合わせて上手くフィクスさせるという好例だと思う。

こういった仕事こそが、本来的には評価されるべきだと思いますね。
映画にしかできない表現がどういったものなのか、北野 武はよく分かっていると思いますね。

一方でスポーツとしてのボクシングの厳しさもキチッと描いているのには好感が持てます。
モロ 師岡演じるハヤシの存在が面白くって、彼はジムでタバコをスパスパ吸い、練習帰りに飲み屋に寄ります。
「強いヤツは何やっても強いの」、「食べても、吐きゃいいんだよ。吐きゃ」と持論を展開するものの、
ジムの方針とは一致していません。案の定、ハヤシももう勝てないボクサーですっかり落ち目。

そりゃそうなんです。勿論、「強いヤツは何やっても強いの」というのは一理あるかもしれませんが、
ダイエットの過程とは言え、嘔吐は意外に体力を消耗しますし、繰り返すと癖になり健康を害します。
体は弱り、必要なときに適切な栄養摂取ができなくなってしまい、精神的にも疲弊してしまいますから、
適正な減量とは言えず、結果的に体力の大きな停滞を呼んでしまうのが定石です。

まぁチョット考えれば分かりそうなことではあるのですが、
ジムの中では一際異端で目立つハヤシの存在に、何故か惹かれてしまうんでしょうね。
この映画の一貫したテーマとして、“悪の誘惑”ということがあると思います。

何事にも真剣に打ち込めば、その世界でのトップクラスに入る可能性は誰しもあるにも関わらず、
“悪の誘惑”を断ち切れず、最終的には失敗へと辿り着いてしまいます。

でも、この映画のラストシーンで希望を残した素晴らしい台詞があります。
「あんちゃん、オレたち終わっちまったのかな?」との問いかけに対して、「バ〜カ、まだ始まってもいねぇーよ」。
結論を言ってしまうと、この映画、この台詞は全てだと思うんですよね。まだまだ希望がたくさんある状態です。
長い回り道をしたけれども、それでも人生は続いていく。人生は続く限り、可能性は無限大なんですよね。

まぁ僕自身も、もうそんな希望をすっかり忘れてしまった人間になってしまいましたが(苦笑)、
打ち込むことの美しさ、そしてハングリーに未来へと向かっていく姿勢の躍動感を見事に描けていますね。

が、個人的にはヤクザの抗争に関しては、もっと上手く描いて欲しかったなぁ。
特に石橋 凌演じるヤクザの親分が暗殺されるシーンの緊張感の希薄さは残念でなりません。
前触れなしに唐突に訪れるのは悪くないのですが、もっとドキッ!とさせられるようなシーンであって欲しい。

せっかく幾度となく映画の序盤からヤクザを登場させ、
ラーメン屋での出会いから、喫茶店でのシーンなど良い感じで描けていただけに、
もっと映画を動かすような影響力あるシーンにしなければ、金子 賢演じるマサルが窮地へと向かってしまう、
そんな運命の強さというものを感じることができませんね。このシーン処理の弱さは、後になって利いてると思う。

いずれにしても、こういう映画を撮れる北野 武が00年代以降、
完全に日本映画界を代表する映像作家になったことは、よく分かる出来の良さと言っていいと思います。

それにしても、北野映画の定番ですが...
相変わらず久石 譲の音楽が良いなぁ。見事に映画のテンションを上げていますねぇ。

(上映時間107分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 北野 武
脚本 北野 武
撮影 柳島 克己
美術 磯田 典宏
編集 北野 武
    太田 義則
音楽 久石 譲
出演 金子 賢
    安藤 政信
    森本 レオ
    山谷 初男
    柏谷 享助
    大家 由祐子
    寺島 進
    モロ 師岡
    北京 ゲンジ
    石橋 凌
    下條 正巳
    津田 寛治
    大杉 漣